「ただの少年」
——沈黙。
誰も言葉を発せない。
新たな器……それはきっと、適当な“誰か”ではダメなんだ。そんな人物を連れてくる前に、ジャックの魂は消えてしまうだろうから……この場の三人の中から、“誰か”を選択しなければならないのだ。
こんな屑のために……大切な仲間の、誰かを差し出す……?
ジャックは続ける。
「別に、オレが憎けりゃ放置して良いんだぜ?」
「ちっ……分かってて、言ってるくせに。」
「ハ……そうだよなぁ?」
奴は拘束されたミツバを見る。
「俺が消える時。代わりがいなきゃ——」
腹を抱えて、笑う。
「この女も終わりだァ!! ギャハハハハハ!!!」
「…………ううっ!!!」
全身が冷えた。
つまり……ミツバを助けるには、ジャックを消してはならない。
だが、ジャックを消さないためには……誰かが。
誰か一人が、自由を奪われなければならない?
「「……」」
誰も喋らない。
ゴハートも、土台モンも。言葉を失っていた。
当然だ……いくら彼らでも、怖いだろう。
選ばれた方は終わる。身体を奪われる。意識を奪われる。
生きていても……それはもう死と変わらない。
そんなの、簡単に差し出せるはずがない。ミツバの体が道具のように使われていた現実を知る僕らには、自ら『差し出す』なんて……とても言い出せなかった。
ジャックは愉快そうに笑った。
「お前が選ぶんだぜ、カビ助?」
「は……?」
奴はそのままゆっくりと。二人を見回す。
「ボクらは“使い魔”です。マスターの選択を、恨みはしません」
「ミツバを救うんだろ……? あんたのために死ぬ覚悟なら、俺たちはとっくにできてるよ」
「そんな……いやだ、えらべるわけ……っ!?」
ぞわりとした。
ゴハートの拳が震えている。土台モンも唇を噛んだ。
誰も答えられない。答えられるわけがない。
「お前が悪いんだよ、カビ助……。“大切なモノ”を、何個も作るからだ」
「違う……」
「そうかよ。で……? お前はどっちを“殺す”んだ?」
「“殺す”……?」
脳裏に、子熊の心臓を貫いてしまった時の映像が流れる。
今でも……あれは、耐えられない。気が狂った僕の愚かな判断で……未来ある命を一つ、奪ってしまったんだ。それを……また、繰り返すのか?
「こんなの、間違ってる……!」
だが、そんな中。
無意識から出た自分の発言を通じて、もう一つの映像が蘇った。
『戦いとは、そういうものなり。常に“何か”を秤にかけねばならぬ』
僕が仮初の“英雄”になった後の……ギザンとの、会話。
そういえば、あの時も“僕が一人でやった”と思われていることに対して、「こんなの、間違ってる」……そう思ったんだっけ。
——僕は、ミツバを見つめる。
拘束されたままの彼女。
苦しそうな呼吸。
血の付いた口元。
ようやく会えたのに。
ようやく……ここまで来たのに?
「……」
仲間を信じろと、そう教わった。
全部一人で抱えるなと、そう教わった。
だけど……今。
この状況で、誰かに押し付けるのか?
ゴハートに? 土台モンに?
そんなこと、出来るわけがない。
ギザン……僕は、どこまで教わろうと「ただの少年」みたいだよ。
彼女一人を救うために、ここまで乱される自分が情けなくなる。
「……僕だ」
気付けば口が動いていた。
「ん?」
ジャックが振り向く。
僕は前へ出る。足は震えていた。
——怖い。
当たり前だ。コイツに乗っ取られるのは、死ぬより怖い。
だけど。それでも。
「器が必要なら、僕を選べよ……っ!!」
次の瞬間、全員がこちらを見る。
「マスター!?」
「何言ってるんだよ……!?」
土台モンとゴハートが叫ぶ。
「ミツバを治せ。その代わり、僕を選べ」
今度ははっきり言った。
そのまま、ジャックを睨む。喉が震える。心臓が痛い。
だけど。目だけは逸らさない。
再び、静寂が落ちた。誰も、何も言えない。
僕の言葉が、まだ空気の中に残っている気がする。
勢いで言ったわけじゃない——本気だ。
ゴハートや土台モンを差し出すくらいなら。
ミツバを見捨てるくらいなら。
僕がやるしかない。そう思った。
そんな中。
ただ、ジャックだけが、ゆっくりと口角を吊り上げた。
「ギャハハ……やっぱ最高だぜ」
だが。その笑いは今までより小さい。
まるで……ずっと待っていた答えを聞いたみたいに。
「なあ、カビ助……」
そして、奴はゆっくりと顔を上げる。
その目が、真っ直ぐ僕を見る。
「気付いてないだろうけど、お前さ」
「……なんだ?」
「今……自分に、酔ってるだろう!?」




