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気持ち悪い。



 ジャックはソファから立ち上がった。


 ミツバの身体。小柄な少女の姿。

 なのに——その目だけは、まるで腐った獣みたいだった。


「さて。お前はどんな力を付けたんだ、カビ助?」

 そう言った瞬間。


「——余計な話は、後だ」


 師匠が一歩前へ出る。

 掌の上に黒い球体が生まれた。


 闇が凝縮される。

 彼の得意技……『闇舎利弾(シャドーシャリボム)』。


 ドンッ!!

 黒い弾丸が一直線に飛んだ。


 ——だが。

「危ねぇな、オイ!!」


 ジャックは横へ飛ぶ。

 あの速度の弾を、回避した?


 爆発。

 床が吹き飛び、黒煙が上がる。


「ほぉ?」

 師匠が眉を上げた。


 僕も少し驚く。

 ——今のを避けるのか。


 以前戦った時のジャックは、『空間転移』に頼るタイプだった。チート能力で絶望を与えて、その上で精神攻撃を仕掛けてくる屑野郎……それが、奴の特徴。


 身体能力そのものは高くないと思っていた……のだが。


「腐っても『幹部』か」

 小さく呟く。


 ゴハートも目を細めた。

「いや……ミツバの身体は軽い。そのお陰かもしれねぇな」


「あ……」

 その言葉に、僕の拳が強く握られた。


 ジャックは肩をすくめる。

「ギャハハ。怖ぇな」


 だが、こちらは四人で、お前は一人だ。

 ——余裕は与えない。


「逃がしません!」

 土台モンが地面へ手を叩きつけた。


 ゴゴゴゴゴゴッ!!

 床が隆起する。石槍の形に変形された煉瓦が、次々と突き出した。


「うおっ!?」

 ジャックは慌てて飛び退く。


 だが……終わらない。

「オラァ!!」

 ゴハートの突撃。白い拳が唸る。


 ドガン!!

 人魂を纏った彼の拳で、壁が砕ける。


 だがジャックは紙一重で回避……!

 勢いのままテーブルを蹴り飛ばし、距離を取る。


「チッ……」

 額に汗が浮いていた。


 余裕で捌いているわけじゃない。実力差があるわけじゃないはずだ。

 それでも……避け切っているところを見るに、流石は敵幹部と言うべきか。


 数度の攻防の後。


 ジャックは大きく後ろへ飛び退いた。

「へっ……カビ助くんよぉ」


 両手を上げる。

「今度は随分と、連れてんだな。前は孤独みたいな面してたくせに」


 睨むようなその視線が。僕から横へ流れた。


 ゴハート。

 土台モン。

 そして——師匠。


 そこで止まる。

「……あぁ?」

 ジャックの口元が歪んだ。まるで宝物でも見つけたみたいに。

 まさか……奴は師匠の素性を知っているのか?


「おいカビ助、テメェ——」


 嫌な予感がした。

 ……いや。正確には違う。


 ……何を言うか分かってしまった。

 だからこそ、少しだけ肩の力が抜ける。


 ジャックは得意気だった。今から最高の絶望を与えると信じて疑わない顔。


 だけど、今さらそんな顔をされても……

 正直、少し笑える。


 奴はミツバの顔で、嫌らしい笑みを浮かべる。


「そいつが誰だかわかって、一緒にいるのか?」

「「…………」」



 ——静寂。

 師匠は無言で奴を睨み続けていた。



 ジャックは続ける。

「知らねぇなら教えてやるよ」


 嬉しそうに指を向ける。本当に嬉しそうに。


「そいつはな。お前の父親を殺した張本人だ」


 部屋が静まり返る。

 ジャックは勝利を確信していた。


 不信。疑念。殺意。

 奴はそういうものを期待しているのだろう。


 確かに……僕にとっては、これ以上ない爆弾だ。

 奴の思惑通りに、師匠に醜い感情をぶつけて……仲間割れどころでは済まなかったかもしれない。


 だが……それは僕の中では、とっくに終わった話だ。


 ——残念だったな。

 その爆弾。もうとっくに消火済みなんだよ。


 その事実を知った時、確かに僕は悩んだ。

 でも苦しんで……何度も考えた。そして修行の末に、確信したんだ。


 隣を見ると、ゴハートが静かにニヤリと笑っていた。

 ——ぶちかましてやれ。そう言わんばかりに。

 

 師匠もきっと、同じ気持ちなのだろう。

 僕は代表して、奴に冷たく返す。


「はっ……知ってるよ、そんなこと」


「……は?」

 ジャックの笑みが固まった。

 信じられないことでも聞いたかのように。


「そんなのとっくに、師匠自身から聞いた」


 僕は肩をすくめて告げた。

 ジャックは驚きを隠せない。


「ちょっと待て。“師匠”……だと?」

「そうさ…………お前には、理解できないだろうな」


「はぁ…………!?」


 このままでは埒が開かないと思ったのか。

 ジャックは師匠へと視線を移す。


 ……師匠は、静かに前を向いたまま笑った。


「こいつは知った上で、この道を選んだんだ」


 短い言葉。

 だけど、そこには嘘がない。全て事実だ。


「だから俺は……戦う。それだけだ」


「………」


 数秒の沈黙。

 ジャックは固まった。


 ——本気で理解できていない顔だった。


 そして。


「……はは」

 乾いた笑いが漏れる。

「ははは!!」

 肩が震える。


「気持ち悪りぃ……!」


 吐き捨てた。

「マジで気持ち悪りぃな、お前ら」


 目に浮かぶのは嫌悪。

 美しいまでに純粋な嫌悪だった。


「父親殺した奴と仲良しごっこ?」

「…………っ」


「頭おかしいんじゃねぇのか」


 師匠は答えない。僕も答えない。

 ただ、言葉を受け流している。


 ——だが、そんな時。


「頭がおかしいのはお前だ……」

 土台モンが前へ出た。


「本当に『空っぽ』なんですね」


 空気が変わる。ジャックが怒りのまま彼を見る。

「……あ?」


「幸せな人を傷つけて……壊して、奪って」


 土台モンは静かだった。

 主人である僕には決して見せない、冷たい顔。


「…………」

「そんなことでしか満たされない」


 ジャックの表情が消える。


「いや……満たされてすら、いないのだろう?」

「…………」


 沈黙。

 追い打ちをかけるかのような口撃だった。


「だから、今回も同じことを繰り返している。お前自身が、一番わかっているんじゃないのか?」


 彼の指摘は、鋭かった。

 言語化されて初めて、僕はジャックという男の本質が、少しだけ見えた気がした。


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