第二章「他種族の争い」
前章の登場人物まとめ
・「カビ助」:この物語の主人公。重病に侵されている少年。
・「カブ太」:カビ助のクラスメイト。いじめっ子なカブトムシ。
・「メディ先生」:カビ助の通う学校の女教師。
・「ドラゴンマスク」:ラッシャイタウンにある『探検隊』の隊長。
結局しばらく歩いても出口は見つからず、僕はえんえんと森をさまよっている。
「これも冒険」とは言ったものの、普通に命の危機じゃないか⁉︎
「薬の効果も切れたのか……? ゴホッ……。また苦しくなってきた……!」
もう、脱出は諦めて助けを待った方がいいかもしれない。
最悪の場合、ここでサバイバルすることも視野に入れないとな……。確か、人間は何も食べなくても三日は生きられるんだっけ……?
「まずは、焚き火でも作ってみるか……」
とは言っても、ずっと家にこもっていた僕なんかにサバイバルの経験なんてもちろんない。知識だってせいぜい、幼い頃に父さんに聞いた程度だ。僕はドリあえず、食料を探しながら枝を集めてみることにした。
……数時間後、すっかり日も暮れてきた。素朴だが、僕はなんとか拠点を作ることができた。
常人なら寂しさを感じる頃合いだろうが……僕は一人でいることに慣れているのだ。
「不思議だ…………父さんの知識がこんなところで役立つなんて」
鞄とタオルなどを組み合わせてできた冷たい布団に、火のついてない焚き火。
いずれも未完成なものだが、基礎的な知識があったからこそできたものだった。
「とはいえ、どうやって火をつけよう? まさか、枝を擦り合わせたりしないと無理……?」
引きこもりの僕にそんな忍耐力はないけど……状況が状況か。
「やるしかないか……」
そう決意したその時。どこからともなく声が聞こえた。
「火ならオレがつけてやろうか?」
「……だ、誰⁉︎」
驚きつつも僕は、助けが来たことに対して心の中で歓喜していた。
……声の主は、想定外なことに上から降ってきた。
「驚いた……木の上にいたなんて!」
「ああ、自己紹介しようか。オレは『トリ族』の『ファイアブル』だ」
トリ族……。たしか、DR星に存在する種族の中でも、ヒト族とはあまり関わりのない種族のうちの一つだったっけ。まさか会話ができるなんて……!
「僕はカビ助。この森に迷い込んでいたんだ」
助けてくれるのがトリ族なのは意外だったけど……。とにかく助かってよかった。
トリ族なら空を飛べるから、ドドリ村の方角を簡単に教えてくれるだろう。
そう思っていたのだが……ファイアブルは突然声を荒げた。
「ヒト族と話すのは初めてだが……呑気なものだぜ……! まさかお前、オレがお前みたいな他種族をタダで助けてやるお人好しとでも思ってるのか⁉︎」
「え…………?」
困ってる人を助けるのは当然。そんな暗黙の了解は誰にでもあるものではなかった。
「取り引きといこうか。オレがお前を助けてやる代わりに、やって欲しいことがある」
トリだけに、取り引き……。
いや、やめておこう。冗談が通じる相手ではなさそうだ。
「まあ、お前らヒト族は暖を取らないとすぐ死んじまうからな。従うしかないだろうな笑」
取り引きの結果、僕は仕方なく、ファイアブルの指示を聞くことにした。
まあ、侵入者に攻撃とかするような相手じゃなくて良かった……のか。
「お前にやって欲しいことは、『敵の殲滅』だ。トリ族は常に縄張り争いが激しくてな……。この森には現在、オレたちの他にはまだ二つの一族が残っているから、そいつらを潰すのに協力して欲しい……ってわけさ」
「はっ…………ちょっと待て!」
「……なんだ、どうした?」
「『敵の殲滅』……。つまりそれって、僕に人を殺せというの⁉︎」
いくら命の恩人の頼みとはいえ……。それは流石にやばいって!
僕がそう言うと、ファイアブルは冷たい声で言い払った。
「嫌なら手伝わなくて結構だが……。そうしたら出口を見つけられずにお前が野垂れ死ぬだけだ。それでもいいのか?」
「っ。それは…………!」
まだ、死ぬのは嫌だ。
ドリあえず僕は黙って彼に着いて行く事にした……。他種族とはいえ、人を殺す事に対してモヤモヤした気持ちを抱きながら。
「ボス! 例の作戦の助っ人を連れてきましたぜ!」
ファイアブルによって連れてこられたのは、赤色の巨大樹だった。どうやらここが彼らの一族のアジトなのだろう。
ファイアブルがボスと呼ぶのは彼よりも一際大きい、怖そうなトリだった。
「なんじゃあ? 助っ人というには貧弱そうな奴じゃなぁ……!」
「ヒッ……! どうも、カビ助といいます…………」
「ふん、まあいい。作戦を外に漏らしたらただじゃおかんがな……。儂は『焼機灼鬼』。見ての通り、こいつらの首領じゃ」
ファイトブルによると、他の二つの一族にも同じようにボスがいるらしい。そしてそれぞれが特殊な翼を持っており、この一族は「炎の翼」だという。
「作戦についてじゃが……。まず手始めに、儂が『アイス一族』のアジトを燃やす」
アイス一族……。どう考えても「氷の翼」だろう。
逆に今まで、よくファイア一族に燃やされずに済んでいたのか不思議だな……?
