侵入者
海が、爆ぜた。
無数の魚人クローンが、一斉に巨大化した俺の背へ飛び掛かる。
「来たぞォ!!」
俺の叫びと共に、
「邪魔だァ!!」
バルドが飛び出した。
あいつはシャチの魚人。尾が海面を叩く。
——ドン!!
爆発したみたいに海が割れた。
そのまま拳を振り抜く。
「潮流圧砕!!」
その拳が、一体のクローンを捉えた。
瞬間。
バゴォォォォッ!!
魚人の身体が内側から破裂する。
あいつの作る寿司には、水圧を集める力がある。それを応用して、まるで海そのものを拳に乗せるような攻撃を放っているんだ。。
続けざまに二体。三体。四体。
群れの先頭が吹き飛んだ。
「流石は副班長ォ!!」
「道作ったぞ!」
バルドが振り返る。
「突っ込めェ!!」
「「「オオオオオ!!」」」
水中班が雪崩れ込む。
その中央を。
一つの影が駆け抜けた。
「ハハハハハハ!!」
サメ吉だ。
海面を蹴る。血飛沫が舞う。倒れたクローンから流れた血が集まっていく。
「逃がすかよォ!!」
赤い光線。
『血潮光線』。
一直線に伸びた血の奔流が、敵の頭部を貫いた。
あいつの能力は、捌いた魚からの血液を操る力だ。
その光線は敵兵をさらに追う。
二体。三体。そして五体!
「もっと来いぃ!!」
笑う。斬る。笑う。殴る。
まるで祭りだ。
あの荒くれ者にとっちゃ、この死地も宴に変えちまうのか。
「班長ォ!!」
サメ吉が叫ぶ。
「今日最高っすねェ!!」
「はは、怪我すんなよォ!!」
「そりゃ無理っすね!!」
「だろうなァ!!」
周囲が笑う。……戦場だってのに。
だが、それでいい。
恐怖なんざ笑い飛ばせばいい。
海の連中は昔から、そうやって生きてきたんだ。
——俺の周囲には無数の泡が浮かび上がる。
「皆さん〜」
シャボンの能力で生み出されたものだ。
彼女が両手を広げる。
「『泡海結界』をどうぞ!」
すると、透明な泡が海全体へ広がった。
視界が揺れる。光が歪む。海流が変わる。
まるで海の上なのに……もう一つ、海が生まれたみたいだった。
「おお! 姉さんの『泡』だ!!」
「呼吸しやすい!」
「身体軽っ!」
隊員たちが声を上げる。
逆に。クローン兵たちは動きが鈍る。
方向感覚を失っているようだ。確か彼女は、深海の成分を泡に乗せて一時的に再現できるんだっけか。並大抵の魚人では、あの環境には対応できないだろう。
「今ですよ〜。バルドさん」
「助かるぜ、シャボン!!」
バルドが再び敵陣へ飛び込む。
完全に流れはこちらだった。
数では負けている。
だが連携が違う。
積み重ねた時間が違う。
こいつらは、ただの兵隊じゃない。一つの家族だ。
「ウニ丸ゥ!!」
指示を出そうとする。だが彼は。
「もうやってやすぜ!!」
まったく、生意気なやつだ。
……返事と同時に。海面に無数の棘が散らばる。
そして、電撃が走る!
魚人クローンたちが悲鳴を上げた。
「足元見ろ、馬鹿共が!!」
ウニ丸が舌を出す。
「『棘雷散布』」
青白い電流。
海流に乗った棘が、敵陣全体へ拡散する。
クローンたちの動きが止まった!
「今だァ!!」
「突っ込めェ!!」
水中班が一気に畳み掛ける。
クローン兵たちが後退する。泡の海の中で隊員たちの歓声が重なった。
「押し返したぞ!!」
「このまま潰せる!!」
戦況は優勢。
間違いなく優勢だった。
だが、だからこそ……俺は妙な違和感を覚える。
巨大な尾で海を叩きながら、周囲を見渡した。
……マジで来ねぇ。透明野郎。
俺たちを苦しめる絶好のチャンスを演出してんのに。今、微かな気配すらも無い。
「……?」
嫌な予感がした。
だが、その時。
「班長ォ!!」
見張りの声。
俺は振り返る。
「どうしたァ!?」
「あんたの背に、誰かいます!!」
「あァ? 来やがったか!!」
俺は叫ぶと同時に、近くの隊員へ手を振った。
「緊急船を回せェ!!」
「え——?」
ちっ……返事を待つ暇もねぇ。
——意識を集中する。
巨大化していた肉体が、ギシギシと音を立てながら縮み始めた。
山のようだった背中が沈む。海面を覆っていた影が小さくなる。
船代わりだった俺の身体が、本来の大きさへ戻っていく。
巨大形態のままじゃ、自分の背中で何が起きてるか分からねぇ。それに……巨大形態では、至近距離の攻撃を避けることができない。背の上から刃物を突き刺され続けでもしたら致命的だろう。
だから、体を元に戻し、緊急で船に乗り込む。
そうすれば、その“侵入者”の正体を視認できると同時に——
もし透明野郎が張り付いているなら、宙へと振り落とせる!!
透明化の敵だとしても、慌てれば正体を表さざるを得ない。
幸いにも味方は全員海上にて応戦中。そっちの心配はない。
海へ着水した俺は、そのまま差し出された小舟へ飛び乗った。
波飛沫が上がる。
「ぶはァっ!」
周囲では、まだ水中班が戦っていた。
バルドが敵を殴り飛ばし。サメ吉が笑いながら突っ込み。泡と雷が海を埋め尽くしている。
だから唯一の問題は……俺だ。
「誰だァ!?」
小舟の上で振り返る。
「正体を見せやがれェ!!」
返事はない。だが——
いた。俺の頭上。
縮小した反動で宙へ放り出されたはずの影が、落ちてこない。
「……なに?」
一瞬、目を疑った。
空中に開いた白い布。傘のように風を受けながら、その影はゆっくり降下していた。
——まるで、空を泳ぐクラゲみてぇに。
「な、何だとォ!?」
人影は、ある。それに、影は単騎だ。
てこたァ……透明野郎じゃねぇのか?
いや、それ以上に——おかしい。
その影に、見覚えがあった。
逆光の中。太陽を背負った人影が、ゆっくりとこちらへ降りてくる。……海風が布を揺らした。
丸い学士帽。小さな眼鏡。青く透き通った身体。
——見間違えるはずがねぇ。
俺は思わず目を見開いた。
「スライム……博士?」
思わず胸の奥が緩んだ。
隊長たちと一緒にいるはずの男が、わざわざ海まで来た。
——俺たちを、助けに来たということだ。
見慣れた姿。
“侵入者”かと思われた博士は、にこりと笑った。
「すまないね、ホゲ」
いつも通りの声。いつも通りの顔。
探検隊の、地上班長……スライム博士、その人だった。
「苦戦してそうだったので救援に来たのですが……大丈夫そうですね?」
「お、おうともよ!」
だが、俺は数秒固まる。
理解が追いつかない。博士は本来、司令塔の一人。フウロウと共にいるはずだ。
ここにいる理由がない。
いや……理由がどうであれ、「隊長の作戦」に背いたのは事実だ。
俺は等身大に、眉をひそめる。
「お前ェ……なんで、ここにいる?」
脳裏に、一瞬“ある可能性”がよぎる。
——だが。そんなはずがないと、俺は願ってしまった。




