博士vs情報屋
それから、何度キスをしただろう。
回数は覚えていないが——
そのたびに、心が甘く溶けていく感覚があった。
僕の心は、ねっとりと腐っていた。
初めて与えられた“無条件の愛”。
——なぜだろう。
救われたはずなのに、昔に戻った気分だった。
引きこもっていた頃の、何もかもどうでもよかった感覚。
「ダークスター団」なんて、別に戦わなくていい。
正義も義務も、知らない。
今、この部屋で、ミツバと二人きりでいられれば、それでいい。
……そんな考えが、確かにあった。
「ゲホっ……でも」
喉がひりつく。
「夢は、諦めきれないなぁ」
探検隊は……僕を騙していたかもしれない連中だ。
でも。
だとして、その先に何がある?
父さんの遺骨は、まだ見つかっていない。
そして何より。
もしここで堕ちたら、ゴハートは、どう思う?
あいつは、ずっと僕を信じてくれていたのに。
——想像もしたくない。
「僕は……ゴハートと、お父さんのために」
拳を握る。
「"一人前の探検家"にならなくちゃ」
ミツバは、そんな僕を見つめて、微笑む。
「うん——。それでこそ、マスターだよ!」
彼女は、こんな僕でも、否定しない。
それがただ、嬉しかった。
「じゃあまずは、ここから出よ?」
そう言って、唇を指差す。
“最後に”と言いたげな視線。
「ミツバ……」
僕は一歩引いた。
冷静になって、流石に小っ恥ずかしくなってきたんだ。
「抜け出したら、ね」
「そう……そうね!」
ミツバは一瞬だけ寂しそうな顔をして、すぐに笑う。
「我慢する……!」
ぐっ……可愛……っ!
その健気さに、胸がきゅっと締まる。
嫌がられると思った返しの、満面の笑み。ずるいなぁ。
◻︎ ◻︎ ◻︎ ◻︎ ◻︎
ガシャッ。
錠が外れる音が、静かな牢内に響く。
「じゃあ、まずは博士をお願い」
「本当にいいの? あの隊長の……仲間なんかを」
ミツバの声は冷たい。
「いいんだよ。博士に罪はないんだから」
——あいつは隊員に正体を明かしていないから。
口に出さずとも、僕は心の中で「あいつ」と呼んでいた。
もう「隊長」と素直に思えない。
僕はミツバの力を借り、牢の鍵を手に入れた。
本当なら、全員を救う英雄になりたかったが——
大人数での脱出は目立ちすぎる。
話し合った末、少数で抜け、準備を整え、助けに戻ることにした。
——現実的な判断だ。
解放された博士は、埃を払いながら言う。
「……その言い草。まるで隊長には罪があるようですね?」
ぐっ……さすが博士。
心臓が跳ねた。
鋭い。いや、僕が分かりやすすぎるのか。
言葉に詰まる僕の代わりに、ミツバが前に出る。
「ちょっと! 助けてやったのに礼の一つもないなんて。イカれてんの?」
彼女は相変わらず僕以外には手厳しい。
……いや、博士と相性が悪いのか?
「イカれてる?」
博士の目が細くなる。
「情報屋だかなんだか知りませんが、『博士』にとってはそれが褒め言葉なのをご存知ないとは……そちらこそ、頭がよろしくないのでは?」
「はぁ⁉︎ あたしの情報力は次元随一なんですけど⁉︎」
火花が散る。あはは……。
まあ、ドリあえず……助かった。
二人の口論のおかげで、“あいつ”の話題は流れそうだ。
直接会うまでは——
この気持ちは探検隊員に、勘付かれないようにしないと。
そんな時、二人の喧嘩が再び聞こえてきた。
「ていうか早くマスターにお礼くらい言ってよね!」
「ああ〜頭悪いから気づかなかったんですね〜?」
相変わらずミツバを嘲る口調。
そこから、突然冷めた雰囲気で呟いた。
「もう報告済みです」
僕はミツバと共にその言葉に驚く。
「「え?」」
——報告済み?
別に気にしてなかったけど、いつの間に。
「あ……本当だ」
足元を見ると、いつの間にかミニスライムがいた。
——博士の分裂体。
手紙を抱えて。
一体……いつから?
全く気づかなかった。
「えーと、内容は?」
僕は手紙を開く。
『助けていただき感謝します。お礼に、先ほどの隊長への影口は忘れたことにしておきます。ただし、妙な気を起こすようなら容赦なく止めます。肝に銘じるように』
背中に冷たい汗が流れる。
——忘れてないのかよ。
やっぱり、流石としか言えないな。
僕は苦笑するしかなかった。
僕の揺らぎは、すでに見抜かれているのかもしれない。
"頭が悪い"は間違ってたみたいだよ、ミツバ。




