主人公と脇役
マスターの背中が遠ざかっていく。
その隣には、彼自身の複製体。
彼は今も、振り返らない。迷いがない。
「ああ——」
拳を鳴らす。
思えば、昔の彼なら、絶対にこんなことは言えなかった。
全部一人で抱えて……全部一人で潰れて。
助けを求めることすら出来なかった。
だけど今は違う。
仲間を信じている。任せて、任せられる強さを手に入れた。
「——任された」
口元が自然と緩む。
「行ってこい、マスター」
思わず口から漏れた。
——昔、俺がかけた言葉を憶えてるか?
『あんたの世界の中心にいるべきなのは——あんた自身だ』
もちろん、すぐに理想の人物像になったわけじゃない。
強敵との戦闘、父親殺しの告白。あとは実際に見たわけではないが、厳しい修行に、孤独な戦い……か。
思い返せば、彼の弱い部分は何度だって現れた。それでも、あの箱庭を経てから、彼の中で少しずつ、俺の言葉に“意識”が芽生えてきていた。これは異能力的なアレではなく、ただの比喩なのだが……そう思えないほどに。
——今のマスターは違う。
もう誰かに守られる子供じゃない。
もう俺達が手を引くような必要はない。
自分で選び。自分で背負い。そして仲間を信じている。
俺が教えたかったことを、いつの間にか全部覚えていやがった。ギザンにピクコノに、シャド……色んな大人たちと関わったからこそだろう。
やはり、人との会話は何よりの経験なのだ。
複製体に向き合っている今のマスターは、もう……物語の主人公だ。
あの隊長のように、強くて、頼り甲斐があるわけではなくとも。
俺は……。いや、俺たちは。
こんなにも、あんたに魅了されているのだから。
「マスターの成長には驚かされるね」
隣で土台モンが呟く。
「あ? 急にどうした?」
……心でも読まれたのかと思った。こいつの力は未知数だから、本当にありそうなのが怖いところだが。
「正直、ここまでとは思っていなかったよ」
彼はそんな俺を気にも留めず。真面目な顔で頷いている。
思わず俺は、鼻で笑った。
「はっ……年寄り臭ぇぞ」
「実際、ボクは百七十三歳だからね」
「げ、そうだったな……」
思わず笑う。
こんな状況なのに。少しだけ肩の力が抜けた。
だが——不愉快な声が響く。
「おいおい、やめてくれよ。気色悪い」
ミツバの姿をしたジャックが、呆れたように肩を竦めた。
「感動の別れは終わったか?」
その目は笑っていない。
「だったら次は俺を楽しませろよ」
睨み合い、次の瞬間。
俺と土台モンは同時に動いた。
「——行くぞ!!」
「当然!」
空を蹴る。瞬間で、距離を潰す。
考える時間なんて与えねぇ。
こいつは……口を開かせるほど厄介になる。
なら、黙らせてやる。
「『人魂ナックル』!!」
拳を振り抜く。
白い炎を纏った拳が一直線に飛ぶ。
同時に——
「『隆起』!」
土台モンが床へ手を叩き付ける。
石畳が盛り上がる。
無数の柱。逃げ場を潰すための尖った障害物だ。
これで、左右から挟み込む完璧な連携。
いくらお前が幹部とはいえ……これで致命傷だ。
だが——
「ギャハハ!!」
ジャックは避けない。
いや、避ける素振りすら見せない。
「……!?」
俺の拳が止まる。
あと数センチで……顔に当たる。頭部に致命傷を、与えられるのに。
そう分かっているのに。
脳裏に浮かんだのは、あいつの笑顔だった。
『ゴっさん!』
「ミツバ……っ!!」
——今、拳を向けている顔はミツバだ。
あの娘の顔面を、マスターの恋人を。俺が、殴るのか?
俺の拳が止まる。止まってしまう。
その一瞬で、人魂の軌道が僅かに逸れた。
ドゴォン!!
壁が砕ける。ジャックの……いやミツバの髪だけが、揺れた。
土台モンの石柱も同じだった。
「くっ……想定外です」
本来なら足を砕く角度。
だが僅かに甘い。石柱はジャックの足元を掠めただけだった。
そして——
「そう、それだよ」
ジャックが笑う。
一瞬、ぞわりとした。
こいつ……最初から分かっていた顔だ。
俺達が躊躇することを。
理解した上で……。わざと攻撃を受けようとしていた?
