努力の全否定
図星を刺された人間だけが見せる沈黙。
「…………」
ジャックは額を押さえる。
そして、俯く。肩が震える。
数秒。
誰も動かなかった。
そして。
「……ははっ」
奴は笑った。
小さく。低く。気味が悪いほど静かに。
「なるほどな。よ〜く分かった」
ジャックは俯く。その声は、静かだった。
怒鳴りもしない。笑いもしない。
だから逆に――不気味だ。
「お前ら……」
ミツバの顔が上がる。
「本当に仲が良いんだな」
「「………」」
誰も答えない。
「裏切られても立ち直る。仲間を信じる。完璧な演技も見破る。父親の仇も許す。」
ジャックは指を折る。
罪を一つずつ……確認するかのように。
だが——
「“青春”ってヤツだな。羨ましいぜ」
確かに、そう言った。
「……え?」
一瞬、本当に一瞬だけ、奴に期待のような感情を向けてしまった。
でもそれは、ジャックという屑のたった一面にすぎない。
「ギャハ——だからこそ壊してぇ」
ゾクリとした。
ジャックは続けて、汚く笑う……そう思ったが。
「仲間……」
奴は、言葉を噛み潰すように呟いた。
「友情、絆、信頼。許し、努力、希望!!」
ひとつ言うたびに、その顔は歪んでいく。
「そんなもんで人生上手くいくならよォ……」
ミツバの顔が。
一瞬だけ別人みたいに見えた……。
「誰も苦労しねぇんだわ」
奴は最後にそう呟いて、顔を上げる。
その目からは、“感情”が消えていた。
「だから——」
そのまま、ジャックは壁際へ歩く。
そして。何気なく。
装飾品の一つへ触れた……?
「………しまった!」
師匠の目が、大きく開かれる。
同時にカチリと、小さな音。次の瞬間——
ゴゴゴゴ……
振動とともに、部屋の奥の壁が動いた。小さく偽造されたボタンひとつで、隠し扉が開かれたのだ。
「嘘だろ……? こんな、技術力……!」
だが、誰も出てこない。暗闇だけが見える。
「……何だ?」
ゴハートが身構えた。
その時だった。
ドン……ドン。
隠し扉。巨大な鉄扉。その向こうから……重い足音が響いてくる。
そして、暗闇から二つの影が現れる。
——その瞬間。
師匠の顔色が変わった。
「……おい、ジャック」
聞いたことがないほど低い声。
それだけで空気が重くなる。
「てめぇ……何をした」
「へっ。まあ待てよ……シャド・リーラッシャイ」
現れたのは「少年」と「青年」の二人組。
少年は、黒い髪。緑の瞳。
擦り切れたパーカー。どこか弱々しい身体つき。
僕は息を呑む。
「な……!?」
まさか……嘘だ。いつの間に?
だが、確信を得る間もなく次の衝撃が走る。
少年の隣にいる「青年」は……白い髪。
黒い着物。片目を隠した前髪。闇を纏う……寿司職人。
師匠……シャドさんと全く同じ姿だった。
「……っ!」
師匠が目を細める。
「俺とカビ助の、複製体……!」
師匠の言葉に、ジャックは満足そうに口元を吊り上げた。
「ご名答……」
パチン、と指を鳴らす。
すると二人のクローンが、一歩前へ出た。
少年は無表情。青年も無表情。まるで人形だった。
——片方は自分の顔だから、余計に気味が悪い。
「覚えてるかぁ?」
ジャックはニヤニヤしながら僕らを見た。
「ラッシャイタウンで石化された時のこと」
「「……!!」」
胸の奥が嫌な音を立てる。
忘れるはずがない。メドゥーサによる大規模石化。
町中の人々が石像に変えられ、僕も博士も捕まった。
ミツバや師匠に出会えたおかげで救われたけど……あの事件は、僕らにとって最悪の悪夢の一つだ。
「それが、マスター達の複製に繋がるのか……?」
ゴハートが低く呟く。
そして僕は、当時に感じていたある疑問を思い出した。
『連れてこられるって……それだと石化で無力化させた意味がないじゃないか。一体なんのために……?』
説明を求めようとした、その時。
「ギャハハハハ!」
ジャックが腹を抱えて笑った。
「関係あるに決まってんだろ。ゴースト族よぉ」
そして、僕と師匠を指差す。
「お前らを捕まえた理由。それは“採取”だ」
「……何?」
「細胞、血液、肉片、髪の毛……それをボスに提供した」
「な、んだと……!?」
「お前らが意識を失ってる間になぁ!」
背筋が冷えた。優秀な人材を見つけ出し、駒にするため……そのためだけに、あの街の人々を全て石化させ、監禁したっていうのか……?
ジャックは続ける。
「一般人は使い物にならねぇが……『探検隊』の下っ端共も、腕の立つ冒険者も」
複製体にしたであろう人々を、一人ずつ数える。
そして——
「……偶然だが、『伝説の一族』すらも!!」
最後に、その目が師匠の複製体に向けられた。
彼は相変わらず無表情。どうやら『新型』ではないようだが……あの師匠と、同じ強さを持っている敵兵……だ。
「力だけ。全部いただいた」
「…………っ」
師匠の目が細くなる。
ジャックは気にも留めない。
「お前らは、自分たちが特別だと思ってる」
そう言って……師匠の複製体の肩を叩く。
「強くなった? 絆を深めた? 伝説の一族?」
そして、両手を広げた。
「……だから何だ!?」
部屋の空気が重くなる。
「細胞さえあれば。経験も、努力も全部使える」
「……違う」
「しかもその数は、時間さえあれば無限大!! 友情なんざ、信頼なんざなくても、力は集まる。必要ねぇんだよ」
「っ………違う!!」
ジャックは笑う。
ミツバの顔で、最低の笑みを浮かべながら。
「こうして、作れるんだからなぁ!」
その言葉と共に。
少年の瞳が開く。青年の瞳も開く。
ぞわりとした。
——まるで鏡だ。
僕自身の醜い部分を見ているような。そんな嫌悪感。
「ラッシャイタウンで捕まえたのは、そのためか……」
土台モンが低く呟く。
「ご理解いただけたようで何よりだ」
ジャックはわざとらしく頭を下げる。
そして……ゆっくりと後ろへ下がった。
「さあ、潰しあってくれよ」
ミツバの身体で。
子供みたいに目を輝かせながら。
「本物共」
その一言だけで。
胸の奥が、ひどくざわついた。
ジャックは笑う。
「さっき言ったよなぁ?」
ジャックは両手を広げた。
先程までの焦りと苛立ちを、全て上書きするように。
「努力を全部否定された時のお前が楽しみだ……って」
そして……ミツバの顔が歪む。
「本当の絶望。第一段階の始まりだ!」
——そう、高らかに宣言した。