「そうしたら、今が好機と言わんばかりに『ファイト一族』がうちに攻め込んでくるじゃろう……。そこで、お前らにはここを防衛してもらおうという作戦じゃ」
なるほど。三つの一族がそれぞれ睨みを利かせていたからこそ、縄張り争いの均衡は保たれていたというわけか。
それにしても、シンプルな作戦だな……。これなら、僕が出る幕はないかもしれない。
人殺しなんてしなくても、ファイアブルたちと一緒に、適当に『ファイト一族』とやらをあしらうだけで解決しそうじゃないか?
数時間後、作戦は決行された。「腹が減っては戦はできぬ」と、僕は少しの食べ物を分けてもらうことができた。僕の口には合わなかったけど、ありがたいことだ。
「おい人間、ボスが『アイス一族』の森を燃やすことに成功したみたいだぜ!」
「そうですか……じゃあここからが本番ですね」
焼機灼鬼の言う通りなら、間も無く『ファイト一族』が攻めてくるはずだ。僕はそれらから、この場所を守れば誰も殺さずに帰れる……!
……そう思っていたのだが。
ズキン!
「ゲホっ……、ゴホっ……! うわぁぁぁあ!」
苦しい……! また、あの痛みだ。なんで、こんな時に限って来るんだよ⁉︎
「おい、カビ助⁉︎ どうしたんだよ、てめえ!」
苦しむ僕に戸惑うファイアブル。そんな時、絶望はさらに襲いかかってきた。
「敵襲っ――! 敵襲だぁー!」「ついに来やがったか!」
「それが……違うんだ!」「何⁉︎ 『ファイト一族』じゃないのか⁉︎」
ゲホっ……。偵察係から聞こえたのは、最悪の知らせだった。
「『アイス一族』と『ファイト一族』が手を組んでやがるんだ‼︎」
「ゲホっ……! う、嘘だろ…………?」
ファイト一族とアイス一族のボスらしき人物は、門番を突破して僕らの目の前に現れた。
「焼機灼鬼の野郎……。『剛の翼』を持つ俺らよりも脳筋な頭だなぁ!」
「ふふふ、我々『氷の翼』が炎の対策をしていない前提で……かかってくる馬鹿がいるとは思いませんでしたよ。故に、今から滅ぼされるのですが……笑」
人を殺す心配はなくなったが……肝心の自分の命が危うい状況になってしまった。アイス一族のアジトはここから随分離れている。焼機灼鬼の帰還はのぞめないだろう。
「あああ! もうおしまいだ……」
ファイア一族は取り乱し始めた。中には逃げ出そうとする者たちもいたが、二つの一族の包囲網に簡単に殺されてしまった。結果的には…………
「何でも言うこと聞くから! 命だけは助けてくれぇーー!」
ゴホっ……。そうだよな、僕だってそうする。困ったらトリあえず命乞いだ。
焼機灼鬼を見た時、ヤクザみたいな鳥たちだったから潔く自害とかするのかと思っていたが、そんなことはないようだ。そんなのは所詮過去の理想で、どんな生物も死を前にすれば弱くなる。戦いのない時代に、ヤクザなんて繁栄しないのだ。
「とはいえ焼機灼鬼のバカに、私たちの拠点は燃やされてしまいましたしねぇ」
「それなりに痛い目を見てもらわねぇと、ウチの連中も気が済まねぇだろうな……。人を潰そうとしたからには、潰される覚悟ってのがないといけねえんだよ……!」
それを聞いてファイア一族の炎は強まっていた。どうせ死ぬなら、最後の悪あがきでもするって言うのか……? なら、僕は巻き込まれた被害者アピールでもしようかな……。
だが、違った。彼らは互いにうなずき合って、叫ぶ。
「俺たちはそこの『ヒト族』の言いなりになっていただけだ‼︎」
「なっ……!」
こいつら……。格好悪いと思い始めていたが、まさかここまでとは…………
アイス一族のボス、『波奇羽鬼』は少し疑っていたが、脳が筋肉でできているであろうファイト一族のボス、『武危夢鬼』は頭より身体で動くタイプのようだ。
「なぜヒト族がここにいるのかと思っていたのですが……」
「それが本当なら……、生かしちゃおけねぇな!」
ガツン!
「つっっっ! ゲホっ、ゴホっ‼︎」
まじかよ、こんなことになるなんて! 嫌だ、痛い、死にたくない‼︎
「まあ、愚かなファイア一族の嘘だとは思いますが、我々と戦おうとしてたのは事実ですしねぇ。武危夢鬼さんの理論でいくと、痛めつけられても文句はいえないでしょう?」
「そういうことだ。幸いなことにここは『トリ族』の森。お前を殺しても誰にも知られない」
ドン! ガツン! ズキン! ボコッ!
痛い、痛い痛い、苦しい苦しい苦しい、痛い痛い痛い!
「どうして……ガハっ! どうして僕がこんな目に‼︎」
……嫌だ。死にたくない! 僕はただ、森に迷い込んだだけなのに。こんなことになるなら、一人でサバイバルを続ければよかった。他人なんて信用するんじゃなかった。
そもそもトリ族と仲良くできるなんて思わなければよかったんだ。彼らは完全に別の世界の者たち。関わるべきではなかった。
「ガハっ……! ゲホっ、ゴホっ!」
だんだん意識も遠のいてきた。不快なことに、武危夢鬼だけでなくファイア一族の奴らの笑い声も聞こえてきた。唯一仲良くなれたと思っていたファイアブルも、当然助けてくれない。
それに、病気の方も悪化してきている。まさに人生の終わりを感じた。僕は孤独だった身のくせに……いや、それ故に他人に近づきすぎた。ずっと一人でいれば、死なずに済んだ。
「死にたく…………なかった」
ビカっ!
……その時、僕の身体は青白い光を発した。