「殴れねぇんだろ? 脇役だもんなァ……」
ミツバの顔で、嫌らしく笑う。
「ギャハハハハ!!」
「……っ」
拳を握る。
挑発だと、分かっている。だが、我慢ならない。
ジャックの煽りは止まらない。
「お前らは所詮、使い魔……。ご主人サマに命令されねぇと、何も熟せないモブキャラだ!!」
「お前も……別次元から来たゴースト族だろ!?」
「お生憎様。俺は違うねぇ」
ジャックが笑う。
「俺は自力でここまで来た」
「……」
「使い魔のお前とは違う」
「何だと……?」
「いやぁ、つくづく便利な能力だぜ! 俺ってやっぱ外から見たら主人公? てか神に愛されてるんじゃね?」
……確かに、魂だけなら異界の狭間も自力で超えれる。
生物が死んだら、天国か地獄に行くってのと、同じ原理だ。肉体から自身の魂を切り離し、他者の肉体に乗り換える……そんな『憑依』ができるなら、召喚されずとも異界へ渡れるっていう、こいつの話は嘘じゃないだろう。
だが、最後の言葉だけは、あり得ない。
「お前みたいなクズが、神に愛されてるだって?」
胸糞悪い。世の中には、神を心の支えにして生きている人がいるんだ。
その「神」が……こんな奴のことしか見ていないなら、彼らは何を信じて生きていけば良いんだ? 自殺者が……大勢出るだろう。
胸糞が悪い。そんなこと、絶対にあり得ない。
「ギャハ……ただの比喩だよ。間に受けんなよ、同類くん」
「お前なんかと、同類にすんな」
「まあ……確かに? お前は、カビ助とかいう雑魚の使い魔だもんなぁ! そんなモブが主人公と同類は嫌なのも当然……だな、ギャハハ!」
「マスターが……雑魚だと……?」
「お、そこにキレる? どこまでいっても使い魔クンだねぇ!」
胸糞が悪い。本当に。
だが、落ち着け、俺……!
完全にこいつのペースだ。これ以上続けても無意味。
それに、教え子より精神レベルが低い相談役なんて……居てはいけない。
だから。
「——土台モン」
俺は、隣の彼の頭に手を置く。
「うん……。ようやく、結論が出たようだね」
土台モンが前へ出る。その声は静かだった。
「マスターが来る前に……ボクらで。」
「お前を……拘束する。ジャック!!」
石畳が震える。床一面に紋様が走る。
今度は傷つけるわけじゃない。捕獲。完全に封じるだけだ。
ミツバを救うための、後処理は……マスターを信じて、任せることにする。
「ほぉ? 目が変わったな」
ジャックが目を細める。
「やってみろよ、脇役共!!」
「……うるさいな」
その瞬間。
土台モンの技が発動した。
「『連鎖』」
無数の石鎖が、一斉に伸びる。
壁から、床から、天井から。
同じ素材を、同じ形に、同じ大きさに変形させる場合、手間は省くことができる。その法則を周囲に適応させ、彼は無数の鎖を錬成したのだ。
逃げ場はない……そう思ったが。
「危ねっ……!?」
ジャックは、その場から消えた。
「なっ——!?」
次の瞬間にはシャンデリアの上。
見上げると、果実形態になったジャックがいた。
——速い。あまりにも速い。
ミツバの身体は小さく、軽い。果実形態なら、加えて重心移動が異常に速い。
そこへジャック自身の戦闘経験が加わる。
俺達が相手にしているのは、ただのクズじゃない。
奪った相手の体を使いこなし……愉悦のために絶望を作り出す、化け物。れっきとした、『ダークスター団』の幹部だった。
「ギャハ、捕まえてみろよ? 脇役に出来るかねぇ?」
ジャックが笑う。
だが、土台モンは首を振った。
「違う。」
「……あ? なんか言ったか!?」
「ボク達は、脇役でも、『使い魔』でもない」
静かに。怒りが伝わる。
「マスターの隣を歩く『仲間』だ……!」




