「師匠」と「シャド」
爆音が、遠くから響いた。
崩れた建物の隙間から、煙が立ち昇る。
「……カビ助か?」
視線だけを向ける。
——遠すぎて、姿は見えない。
だが、あの爆発は人魂によるものだろう。
つまり、あいつが自身のクローンに勝った証拠?
「よくやった」
自然と漏れた。俺らしくない言葉だ。
昔のあいつは弱かった。
だが、誰よりも強い勇気を持っていた。一見、“無謀”にも見えるほどに。
だからこそ、放っておけない。
昔なら鼻で笑っていたはずだがな。
——弱い奴はすぐに死ぬ。
それに気を遣っている時間ほど、無駄なものはない。
昔の俺にとって、それが当然だった。
だが……今は違う。
利害関係から成り立った師弟関係。贖罪がしたいなら戦闘技術を教えろと……それだけだと言ったはずのカビ助。そんなあいつも、今ではこんな俺に……信頼を寄せてくれている。
きっかけがどうであれ、人と人が手を取り合えば、裏切りが生まれる。
だけど同時に、自分にはない相手の長所にも気づくことができる。どんなに絶望に暮れた無味の人生だろうとも、何らかのスパイスを与えてくれるんだ。
(やはり……親子だな。)
二人して、俺の世界を壊してきやがる。
静かに目を閉じる。
「すまない」
今は助けに行けない。俺にも、俺の役目がある。
振り返ると。
——そこには、もう一人の“俺”が立っていた。
だが奴は無言。感情がないから、表情もない。
カビ助は複製体に手早く勝てたようだが……それはおそらく……あいつの複製体は当時の、修行する前のあいつの遺伝子を参照してるからだろう?
それに対して、俺は当時とほぼ実力に変わりがない。
簡単に決着……すぐにカビ助の救援へ、とはいかないのが現実だろう。
「……」
あれは俺自身。だからこそ分かる。
何を考え、どこを狙い、どこまで踏み込むか。
全部、知っている。
だが……それは向こうも同じだ。
互いに一歩踏み込む。地面が沈む。
次の瞬間。
——消えた。
ドゴォォォン!!
拳が激突する。衝撃だけで壁が吹き飛んだ。
互角。まあ、当然だ。
力も、速度も、間合いも——寸分違わない。
俺が『闇舎利弾』を撃てば、奴も同じ数だけ撃ち返す。
黒い球体同士が空中で激突し、連鎖爆発。
視界が真っ黒に染まる。
その煙を利用して、互いに背後へ回る。
俺は、振り向かない。必要ないからだ。
何故なら……俺ならそこへ来る。
ゴッ!!
裏拳が炸裂……なんてことはなくて。
——また相殺。
俺も振り向かなかったが、相手もまた同じだったのだ。
距離が開く。……相手は息一つ乱れていない。
静かで、声もない。だから余計に気味が悪い。
◻︎ ◻︎ ◻︎ ◻︎ ◻︎
まるで鏡の前で素振りをしているようだった。
カビ助側の戦闘音が収まっても、戦いは延々と続いていた。
『闇舎利弾』を三発。
そして、爆発の煙に紛れて接近。
膝。肘。掌底。
凝ったつもりでも、全部読まれる。
……まるで、修行を始めたてのカビ助みたいだな。
今まで、自分より強い奴とサシで戦ったことがなかった。だからこそ、初めての情けない感覚。あいつは、ずっとこんな気持ちだったんだな。
「奴も……全く同じ感覚を?」
そこから、ふと——打開策が浮かんだ。
相手の複製体は、俺と同じ戦法。同じ疲労。同じ癖。
だが、俺にあって奴にないものがある。
(それは……)
俺は相手の攻撃を避けずに受け続けながら、前に突き進んだ。
——拳が擦れ、皮膚が裂け、血が飛ぶ。
だが止まらない。……止められない。
完全な鏡。完全な互角。
当時のカビ助と違って、基礎体力に差があるわけでもない。
だが、お前は……
「“追い込まれた者”が見せる、根性ってやつを知らない!!」
吹き出した血液。
そこにイカ墨の奔流を噴き上がらせる。
これによって起こる化学反応なんて、知るわけない。
だけど、試す価値は十分にあった。あいつは……結局は人の助けを借りているだけだと自分を責めるけど。その“助け”が来るまでの危機は、こうやって、自分で乗り越えているんだから。
「名付けるなら……そうだな……『闇血醤』」
この技を正面から受けた俺の複製体は……まだ倒れていない。
だが、傷口が黒く変色していて。四肢が痺れているのか、反撃しようとはしていなかった。
元々、俺のイカ墨には細胞の再生力を破壊する効果があった。
そこに俺自身の血液をイカ墨へ混ぜることで、闇の流れは生命を帯びたのか?
血を媒介に敵の傷口へ侵入した闇は内部、酸素運搬を阻害する。闇が存在する限り傷は決して癒えず、固まる。再生どころか動きすら封じられる……ってとこか。
「だが……俺も反動がきつい」
互いに漆黒の墨を浴び、視界ゼロ。
俺は出血多量、奴は麻痺でその場を動けない。
——だが、まだ戦える状態だった。
普通の相手ならこれで、勝負は決まっている。
だがそんな常識、“俺”には通用しないようだった。
「我ながら、恐ろしい忍耐力だな……」
数十秒の静寂。
その後——同時に、踏み込む。
ドォン!!
また拳がぶつかった。
建物が崩れる。互いに吹き飛ぶ。
また静寂。そしてまた立つ。
また、互いに突っ込む。
「ったく、終わらせてくれねぇ!!」
「………!」
……やはり、思った通り?
こいつとは、技をぶつけ合うでは決着しない。
当然……か。
積み重ねた経験。身体能力。闇の扱い。
全部同じ。負けもしないが、勝てる理由がない。
工夫を凝らした技を放ったところで、地道に鍛えてきた俺の体は耐え切ってしまう。『痛くも痒くもない』とは逆に、痛くても痒みのようで、致命傷にはならないのだ。
「すまんな、カビ助」
俺は救援には向かえないみたいだ。ずっとここで、足止めされる。たとえ相手が力尽きても、それは俺も倒れる瞬間だ。
お前の戦法じゃ俺は死なないみたいだ。お前をこのステージまで連れてくるには、まだまだ時間がかかるみたいだ。
そして……こんな“化け物”みたいな男が、親の仇で、師匠で、すまない。
俺はもう、使う気は無いのだが。
この膠着状態では……昔の俺なら、迷わず『アレ』を使うだろう?
「——こういう言葉が、まさか目の前で実際に証されるとはな」
視線が、複製体の首へ向く。
俺の予想通り、“昔の俺”の首には、不気味な黒い首輪が着けられていた。
あれさえ使えば、確かに力が跳ね上がる。
だが同時に……命を削って、文字通りの化け物になることを意味する。
カビ助を弟子にしたということは……
悔恨が薄れてきているということは……
戦いにおいて、必ずしもメリットだけではなかった。
「蓄積された闇を力に変える……『闇の暴走』、か」
「………」
俺がそう呟いた、その時。
『その通り』と答えるかのように、奴が動く。
首輪に手を伸ばし……強く握った。
カチリ、と乾いた音。
そして……黒い首輪がギラリと光る。
「チッ……!」
空気が震える。地面が軋む。
ギラついた黒光が、辺りを覆い尽くした。
やがて……闇が、空へ噴き上がる。
「『巨大黒イカ』……っ!!」




