因縁の終わり
「だから……そうだな。強いて言うなら俺は、そんなことに気づかず、のうのうと希望なんて見てるゴミクズどもの血が欲しい!! ギャハハハハ!!!」
「違う。それは言い訳だ」
今まで彼の言葉を受け入れ続けていたゴハートだが、そこだけは否定した。
ジャックの高笑いが、虚しく響く。
「お前の環境……苦しみ、不幸。それは確かに事実だろうし、同情すべきものだ。だけどお前は、どんな言葉を並べようが加害者だ」
「ハ……ハ……?」
「同僚を殺し……ダークスター団として、罪のない人々をたくさん殺し……他人の人生を死ぬまで奪って……希望を抱く人々を何度も陥れた。やり過ぎなんだよ。お前の苦しみとは、天地がひっくり返ろうとも釣り合わねぇ」
彼はここで、カビ助やミツバの名前を出すことはしなかった。個人的な恨みをぶつけてしまっては、憎しみの連鎖は止まらないから。
だが、ジャックはその言葉すらも聞き流す。
「なぁ……!! お前さぁ、カウンセラーなんだろ?」
「……元、だけどな」
「なら、オレみたいなのも救わなきゃ駄目なんじゃねぇの!?」
少し笑って、その口からはすぐに嫌味が飛び出した。
ゴハートはため息をつき、話を切り替える。
「カウンセラーってな。中々相談を受けることはないんだよ」
「チッ……何だよ、藪から棒に」
「欧米諸国も少ない……そんな中でも、特に日本は、辛くてもみんな抱え込んでいる。数字にするとわずか6%程度だ。……だが、相談役は自分から患者を見つけることはできない」
「そうだろうよ。で? それが何だ!?」
本来なら、ここで『オレみたいなのも救わなきゃ駄目なんじゃねぇの?』に対しての答えを纏めて、結論づけるべきなのだろう。だがゴハートは、答えを出していながらも告げることはしなかった。
ジャックのペースに持ち込ませないようにするためだ。彼の口は驚くほどに大きく回る。使い方を誤らなければ、人を救うことにも役立てたのに、と思うほどに。だからこそ、ここで正面からぶつかるべきではないと判断した。彼は話を一つ逸らし、佐伯という男の確信をつく。
「そんな中で、お前は来てくれた。その同期は、人殺しのための口実を得るためかもしれないが……わざわざ調べて、足を運んでくれたんだろ? だからきっと、お前も捨てきれていなかったんじゃないか? マスターと同じように……“希望”を。」
「は……?」
「違うか?」
「……違う!!」
「じゃあ何だ」
「俺は——ただ——」
言葉が止まる。出てこない。
ジャック自身も分かっている。本当は……全部。
「……」
「……」
長い沈黙。
やがてゴハートは、立ち上がった。
「——最後に、聞く」
「なんだよ?」
「あんたは……やり直す気はあるか」
「ない」
即答。一度強大な力を得てしまった「ジャック」という男は、何も持たない「ただの中年」へはもう戻れない。
「そうか」
「そうか、じゃねぇだろ」
ジャックは笑う。椅子に、深く座り直した。
「お前さぁ。結局、何も変わってねぇな」
「……」
「俺の話聞いて、理解した気になって」
肩を竦める。
「で? 最後は『本人が拒否したから仕方ない』か?」
ゴハートは黙る。
「楽だよなぁ、それ。責任から逃れられる」
「……」
「お前、本当は今でも怖いんだろ」
ジャックは見透かすように笑った。
「また失敗するのが。誰かを壊すのが。だから最初から隣にいるだけの『使い魔』なんて逃げ道になった」
「……」
「お前にゃ誰も救えねえよ。あ、カビ助がいたか。良かったなぁ……あいつが間抜けなガキで」
「……そうかもしれないな」
「は? 認めんのか?笑」
ゴハートは静かな声だった。
「俺は確かに、今でも怖い。救えないのも、失敗するのも。特に……自分の関わった相手が自殺する時なんて、最悪だ」
ジャックが眉をひそめる。
ゴハートは続ける。少しだけ声が怒りで強くなる。
「でもな。だからって、お前みたいにはならねぇよ」
「あぁ……!?」
「失敗したから人を憎む? 妬ましいから人を壊す? 自分が救われなかったから“希望”を笑う?」
首を振る。
「それだけは、違うだろ」
「チッ……何だよ、面白くねぇ奴だな。カビ助なら壊れてたってのに」
「もういい。……もう、十分だ」
ゴハートは、主人を侮辱されたことへの怒りを抑えて告げた。
ジャックは眉をひそめる。
「は? 十分?」
「ああ。俺は最後まで向き合った。話も聞いた。手も差し伸べた」
「……」
ゴハートは静かに言った。
「でもお前は拒絶した」
ジャックは笑う。
「だから?」
「だから……終わりだ」
「終わり、だと?」
「カウンセラーの仕事は、手を差し伸べること。弁護士のように、誰彼構わず担当の味方をするわけじゃない。お前が拒絶した今………俺はマスターのために、お前の敵となる。救われる気のない奴まで、救う気なんてない」
白い世界に声が響く。
初めて。この場で、ゴハートの瞳に怒りが宿った。
「お前は結局最後まで、他人を傷付けることしか選ばなかった」
「だからって、相談役サマが患者様を見捨てんのかぁ?」
ジャックが立ち上がる。最低な笑みを浮かべ、煽った。
「ったく……こういう時だけ、“患者ヅラ”すんのな、お前」
それに対して、ゴハートは真っ直ぐ見据える。
絶対に、逃げない。結論を、逸らさない。
「この身体の主導権をかけて、戦おう。」
白い世界に静かに宣言する。
「ただの『ゴハート』として——お前を滅する」
ジャックの顔から笑みが消えた。
そして……初めて。彼の顔に少しだけ。恐怖の色が浮かんだ。
——成仏させる、なんてことはできなかった。
あいつの過去を見た時から、結局は暴力で解決するしかないと、感じていたはずなのに。言葉だけで解決できるなら、戦争なんてものは起きないって知ってるのに。俺はどうして、彼を信じてみようなんて考えを、持ってしまったんだろう。
「俺はもう、カウンセラーじゃなくて……ただの、使い魔なのに……どうしてだろうな」




