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追憶傾聴

 ——白い世界だった。

 空も地面もない。ただ無限の白だけが広がっている。


 その中心に、椅子が二つ。内一つには、既に男が座っていた。だらしなく足を投げ出し、頬杖をついている。


「……暇だな」

 ジャック。その魂が、具現化した姿。つまりは彼の前世であるサラリーマンの男。

 男は、退屈そうに呟いた。


 もう、どれだけ時間が経ったのか分からない。

 俺は……あいつの過去も、記憶も。全部見終えた。


 別に、同情したりはしない。過程自体は、ありふれたものだった。

 でも、奴にも正しい心があるのなら。それに寄り添って、掬い取って、手荒な真似をせずに済むように、救ってあげたい。……それが俺の、性分だから。



◻︎ ◻︎ ◻︎ ◻︎ ◻︎



「よう」

 軽い挨拶と共に、向かいの椅子が引かれる。

 その音でジャックは顔を上げた。


 そこには……ゴハート。ただし、全身に被っていた白い布はなく……若い男の姿だった。

 そんな彼にいつもの軽薄な笑みはない。背筋を伸ばし、静かに腰掛ける。


「待たせたな」

「茶番はいい。とっとと失せろ」


 沈黙。

 先に口を開いたのはゴハートだった。


「『寺田恒一』」

「……あ? 急に何だよ?」

「俺の前世の名前だ」


 ジャックは鼻で笑う。


「聞いてねぇよ」

「そうか……。で、お前は?」

「ボケたのか? 『ジャック』だって知ってんだろ!?」

「……違う」


 静かな声。ゴハートは今、「カビ助の使い魔」ではなかった。


「俺が聞いてるのは、“人間だった頃の名前”だ」


 ジャックは舌打ちした。


「〜っ……『佐伯』。これでいいか?」

「下の名前は?」

「忘れた」

「嘘だな。お前にも、親からもらった大事な名前があるはずだ」

「チッ……んなの、何年も呼ばれてねぇよ。だから忘れたっつってんだろ」

「そうか。まあ、俺は知ってるけどな」


 再び沈黙。

 ジャックが耐えきれず、苛立つ。


「何なんだよお前。てか、いつになったら出られんだよ……ここ」

「これは『追憶傾聴(カウンセリング)』だ」

「は?」

「俺の能力だ。説明は省くが……この力は、前世の俺の仕事に由来する」


 ジャックの眉が動く。


「ああ……思い出した。お前、あの時のクソガキか」

「やっと気づいたのか」

「お前は、ずっと気付いてたのか?」

「何を?」

「チッ……分かって言ってんだろ!? お前が、俺の! 担当だったことだよ!!」

「……」


 答えない。


「いつから、気付いてた?」

「確信したのはついさっき。疑念を抱いたのは、お前が『青春が羨ましい』とか言った時の声色と表情だな」

「あーあーやだやだ。気持ち悪りぃ。好かれるなら女が良かったぜ」

「いつ、誰が、そんなこと言った? 話が飛躍しすぎだろ」

「チッ……ああ、確かに納得だよ。あの時の偽善者野郎がお前なら……初対面で何となく、邪魔だと……ムカつく同族だと感じてた理由が分かったぜ」

「ハッ。俺はこれでも、変わったつもりだけどな」


 少しだけ。二人の間に、かつての空気が流れた。

 ——ただ、そう感じているのは片方だけ。

 

 ゴハートの能力、『追憶傾聴(カウンセリング)』で作り出されたこの空間は、どちらかが折れるまで抜け出せない。ジャック……もとい佐伯は、適当に受け流して、隙を見てゴハートを殺す……もしくは、精神をへし折ろうとしていた。


「なぁ、佐伯さんよぉ」

 ゴハートが言う。

「当時の俺の言葉で、何か変わったか?」

「へいへい……変わった、変わったよ。おかげサマでな」

「そうか。それで、同僚皆殺しを?」

「へっ……そうだ。あん時のテメェの言葉で、全部変わったぜ」


 即答だった。


「会社も、人間関係も、そして人生も。全部どうでもよくなった。サツに捕まるリスク? 知ったこっちゃねえ。全員ぶっ殺した後、俺も死ねばいいと思えたんだ」

「……そうか」

「ギャハ……なに、傍観者ヅラしてんだよ。『責任を感じなくていい』って、テメェに言われたからだぜ?」


 ゴハートは目を閉じた。


「そうか」

「『そうか』……じゃねぇよ!!」


 ジャックが吐き捨てる。


「最後のブレーキ、外したのはお前だろうが! 背中を押した。お前が殺したんだよ。俺は悪くねぇ。俺が、抑えてやってた欲望を、解放したのはお前だ。お前が悪い、お前が、お前が!!」

「ああ……そうだな」

「あぁん!? 否定しねぇのかよ!!?」

「……そう見えたなら、それは俺の責任だ」


 沈黙。

 ゴハートは逃げなかった。


「俺は失敗した」

「……?」

「お前を救えなかった。適当な言葉ばかり並べて」

「……自虐かよ、つまんねぇ」

「だからあの後、俺は死んだ」


 ジャックが初めて顔を上げる。


「は?」

「自殺した。あんたを殺した、その罰だと思って」

「……」


「だから。次の人生では、正解を押し付けないと決めた」


 静かな声だった。

 言い訳もない。誤魔化しもない。煽りを全て、心で受ける。


「お前を救えなかった責任は俺にある」

「……結局、テメェも悲劇の主人公ヅラかよ」

「ああ」

「ハッ、いい考えなんじゃねぇの? ま、もう遅すぎるけどな」

「ああ……」


 ジャックは苛立った。怒鳴りたかった。殴りたかった。

 だが目の前の、自分より若い男は逃げない。その姿に、過去の自分と比べて劣等感を抱いてしまっていた。それと同時に——


「それで?」

 ジャックが吐き捨てる。

「謝罪会見でもする気か? 責任でも取ってくれんのか? 俺に身体を開け渡してくれんのかぁ!?」

「いや……今の俺は、マスターの使い魔だからな。さっきは中立の立場から語ったが、お前みたいな奴に身体を渡す気なんて毛頭ない」

「チッ……、クソッタレの偽善者め。なら何だよ!?」


「聞きに来た」

「は?」

「あの時のお前は……何が欲しかったんだ」


 沈黙。

 ジャックは笑う。


「今さら?」

「ああ」

「今さら聞くのか? 馬鹿じゃねぇの?」

「そうかもな」


 ジャックは椅子にもたれた。


「何もいらねぇよ」

「嘘だな。お前はそんな人間じゃない」

「うるせぇ」

「お前はずっと欲しがってた」

「……」

「ずっと、退屈だったんだろ」

「黙れ」

「愛されたかったんだろ」

「黙れ……」

「誰かに必要だと言われたかったんだろ?」

「黙れっつってんだろ!!」


 白い世界に怒声が響く。

 だがゴハートは動かない。


「俺は……被害者だ。だから、教えてやるんだよ。能力のないモブには、過酷な世界では生き残れねぇって。こき使われ、搾り取られ、挙げ句の果てには、何者からも嫌われる。だから……そうだな。強いて言うなら俺は、そんなことに気づかず、のうのうと希望なんて見てるゴミクズどもの血が欲しい!! ギャハハハハ!!!」


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