主を導く男
「「マスター……っ」」
二人は少し離れたところで、僕を見つめている。
『覚悟はできている』みたいな表情のまま……だ。
どうして、いつの間に、主導権が奪われた?
「僕が、自分に酔ってる……だと!?」
僕は意味が分からず、眉をひそめる。
だがジャックはどこか楽しそうだった。
「女のため? 仲間のため? 違う違う!」
指を振る。
「お前はな……自分が楽になりたいだけだ」
「——違う!」
「じゃあ聞くが……」
ジャックは笑う。
「お前が選んだとして……お仲間の片方が死んだら。お前は一生苦しむよな?」
「………っ!」
「だからお前は自分を選んだ。自分が傷付く方が楽だから。」
『そんなことはない』。
そう言い切れる要素なんて、何一つなかった。
「自分なら犠牲になれる? 自分なら仲間を守れる? 自分なら全部背負える?」
一つ一つ数えるように指を立てる。
「“主人公”気取りも大概にしろよ?」
「なっ……!?」
僕の反応に、奴はくつくつと笑う。
「お前、本当に何も分かってねぇなぁっ!!」
そして、目を細くする。
「——俺が欲しいのは器じゃない」
ゆっくりと。こちらを指差す。
「お前の“絶望”だ」
空気が重くなる。
ジャックの続ける声は、静かだった。
だからこそ、重い。
「弱くて、気持ち悪い……そのくせ、善人ぶってる」
ジャックは一歩近付く。
「そんなお前が、自分のせいで誰かを失う顔を見るのが最高なんだよ」
「……っ」
「だから、『お前を選ぶ』なんて選択肢、最初からねぇんだよ!」
ニタァ、と口角が吊り上がる。
「お前を乗っ取ったら、そこで終わりじゃねぇか……!」
心臓が止まりそうになる。
確かに、あいつの言う通り?
僕は……また、逃げていただけ?
——いや、自殺とは違うはず。
そもそものジャックの論理が、おかしい。器が欲しいと言いながらも、その真の目的は「僕を絶望させること」だなんて、屁理屈にも程がある。
「憑依される側が苦しむのは最初だけ……だがな」
ジャックは笑う。
ゆっくりと。ゴハートと土台モンを見る。
「自分の『選択』で仲間を失ったお前は、一生苦しむ」
奴はゴハートへ指を向けた。
「お前が選んだ場合——そいつは俺になる」
今度は土台モン。
「選ばれなかった方は——『なぜ自分を犠牲にして相方を助けなかったんだ』と、お前に失望するだろうなぁ……?」
最後にミツバ。拘束された彼女を見下ろす。
「逃げてもいいぜ。だがお前が選ばないと……女は死ぬ」
最後に、ニヤリと宣言した。
これが『本当の絶望、第二段階』とでも言いたげに。
「「さぁ、今すぐ選べぇ!!」」
空気が、凍る。
選びたくない。僕の手で、彼らのうちどちらかを……?
そんなの、無理に決まってる。だけど、ジャックに器を与えなければミツバを救う方法がなくなってしまう。
「何で……僕ばっかり、こんな目に……!」
思わず漏れ出た声は、世界に対しての憎しみだった。
この現状の最大の原因は……間違いなく、僕がジャックに目をつけられてしまったから。僕が、“絶望”を招きやすい体質だから?
「おっと、現実逃避か?」
ジャックは楽しそうに首を傾げる。
「——お前のせいだろ」
「いや……悪いのは、お前の“弱さ”だぜぇ?」
「何だと——?」
「お前が弱いから、みんな傷つくのは大前提。で……俺がお前を標的にしたのも、お前が“弱さ”を見せびらかしてるせいだ」
「そんなわけ——」
——ない。そう言いたかった。
だけど、思い返すのはドドリ村での病弱な自分。幼い頃から偏見の目を向けられ、学園に入ってからも虐めを受け続けた。
認めたくないが、こればかりは……奴の言う通り。いじめっ子は、誰彼構わず危害を加えるわけじゃない。人並みに、ちゃんと周りの目を気にしている。……カブ太だってそうだった。
だからいじめの最も大きな原因は……加害者が自制をしないことではなく、被害者が隙を見せていること、なのだろう。
「つまり、全部お前が悪いんだよ!」
「……」
沈黙。
ゴハートも土台モンも、蛇に睨まれたかのように動けない?
——仲間なら、助けてよ?
ふとそんな考えが浮かんでしまう僕は、やはりあいつの言う通り“醜い偽善者”なのだろう。口には出さないけど、頭に浮かんでしまう時点で……「ただの少年」の本質は、たかが知れている。
今だって喉が……ずっと、震えている。
「やめろ……」
だが。ジャックは止まらない。
「選べよぉ」
「やめろ……!」
「どっちを失うんだぁ?」
「やめろっ!!」
崩れた居住空間に虚しく、僕の叫び声が響く。
その瞬間——だった。
「…………はぁ」
ため息。場違いな程に呆れた声だった。
——全員の視線が動く。
その先にいた人物は、驚くことにゴハート。
彼は頭を掻きながら、一歩前へ出た。
「何だよ、それ」
そして、ぽつりと呟く。
「……あ?」
ジャックが眉をひそめる。
ゴハートは気だるそうに肩を回した。
「聞いてて思ったんだけどさ」
そしてニヤッと舌を出し。笑った……!?
