魂の分離
「じゃあ、今はジャックは気絶してるの……?」
「いや、『心縛環幽』は人の未練を利用して心を縛る技。気絶してる……わけじゃなくて、“反撃する気を失ってる”ってとこだな」
「なるほど……?」
理屈は今いちよくわかっていないけど、改めて……人魂の力の凄まじさを理解した。
思わず、笑ってしまった。
「二人とも……すごいな」
僕がそう言うと。
「へへ、まあな!」
ゴハートが鼻を擦る。
珍しく素直だった。
土台モンも肩を竦める。
「流石に疲れましたけどね……」
そう言いながらも、その顔は少し満足そうだ。
そして三人の視線が。
自然と、拘束されたミツバの身体へ向く。
「……!!」
ジャックは定期的に少しだけもがき、すぐに静かになる。
流石の敵幹部でも、ここまで拘束されれば、もうどうしようもないのだろう。憑依能力で、別の誰かに乗り移ったりするのかと警戒しているが、そのそぶりもない。
どうやら乗っ取った器が死なない限り、魂を分離させることはできないようだ。まあ確かに、好きなように分離できていたなら……以前と今回の戦い、その両方で……もっと僕らを苦しめることができたはず。
石鎖はびくともしない。口も塞がれている。
逃げ場は、どこにもない。
——勝ったんだ。
長かった。本当に……長かった。
あの日、ミツバが奪われてから。
何度も絶望を噛み締めて。色んな人に励まされて。修行して……ようやくここまで辿り着いた。
「……終わった」
小さく呟く。だが……問題はここからだ。
「ミツバさんを、どうやって救いましょうか」
土台モンが顎に手を当てる。
彼の言う通り……まだ、救出方法は分からない。
現実を見ると、僕らの目的はまだ半分すら達成できていない。ジャックを拘束したところで、ミツバを解放できなければ意味はないし……何より、この先にいるであろう『敵のボス』とメドゥーサをかけた交渉を持ちかけなければならない。それが、僕ら『突入班』に課せられた任務だった。
でも……少なくとも。ジャックはもう何も出来ない。
あとはゆっくり考えればいい。
「師匠もそのうち来るだろうし、ドリあえず手がかりを探そう」
そう言って振り返る。
遠くからは……まだ轟音が響いていた。
黒い衝撃。砕ける壁。激しい戦闘音。
伝説の一族同士の戦いは、変わらず熾烈を極めていた。
「でも、本当に大丈夫かな……?」
「心配するだけ無駄だろ。あの人が負ける姿、想像できねぇし!」
「確かに……?」
僕もゴハートも、思わず苦笑する。
そうしていると、土台モンが話を戻してくれた。
「それで、手がかりと言っても何から探しますか?」
「そうだなぁ……魂だけを引き剥がせたりできればいいんだけど。ゴハート、心当たりない?」
「そんな都合の良い能力があれば、もうやってるよ……」
僕は人魂の専門家である彼に尋ねたのだが、ゴハートはぼやく。
土台モンも首を横に振った。
「ボクにも専門外ですね……」
「「………」」
沈黙。
手がかりゼロ、か。ドドリ村で父さんの遺骨について調べようとした頃を思い出すな。結局あの問題も、ノーヒントのまま事件に巻き込まれた末に、ダークスター団が元凶だったと分かったんだっけか。
もしや今回も、先に進まなければ分からない……?
ようやくここまで来たのに。最後の最後で、一番重要な問題だけが残っていた。
その時だった。
「……ん?」
土台モンが眉をひそめた。
視線の先。拘束されたミツバの身体。
いや、その胸元から……何かが。
白い煙のようなものが。
ゆっくりと浮かび上がっていた。
「何だ……?」
ゴハートも表情を変える。
煙は少しずつ形を持つ。
頭に、腕に、足。
やがて……それは、人の姿になった。
人魂のように半透明で、青白い。
ゴハートと同じように白い布を全身に被っている人物だった。
僕は思わず前へ出た。もしかして——
「ミツバ……!?」
助かったのか? 意識が戻ったのか!?
そう思った、次の瞬間。
「…………っ!」
誰もが言葉を失う。
その人影が……ゆっくりと顔を上げたのだ。
「ギャハ……見えるんだな、お前ら」
小さい。本当に小さい声だった。
だけど、聞き覚えがある。
嫌というほど……耳に残ってしまった声だ。
だけど——拘束されたミツバの身体は、目の前にある。
口も鎖で塞がれている。喋れるはずがない。なのに、奴の声が、あの人物から響いている。
まるで、僕のすぐ隣で囁いてるみたいに。
「なっ……!?」
僕らは目を見開いた。
「「ジャック!?」」
正確には、その魂? ミツバの容姿でも子熊の容姿でもなく、ゴハートと似た雰囲気を醸し出す、三十代くらいの男に見える。僕の予想は間違いで、器が死ななくても、魂だけの状態で分離できたのか……?
ともかく、あの目。あの笑い方。あの気配。
ジャック本人だ。——この僕が、間違えるはずがない。
「お前……!」
ゴハートが前へ出る。
だが。ジャックはまるで焦っていなかった。
むしろ。どこか楽しげに頭を掻く。
「いやぁ。危なかった、危なかった」
そして浮かび上がり、拘束されたミツバを見下ろす。
「カビ助……お前を絶望させるために、せっかく手に入れた器だったんだがなぁ」
「…………っ!?」
その言葉に、僕の背筋が冷える。
今、『だった』って……言ったよな?
もし……僕の予想が正しかったとして。ジャックが憑依する対象を乗り換えるためには、前の“器”が死亡することが条件だったならば。
「おい……ミツバはどうした?」
彼女の意識は!! ミツバの身体は!!!
「まだ……生きてるんだよな!?」
「あ……?」
僕の問いに、ジャックは首を傾げる。
「ギャハ……安心しろよ、まだ生きてる」
「——本当か?」
「チッ……お前が喜ぶ嘘なんて言うかよ」
僕の胸が少しだけ軽くなる。
だったら、今目の前にいるコイツを消滅させれば、全て解決……?
彼女が生きているという安堵。その大きさのあまり、『憑依』の条件の考察を、僕は無意識に追いやっていた。
今起きている事態が、あり得ないということを気づかないまま……そう思った。
だが、ジャックは嫌らしく笑う。ミツバの顔じゃないからか、その醜悪さがより際立って見えた。
「ただし——瀕死にしといた」
ジャックは拘束されたミツバを見下ろす。
「あと何分保つかは知らねぇけどな?」
「……………は?」
その言葉で、安堵という感情は、一瞬で消えた。




