寿司が回転するならば。
僕らは牢屋内を散策しながら会話している。
ミツバは誰を連れていくか決めかねているようで——
周囲の囚人から「俺を出してくれ」と声をかけられていた。
彼らには申し訳ないが、次に解放する人は……やはり、“あの人”しかいない。
「じゃあ次は……ピクコノさんを助けてもいい?」
そう言うと、ミツバは囚人名簿をめくりながら首を傾げた。
「誰、その人? 役に立ちそうなの?」
「うん。前に危ないところを助けてもらったんだ」
「へぇ〜。恩返しってやつ?」
「そんな感じ。本人は謙遜するけど、結構すごい人だと思うよ」
ミツバは「ま、マスターの頼みならなんでも聞くけど……」と鼻を鳴らしながら名簿を追う。
だが——その次の瞬間。
「あれ?」
彼女の指が止まった。
「どうしたの?」
「いや——その人、載ってないのよね」
「……え?」
「ピクコノって人。捕まってないみたい」
じゃあ……会えないのか、という寂しさよりも。
今の僕は、胸の奥がふっと軽くなった。
「……本当!?」
「嘘ついてどうすんの。本当だよ?」
ミツバは不思議そうに瞬く。そのキョトンとした仕草に、僕は思わず笑ってしまった。
そして、弾んだ声で安堵する。
「よかった……!」
ラッシャイタウンに……あの灰色に変えられてしまった街に連れてきたのは、紛れもなく僕だ。
もし事件に巻き込まれていたらどうしよう……と。ずっと気になっていた。
会えないのは少し寂しい。
でも——
「無事なら、それで十分だよ」
僕がほっと息を吐くと、二人は少し笑っていた。
「随分と嬉しそうですね?」
「えへへ。マスターが嬉しいなら、あたしも嬉しいよ」
「今のモルモットくんにとって……最も大事な“大人”なんですね」
博士の言葉には、わずかに棘が混じっていたが——
聞かなかったことにしよう。
彼自身も、すぐに話を切り替えてくれたし。
「しかし、脱獄にはもう一人ほど欲しいですね。誰にしましょう?」
確かに、適当に選んでしまっては足手纏いになるだけかもしれない。
気持ちだけじゃなく、力のある人を選ぶ必要がある。
僕らは牢屋内を慎重に歩きながら、次に解放する人物を探していた。
鉄格子の向こうから、何人もの囚人たちが声を上げる。
「頼む! 私を出してくれ!」
「金なら払います!」
「お兄ちゃんたち、助けて〜!」
「戦えるぞ、俺は!」
その目は必死だ。
だが――焦りすぎている。
可哀想だから、救ってあげたいけど。今は我慢だ。
「この人は?」
僕が強そうな一人を指さす。
だが、ミツバは即座に首を振る。
「体格はいいけど、目が泳いでる。こういうのは追い詰められると裏切るよ」
その言葉を信じ、次の牢へ——。
筋肉質で傷だらけの男。いかにも歴戦の戦士だ。
「この人は強そうだけど……?」
「おお、兄ちゃん。いい目ぇしてんじゃねぇか!」
「短気。交渉ができない。脱獄向きじゃない」
また、ミツバを信じ、さらに進む——。
冷静そうな青年。だが博士が小声で言う。
「指先を見てください。震えています」
「精神的に限界だね」
なるほど。——次、行こうか。
助けたい気持ちはある。
だが今は“英雄ごっこ”をしている場合じゃない。
少数精鋭。それが条件だ。
「じゃあ誰にすれば……?」
そんな中、奥の牢へと目が移る。
そこだけが、妙に静かだったのだ。
助けを求める声がない。誰も騒いでいなかった。
その鉄格子の向こう……暗がりの中に、一人の男が座っている。
騒ぎにも加わらず、壁にもたれ、静かに目を閉じている。
その男性は、眠っている。
それなのに……近付けば、周囲の牢の囚人たちがその男から距離を取っていることに気付いた。
まるで、無意識に避けているみたいに。
——空気が、重い。
嵐の前の海のような静かな圧。無駄な力みがなく、ただそこに在るだけで強さを感じさせる。
でも、なぜか。強そうなのに、不思議と怖くない。
むしろ……もし僕が子供の頃に出会っていたら、きっと安心して隣を歩いていたと思う。
最後の一人は、彼にお願いしてみようと思えた。
理由は説明できない。
だが、直感が言う。
「この人にする」
僕の声に、ミツバが目を細める。
「誰? ……暗くて顔がよく見えないよ?」
「ええ……? そんな決め方で、大丈夫ですか?」
博士もやや懐疑的だ。
それでも僕は頷いた。
◻︎ ◻︎ ◻︎ ◻︎ ◻︎
許してくれたのだろうか。
しばらくするとミツバは、牢の扉を開けてくれる。
「ま、『ジェム・カブリ』の仲間じゃないなら誰でもいいよ」
……そうか、その可能性があったな。
ラッシャイタウンに彼の仲間がいても何ら不思議ではない。
えーと、この人は見たところ「スシ族」だから……?