「お前、マスターのこと好きすぎじゃね?」
「…………は?」
一瞬。空気が止まる。
「弱い醜いってよぉ。ずーっとマスターの話ばっかじゃねぇか」
ゴハートは鼻で笑う。
「正直、聞いてて気持ち悪ぃんだよ」
「テメェ……!」
「だってそうだろ?」
さらに一歩。ジャックへ近付く。
「マスターがどう思うとか。どう悩むとか。どう絶望するとか」
先ほどのジャックを真似るように。彼は白い布の上から、指を折り……数えている。
「お前の人生、それしかねぇの?」
「…………!?」
ジャックの表情が僅かに歪む。
ゴハートは気付かないふりをした。
「正直俺も、マスターのこと『弱い』と思ったことあるぜ?」
少しだけ真面目な声。
だがその内容は、突っ込むべきものだった。
「ゴ、ゴハート……?」
思わず顔を上げてしまう。
「最初なんて……特に酷かったからな」
苦笑する。
「すぐ怒るし、自分ばっか責めるし。そのくせすぐに諦める」
「おい……っ」
「ふふ。流石ですね、ゴハートは」
張り詰めていた空気が、少しだけ柔らかくなる。
気づけば今度は、ただ不機嫌そうに震えるジャックが……この空間の中で、“場違い”になっていた。
「でもさ」
そこで、ゴハートは振り返る。僕と目が合う。
その顔は……不思議なくらい穏やかだった。
「弱いから何だよ?」
「…………」
「弱い人はいじめられても仕方ない? 周りより能力の劣った人には価値がない?」
ふっ、と鼻で笑う。
「そんなんだったら……俺は、いや、俺たち『探検隊』は。とっくにマスターなんて見捨ててるよ」
静寂。ジャックは顔を歪めるだけで、何も言わない。
いや……言い返せない?
「少なくとも、マスターは。」
その後、ゴハートは胸を張った。
「お前より……いや、“今のお前”よりは、ずっと強い人間だ」
「ゴハート……っ!」
その言葉に、僕は目を大きく開いた。
やっと、認められた気がした。
——幼い日の自分が。弱かった頃の自分が。
「周りとは違う自分」にはずっと価値がないと、「父さんが隣にいない自分」には希望なんてないと……心のどこかで、そう思っていた。
十九歳だから、あり得ないと思っていたけれど。やっぱり彼の前世は、カウンセラーだったりするのかも。こんなに場の空気を、人の心を、動かしてくれる人なんて、他にいない。
ジャックの顔が歪む。
「……そうかよ」
低い声。
「前から感じてたが、お前……邪魔だな」
次の瞬間、ジャックの魂が揺らぐ。
ゆっくりと……ゴハートへ向かって、伸び始める。
それを見た土台モンが息を呑む。
「ジャック……っ! まさか奴は、ゴハートに憑依してそのまま自害するつもりなのでは……?」
「何だって……? そんなこと、させない!」
僕も反射的に前へ出る。
だが。そんな状況でも、ゴハートは動かなかった。
まるで最初から決めていたように。
——何で、背中を見せないんだよ。
「マスター?」
彼は静かに僕を呼ぶ。
あの日と同じだった。
石化が広がる中。僕が逃げろと言った、あの瞬間。
戸惑いつつも、覚悟の決まった声。
「——覚えてるか?」
胸が苦しくなる。
「前さ。アンタ俺に『逃げろ』って言ったよな」
ゴハートは笑った。
僕は、呼吸が止まりそうなのに。
——忘れるわけがないだろ。
あの日。絶望の中で。
自分は確かにそう叫んだ。ゴハートが……生き延びて、きっと自分を助けてくれると、信じていたから。
彼は少しだけ目を細めた。
「正直……あの時、めちゃくちゃ嫌だった」
「あ……。」
引き攣った笑みを浮かべたまま、一歩。
ジャックへと近付く。……後ずさる、のではない。
「置いていきたくなかった」
また一歩。
「逃げたくもなかった」
さらに一歩。
「ずっと『隣』にいたかったんだ」
もう……手を伸ばしても、届かない距離。
「でも、アンタがそう望んだから」
その位置で止まって——やっと振り返る。
その顔は、泣きそうなのに、笑っていた。
「——俺は信じたんだ」
ジャックの魂が、もう目前まで迫る。
それでもゴハートは逃げない。
「だから今度は――」
ニッと笑う。
「アンタが俺を信じろよ」
「「待っ――!!」」
僕と土台モンが同時に叫ぶ。
だが、ゴハートは止まらない。
むしろ……彼は自ら、さらに一歩踏み込んだ。
まるで。昔の父さんがそうしたように。
誰かのために、自分から……絶望の中へと。
「やっぱアンタは――“最高の相棒”だからな」
最後に。少し照れ臭そうに笑って。
そして……ジャックの魂へ向かって、飛び込んだ。
彼は、悲鳴ひとつあげずに、ジャックに飲み込まれていく。
「くそっ……!」
「ああ……ゴハート……!!」
一見、何も解決していないように見えるこの状況。
だけど、いつの間にか、主導権を奪い返してる?
ゴハートの、犠牲……いや、話術のおかげで。




