完全勝利……?
白い光が弾ける。
ジャックの魂は、ゴハートの身体へと吸い込まれていった。
「ゴハート!!」
僕は思わず叫ぶ。
——だが返事はない。
その身体は、小刻みに震え続けていた。
二人分の意識が、一つの器の中でぶつかり合っているみたいだ。
「ぐっ……あ……」
苦しそうな声。
白い布の奥で、頭を押さえている。
「ゴハート……!」
「下がってください、マスター!」
土台モンが僕の前へ出る。
その直後だった。
「――ギャハハハハハ!!」
高笑い。聞き慣れた、あの不快な笑い声。
だが、その声帯は、ゴハートのものだった。
彼の身体が……ジャックが、ゆっくりと顔を上げる。
「残念だったなぁ」
その口元が歪む。
その仕草も。その視線も。全部、ジャックだった。
「「ゴハートを返せ!!」」
「返す?」
ジャックは首を傾げる。
「何言ってんだ? これはもう俺の体だし……」
そして胸を叩く。
「お前らが、選んだ結果だろうがよ」
その一言で。胸の奥が冷え切った。
土台モンは、悔しそうながらも。無言で拳を握る。
「器は与えたぞ……!」
歯を食いしばる。
「約束通り、ミツバさんを救う方法を教えろ!」
ジャックは数秒黙る。そして。
「……プッ」
吹き出した。
「ギャハハハハハハ!!」
腹を抱えて笑い始める。
笑いすぎて、涙が出そうなくらいに。ずっと……この瞬間を、待っていたみたいに。
「お前、本気で信じたのか?」
「…………は?」
「俺が、約束なんて守ると思ったのか?」
ニヤつきながら、ゴハートの身体を指差す。
嫌な予感が……現実になった。
「そもそも、俺が『憑依の反動』の治し方なんて知るわけねぇだろ。“道具”が壊れようが、俺にはどうだっていいんだからな」
じゃあ……『治す方法はオレしか知らねぇ』って言ったのも。
器を用意したら、『救う方法くらいは教えてやる』って約束も。
僕の精神を限界に追い込んで……犠牲者を選ばせるための、嘘だったのか。
「嘘つき……嘘つき……」
静寂。ミツバの血が流れる。
その瞬間だけ……世界から音が消えた気がした。
「だってよぉ……俺は」
ジャックは笑う。
「“お前を絶望させる”のが、何よりの目的なんだからなぁ!」
その言葉に。
頭の中が真っ白になる。
ジャックはまた、絶望のカウントを始める。
「女はもう救えない」
指を、一本立てる。
「この身体も、返す気はない」
二本目。
「そこのマスコットも……今から殺してやる」
三本目。土台モンが、彼を睨む。
「この、『人魂ナックル』でな!!」
そして最後に。僕へ向かって拳を突き付けた。
その拳には、複数の青白い炎がまとわれていた。扱いが難しい、ゴハートの能力を……もう使えるのか……?
「これで俺の“完全勝利”! 全部お前のせいだからな、カビ助ぇ?!」
心臓が嫌な音を立てる。呼吸が浅い。
まただ……!
また、僕のせいで。また、みんなが!!!
「……っ」
声が出ない。
そんな僕を見て。ジャックは満足そうに笑った。
「その顔だよ……その顔が見たかった」
ゆっくりと近付いてくる。
「ああ、満たされる!!」
「マスター……」
土台モンの声。
近くにいるはずだけど、遠い。ほとんど聞こえない。
ジャックの……ゴハートの声だけが。やけに鮮明だった。
「この同族くんは、散り際にふざけたことをぬかしやがったが……」
一歩。
「お前は弱い。だからこんな簡単に壊れる」
一歩。
「だから――」
「——————?」
だから——? 何だよ?
ゴハートの拳で、僕は殴られると思った。
だけど、そこで……不意に。ジャックの言葉が止まった。
いや。動きすらも、止まっていた。
「……あ?」
奴の眉が動く。身体が揺れる。
ほんの僅かだけど……確かに。
奴の意思に反した行動だった。
「なんだ……?」
ジャックが胸を押さえる。
「おい、テメェの仕業か……!?」
もう一度。今度は大きく身体が揺れた。
ジャックはその原因を知ったようだが、睨んだ先は、土台モンでも僕でも師匠でもない。ただ、虚空を睨みつけていた。
「何してやがる……?」
苛立った声。そして。
奴は突然声色を変え、何か呟いた。
「かかったな……? 『追憶傾聴』」
ジャックは、ニヤリと笑う。
だけどその笑みからは、いつもの憎らしさを感じなかった。
その……次の瞬間。
ゴハートの身体が。ガクン、と崩れる。
「ゴハート!?」
僕は反射的に駆け出した。
ジャックは床へ膝をつく。両手で頭を押さえている。
「うるせぇ……! やめろ……!」
苦しそうな叫び。
「黙れ……!」
そうして……身体が完全に倒れ込む。
ドサッ――
「「え……?」」
静寂。
僕と土台モンは顔を見合わせた。
——ジャックは動かない。
ゴハートの体に入ったままだが、返事もない。
ただ、倒れたまま……微かに身体だけが震えている。
まるで。脳内で誰かと戦っているみたいに。
『だから今度は――アンタが俺を信じろよ』
そうか……。諦めてなかったんだね。
ゴハートのあの言葉は、ただ昔の僕のセリフと被せただけじゃなくて……こういう意味だったんだ。
「やっぱり、敵わないなぁ」
思わず笑ってしまった。
あんな状況だったのに。絶望しかなかったのに。
ゴハートは最後の最後で……僕らのために、命懸けで主導権を取り返していた。
「……まったく。本当に厄介なやつですね」
土台モンも苦笑する。
その声は少し震えていた。
見ると……彼は倒れたゴハートを見つめている。
普段なら絶対に見せない顔だった。
「土台モン……」
「生意気なくせに、おせっかいで、うるさくて……先輩面してくる」
ぽつりと呟く。
「でも、なぜだか……嫌いになれませんでした」
その言葉に……胸が締め付けられる。
僕も、同じ気持ちだったから。
ゴハートは、いつだってそうだ。
いつも馬鹿にしてくるし。気が強いし。親みたいにうるさいし。
でも……誰よりも頼りになる真っ直ぐさがあった。
まるで……父さんみたいな人だった。
理想を笑わないで聞いてくれる。
間違った時は、ちゃんと正してくれる。
迷ってしまった時は道を示してくれる。
そんな彼だからこそ、僕は希望を失わずにいられた。
「……本当に、そうさ」
「ええ。彼の覚悟を無駄にはできません」
「ゴハート……絶対に、信じてるから。」
僕は、はっきりと呟いた。
倒れたゴハートの身体は動かない。聞こえるはずないのに。
けれど、死んではいない。
今もきっと、見えない場所で戦っている。
「……行ってくるよ、相棒」
白い布を被った小さな身体。
今まで何度も背中を押してくれた相棒。
その身体を……こんな場所に。一人で置いていくなんて。
「結局、僕には。“全てを救う”なんてできやしないのか」
——でも。確かに僕はまだまだ、だけど。
落ち込んで、今ここで立ち止まる方が、彼にとって失礼だ。