ミツバから聞いた、“あいつの親友”である可能性を潰せばいいのか。
男の肩を軽く揺らす。
「すみません。突然ですが、脱獄します。協力してもらえませんか」
男はゆっくりと目を開けた。
鋭い。だが、荒れてはいない。
状況を一瞬で把握したような視線。
「……ありがとな、坊主。脱獄できるなら、力は貸す」
低く落ち着いた声。
よし——
この流れが自然だろう。
「ひとつ、確認させてください」
僕は、彼が“黒”かどうかを確かめる。
「『ムッシー村』を訪れたことはありますか?」
あらかじめ決めておいた質問。
彼は寝起きとは思えぬ落ち着きで答えた。
「ないな。どうしてそんな質問を?」
……反応なし。“白”、かな?
ミツバの言っていた“あいつの親友”ではなさそうだ。
僕はほっと息をつく。
「すみません、ちょっとした確認です」
その時、牢の外からミツバの声が聞こえた。
「マスター? そろそろ行くよー?」
ミツバの交渉術のおかげで今は見張りがいないが——
別の看守が来る可能性を考慮してなかったな。
「ごめーん!」
僕は急ごうと、すぐに返事する。
「あ……すみません、では行きましょうか」
僕とその男性は、彼女と博士を追いかける。
さあ、脱獄作戦開始だ。
◻︎ ◻︎ ◻︎ ◻︎ ◻︎
僕は男性を紹介する。
「ミツバ、連れてきたよ。この人が——」
そのつもりだったが。
言い終わる前に、彼女の顔色が変わった。
「……マスター。駄目」
血の気が引いたような、初めて見る表情。
笑顔が消える。呼吸が止まる。
目だけが、信じられないものを見るように見開かれていた。
「え?」
「何で……? よりによって……」
震えた声だった。
今までに聞いたことのない声。
嫉妬でもない。拗ねた声でもない。
怒りと——恐怖。
二人の間に何か因縁があるのかと思い、僕は男性の方を見た。
だが彼は、ミツバに対して不思議そうな表情をしている。
どうやら初対面のようだが……だったら何故?
僕が疑問を持っていると——
大人しくしていたスライム博士が話し出す。
「偶然とは思えない出会いですね。モルモットくん、この方は……」
この方?
あの博士がそう呼ぶってことは……誰だろう。偉い人?
博士に尋ねようとする。
だが——その時。
「「イカれ博士は黙ってて‼︎」」
ミツバが叫んだ。
一同は一瞬、身を縮める。
そして、その隙に——
彼女は以前のように、腕を大きく広げる。
「お前だけは、マスターに近づかせない……!」
空気が張り詰める。
その目は男から一瞬も逸れない。
「あたしが、彼を守ってあげるの……♡」
ミツバ……? 一体何を……!
また、前のように二人きりの場所に行くのだろうか。
「逃げてください! カビ助くん!!」
博士の叫び声が、再び。
だが、一歩遅い……。
いや、間に合ったところで、避ける気もないが。
あの時と同じ、空間が歪む感覚——!
意識が朦朧としてきた。
「何があったかは知らない」
その最中、僕は優しく語りかける。
ミツバが傷付くようなことだけは、いやだと思ったから。
「だけど、僕は君を信じてるから……好きにしてよ」
僕の視界は、またまた閉じられた。
でも、以前と違って、何も不安じゃない。
「カビ助……そうか……あの坊主が…………」
意識を失う直前、男性のつぶやきが聞こえた気がした。




