死より辛い選択
「……どういう意味だ?」
ゴハートの声が低くなる。
ジャックは肩を竦めた。
「そのまんまの意味だよ」
そして、自分の口元を指差す。
「俺さぁ。出る時に、ちょっと無理したんだわ」
「「……?」」
「身体から魂を引っぺがすには、それなりの衝撃が必要でな」
嫌な予感がした。僕の予想は完璧ではないにしろ、当たっていて……?
あいつはさっき、ミツバが瀕死だと言った。つまり——!?
ジャックは笑う。
「だから舌を噛み切ったんだよ」
空気が凍る。
「ま、痛みを感じる前に俺は抜け出せたがなぁ……!」
「————!?」
一瞬、誰も理解できなかった。
物語に出てくるスパイのように……覚悟の強いでもない限り、生物としての防衛本能がある以上、全力で舌を噛み切ることは実際には不可能。だが、他人の身体を「死を感じる前」に取っ替え引っ替えできるジャックに、防衛本能なんてものはあるのだろうか。
その映像を想像し、理解してしまった瞬間。
「「お前……ッ!!」」
僕が一歩前へ出る。
ゴハートも、土台モンだって同じ気持ちだ。全員から、殺気が漏れる。
「たとえ舌を噛み切っても、即死するわけじゃない。だが、出血量によっては失血死……または、傷口から出た血液が気管に流れ込んだり……ちぎれかけた舌が喉の奥に落ち込み、声門を塞いだりして……窒息死するということも考えられなくはない」
土台モンが淡々と……いや、苦い顔で知識だけを述べる。
その間、ジャックは楽しそうに笑っていた。
「ギャハハハ!! そんな顔すんなよ!」
拘束されたミツバを見る。
「ちゃんと持ち主に返してやったんだぜ?」
「……!」
「魂はまだ身体の中だ」
その言葉に、僕の胸が少しだけ軽くなる。ゴハートと土台モンの頑張りと、師匠の犠牲のおかげでジャックを追い詰めはした。その結果、ミツバの体から分離させること自体はできたのだが。
できた、のだが……瀕死の状態にされた、という事実が重く押しかかる。
ジャックは笑う。
「お前らが来なけりゃ、身体だけは無事だったかもな?」
軽くなった心が、そのまま奈落へ落ちた。
「……は?」
声が出た。意味が分からない。本当に。
コイツの倫理観は、本当にどうなっている? 現実が見えないのか?
「お前……何を……」
「だから言ってんだろ?」
ジャックは面倒そうに掻く。
「お前らのせいで、コイツは死ぬんだよ」
そして。拘束されたミツバの身体を指差した。
「お前が! ミツバに!! 憑依なんて……するからだろ!?」
「マスターの言う通り。意識がなければ死んだも同然です」
「どこまでいっても、救えない奴だなァ……!!」
僕は思わず激昂したが、土台モンとゴハートが怒りながらも捕捉。
だがジャックは、気にも留めずに続ける。
「見ろよ。急がないとまずいぜ?」
悔しいが、言われた通りに見る。
よく見ると……噛まれた舌からだけじゃなくて……ミツバの胸元から、僅かに血が流れていた。
今まで気付かなかった。戦闘の傷だと思っていた。
だけど違う。ゴハートも土台モンも、傷がつくような攻撃は与えていないはず。
そのはず……ならば、この傷は?
「憑依の、反動……?」
喉が詰まる。息が苦しい。
ミツバは、このままじゃ死ぬ。この傷の正体が、『憑依』能力によるものならば……それを治す方法は、おそらくジャックしか分からない。
ようやく奪い返したのに。
ようやく……ここまで来たのに!!
「ギャハハハ!」
その場で、ジャックだけが笑う。
「いい顔するじゃねぇか」
胸糞悪い。
本当に、心の底から、憎い。
「マスターの『浄化の花粉』で治療すれば…………?」
土台モンが呟く。僕はハッとして、すぐに実行に移そうとする。
「ひとつの声は風に消え……っ!!」
「まだ間に合う可能性は——あるかもしれません!」
「頑張れ、マスターっ……!」
頭の中が、鈍い音をたてながら、必死に回る。
ミツバの心配、ジャックの対処、呪文の詠唱、師匠の戦い、これからの交渉。
——苦しい。苦しい。僕には無理だ。
正直、もう限界……でも、絶望してる場合じゃない。
希望が一筋でもあるなら……やるしか、ないんだ。
そんな中、土台モンの提案にジャックが答える。
「無理だよ。無駄無駄。治す方法はオレしか知らねぇ」
それは、あまりに残酷な答えだった。
一瞬、誰もが信じることを放棄するほどに。
「っ……ふたつの想いは空に散る——!!」
「うるせぇな……無理だって言ってんだろ」
ジャックは退屈そうに言う。
「オレをここまで追い詰めたから、特別に教えてやるよ」
そのまま、自身の胸を叩く。
「オレは魂だけの状態では、すぐに消えちまう……」
「は……?」
ゴハートの声が漏れ出る。
僕は呪文の詠唱をしつつも、そちらに意識を向ける。
——ということは。
あの憎きジャックを、ついに撃破?
一瞬そう思ったが、そう単純な話ではなさそうだ。
「お前には一刻も早く消えてほしいが……」
「ミツバさんを救う方法を聞き出すためには、困りますね……!!」
二人の言う通り。ジャックが消えるなら、その前になんとか情報を吐き出させないといけない。あまりにも酷な状況だ。ミツバのために、一刻を争うってのに。
そんな中、ジャックは再び嫌らしい笑みを浮かべた。
「そうだろうなぁ……。じゃあ——」
嫌な予感がした。そうだ、コイツが『消える』というのはきっと、僕らを油断させるためのハッタリだ。だってコイツの能力は……!!
「オレのために新たな“器”を用意しろよ!?」
奴は、ニヤリと笑う。
「そうしたら、女を救う方法くらいは教えてやる……」




