未練と迷路
複製体を撃破し、僕はゴハートたちの戦場へ。
師匠とその複製体との戦闘は、まだ終わっていないみたいだが……彼は、僕なんかが心配して喜ぶような人じゃない。それに今は、ミツバを救うことが先決だ。
やがて、二人の背中が見えてきた。
第二層……居住区の一室、その原型はほとんどない。床も壁も装飾品も、全てがボロボロに崩れている。おそらく土台モンが能力を多用したのだろう。
「そんなになるまで、激しい戦闘が……?」
そう思って、思わず呟いてしまった。
だが。僕が辿り着いた時には——
勝負は、ほとんど決まっていた。
「っ……!!」
ジャック……ミツバの身体が、床へ押さえ付けられている。
全身を覆う石鎖。両腕も両足も封じられ、身動きひとつ取れない。
「んん〜………っ!!」
おまけに、口元まで石で塞がれていた。こいつに喋らせては心が乱されると、ゴハートが判断したのだろう。
そんな光景を見て、僕は思わず目を見開く。
「すごいね……捕まえたの?」
「……お、マスター」
ゴハートは振り返る。その顔には汗が浮いていた。真っ白な布でできた服も、所々破れている。決して楽な戦いじゃなかったのだろう。
それでも。
その目には、どこか余裕があった。
「無事だったみてぇだな」
「うん……。修行のおかげだよ」
二人は微笑み、静かに頷きあう。
そして拘束されたジャックを見る。
……いや。ミツバの体を、見る。
呼吸はある。傷も少ない。
ジャックの嫌味な声がないと、元に戻っているようにも見えた。
「ボクたちも、なんとか無事ですよ〜」
「まあ、二人がかりだし、流石になぁ……」
そう言って、ゴハートが肩を回した。
だが、そんな彼の拳は擦り傷だらけ。
土台モンも珍しく息を切らしていた。
その様子だけで、どれだけ苦戦したか伝わってくる。
「……正直、面倒だった!」
ゴハートが鼻を鳴らす。
「速かったんだよ……ミツバの身体」
彼は呆れた顔をして、戦闘の詳細を説明してくれた。
ゴハートの話は相変わらず上手くて……実際にその場にいなくても、脳裏に戦闘の光景が浮かぶ。
◻︎ ◻︎ ◻︎ ◻︎ ◻︎
「ギャハハハ!!」
シャンデリアからシャンデリアへ。
ジャックが飛び回る。
果実形態で……小柄なミツバの身体。
その、異常な機動力に俺たちは苦戦をしいられていた。
「『連鎖』!」
土台モンの声と共に、石鎖が伸びる。
壁から。床から。天井から。
だが——
「遅ぇ遅ぇ!!」
ジャックは全部避ける。
鎖が直撃することがない。
掠ったとしても、石柱は途中で折れ曲がる。
土台モンは……やはり、ミツバのことを。
いや……マスターのことを想って、威力を落としていたんだ。
「チッ……!」
俺も躍起になって拳を振るう。
「『人魂ナックル』!!」
——ドゴォン!!
轟音と共に、壁が吹き飛んだ。が……
「ハハっ! この珍妙な形態、意外と役に立つもんだなぁ!」
当たらない……?
あと少しなんだ。加減しなければ——
本当にあと少しで、俺の“拘束技”をぶつけられるのに。
あと少しで……俺の、俺らの。マスターの悲願が叶うってのに。
——なのに、届かない。
「くそっ……!」
それに、分かっていても拳が止まる。
——モロに当てればミツバが終わる。
——だが、少しは当てて弱らせないと拘束できない。
大事な人の身体を使われるのは、やはり……卑怯だ。
「面倒臭ぇな……『捕まえる』ってのは!」
吐き捨てる。
「いや、違う」
そこで。土台モンが言う。
彼は目線だけでジャックを追っている。
「捕まえる必要はないよ」
「……あ?」
「動けなくすればいい」
「んなこと言ったって……出来るのか?」
「試す。だから、合わせて。ゴハート!」
俺は、困惑する。正直、コイツのことがよく解ってない。
見た目は子供なくせして……中身は老人だからか? まさか、子供の相手ばかりしていたツケが今世でも回ってくるとは。
「ったく……任せるぞ!?」
その、次の瞬間——土台モンの目が細くなる。
「了解。行くよ、『隆起』」
ゴゴゴゴゴゴゴ……!!
床が持ち上がる。壁が伸びる。天井が歪む。
でも、これじゃいつもと同じ……?
そう思ったが。
「うおっ!? これは………!!」
ジャックの動きが止まる。
見ると、奴が避けた先に壁。
さらに飛んだ先に柱。
そこから逃げた先にも天井!!
部屋そのものが。巨大な迷路へ変わっていた。
「逃げ場を消してるのか!?」
「そう。こういうのは得意分野だからね」
土台モンが頷く。
「速い相手なら……速く動ける場所を、奪えばいいんだ」
な、なるほど……? 賢いようで強引な考え。
馬鹿と天才は紙一重とは、よく言ったものだ。まあ、実際に強引な考えを現実にできている時点で、コイツは間違いなく“天才”側なんだろうけど。
そして、次は俺の番……か。
「やれるね? ゴハート!」
「当然だろ!!」
俺は叫び、両手を広げる。
「逃げ場がねぇなら話は早い! ——『心縛環幽』!!」
——白い炎が、放たれる。
無数の人魂が、ジャックへ殺到。
逃げ道は、もう塞がれている。
壁。柱。床。
ジャックは動けても、それには限度がある。
人魂から、避ける。すばしっこく、避け続ける。
だが、気付いた時には——もう逃げる場所が残っていなかった。
「二体一で、まるっきり対策しやがって……卑怯だぞ?」
「へっ……どうとでも言え。捕まえたぜ!」
それなら、この技の本領発揮といこうか。
俺は人魂たちに向け、指を鳴らす。
卑怯……だと? それは、お前の方だ。
「お前には、気を失ってもらう」
この技は、人魂が鎖となり相手の手足や身体に絡みつく。
「未練」がある人間ほど、心を乱され強く縛られるんだ。
天井。床。壁。
全方向から、“彼ら”は飛び出した。
「ぐあぁっ……!?」
今度は避けられない。
いや、マスターのために……絶対に、避けさせない!
右腕。左腕。足。胴体。
一気に人魂が押し寄せ、縛り付ける。
『イタイ……クルシイ……?』
『ツマラナイ……ツマラナイ……!』
『ミンナ……シネバイイ……?』
「うるさい、うるさい!! 離せ、離せえっ!!」
「……嫌だね。お前はマスターを、何度も侮辱した。俺らは、結構根に持つタイプなんだ」
「え、勝手に一緒にしないでくれる……?」
土台モンは困ったように言った。
だが、次の瞬間には。いつもの呆れた口調で微笑む。
「にしても……ゴハート。普段のダサい名前の、シンプルな攻撃技で忘れがちだけど……君も大概チートな能力を使うね? まあ、時々だけど」
「へへ、とはいえ人魂は我儘だから、扱いが難しいからな……? だから今回は、お前の迷路のおかげだぜ! ありがとな、土台モン!」
「その感謝、マスターほどじゃないけど、嬉しくもらっておくとするよ」
ふ……素直じゃないな。
見ると、彼の耳が少しだけ赤くなっていた。ちゃんと、コイツも褒められると嬉しいのか。堅物ってわけじゃなくて、見た目通りに可愛いとこもあるんだな。
まあ……“ダサい名前”って発言は、ちっとも可愛くないんだが。




