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海と孤独


 海は、妙に静かだった。

 ついさっきまで仲間たちを打ち上げた場所とは思えない。


 『闇星城』の方角では黒煙が上がっている。

 隊長たちは、もう戦っている頃だろう。


「……行ったか」

 俺は小さく呟いた。

 

 俺は知っている。

 今向かった連中は、おそらく今この世で一番危険な場所へ向かったことを。


 もし失敗すれば。

 もし隊長が負ければ。

 もし班長たちが帰ってこなければ。


 ——探検隊は、終わる。


「……」

 だが。それを口にする奴は、水中班にはいない。

 だから俺も、言わねぇ。


 巨大化した身体の上。

 六十人弱の仲間たちが、それぞれ武器を握りしめている。


 誰もが海を見ていた。

 迫り来る魚人クローン軍を。


 ——その数は数百どころじゃねぇ。


 千? いや、もっとかもしれねぇな。

 海面が黒く見えるほどだ。


 普通なら震える光景……だが。


「おいバルドォ」

「なんだ、サメ吉?」


 こいつらは、水中班の精鋭。

 副班長の『バルド』と、荒くれ者の『サメ吉』だ。


「賭けしようぜェ」

 サメ吉が牙を見せて笑う。

「誰が一番多くぶっ飛ばせるか」


「お前は脳みそ筋肉か」


 バルドが呆れた顔をする。


「大事な戦いだぞ?」

「……だからこそ、だろォ?」

「俺はやらねぇぞ」

「じゃあホゲ班長もやるか?」


「やらねェよ、今回ばかりはなァ……」


「んだよ、つまんねぇな!」

「「ガッハッハ!!」」


 周囲から笑いが起こった。


 まったく、こいつらは……

 今は死地だってのに。


 ま、そこが良いところなんだがなァ。


「班長ォ!!」


 そんな時、頭上に小柄な影。

 ——元盗賊の『ウニ丸』だ。


 ウニ丸は俺の背びれの上に飛び乗る。


「終わったら宴会やんのか?」

「ああ……隊長達も巻き込んで、派手にやりてェな」

「楽しみだが……魚料理以外で頼むぞ!?」


「雑食動物が言う台詞かァ、それ?」

「うるせぇ! うちの家系は繊細なんだよ!」

「「ガッハッハ!!」」


 周囲がまた笑う。

 ウニ丸は顔を真っ赤にした。


「笑うな、クソ班長!!」

「ハハハハハ!」


 その横では。クラゲの魚人がふわふわ浮いている。

 宴会の演奏担当、『シャボン』。彼女は泡を指先で弾きながら空を見ている。


「平和ですねぇ」

「どこがだ! 目の前に、敵の大群。逃げ場はねェぞ!?」

「それでも、皆さん楽しそうですから〜」


 シャボンはそう言って微笑む。


 昔なら、考えられなかった。

 初めて会った頃のこいつは、人の目を見ることすら出来なかったんだからな。




 ——深海の洞窟。誰もいない場所。

 暗闇の中で、一人だけ暮らしていた。


 話しかけても返事はしない。

 目も合わせない。クラゲたちとしか喋らない。


 そんな奴だった。


『お前、ずっとここにいるのか?』

『…………』

『いい音鳴らすじゃねェか。うちに来てくれよ!』

『……へ?』


 ……あの時の顔は、今でも覚えてる。

 こいつは、初めて誰かに認められたみたいな顔をしてた。


 だからそれから、無理やり連れ出した。

 案の定、最初は皆と馴染めなかったが……今じゃ。


「シャボン姉さん!」

「はいはい〜」

「俺たちが先陣を切ります! 『泡』ください!」

「どうぞ〜」


 親衛隊みたいな隊員たちに囲まれている。


 組織ってのは不思議だ。

 いや……「仲間」ってのは、か?


 俺は海を見る。

 黒い波。冷たい風。蠢く魚人クローンの大群。


 『海で生きる者は孤独だと死ぬ。』


 ウチの海賊団の……いや、今は水中班の、スローガンだ。


 この言葉は、比喩なんかじゃない。

 ——本当に、死ぬんだ。


 嵐の日。船が沈んだ時。怪我をした時。心が折れた時。


 一人じゃあ、例え魚人だろうと終わりだ。

 だから海の連中は群れなきゃならねェ。

 そこに例え、「身分の差」があろうが……「種族の壁」があろうが、だ。


 支え合う。助け合う。笑い合う。

 そうしなきゃ沈むんだ。


 ふと……少し前のことを思い出す。


 漂流していたバルド。

 あいつは昔、仲間を失った敵海賊だった。


 ボロボロの船。死んだような目。開口一番に出た『殺せ』という言葉。

 それに対して俺ァ確か……


『腹減ってんだろ?』

『……は?』

『ウチにくれば、『神秘のスシ』にも負けない体験をさせてやる』

『待て。俺は敵に情けなんてかけられたくねぇ』

『情け? 違ェよ』

『だったらなんだ!? 食料なんて、俺一人でどうにかできる。その後は、テメェの団を皆殺しにしてやる……それが嫌なら、今殺せよ!!』

『そうか……でも』


『……心の空腹は、埋められねェぞ』


 あいつは泣いた。

 たらふく飯食いながら、泣いた。強がってたんだろうなァ。


 今でも当時のことをからかうと、怒る。



 サメ吉もそうだ。

 戦うことしか知らなかった。


 だが初めて宴会をした日。


『人生最高だな』


 あいつは本気でそう言った。

 笑っちまった。……今じゃ誰より騒ぐ。


 ウニ丸も。シャボンも。


 皆そうだ。

 居場所がなかった。


 だから……俺らは『家族』になった。


「班長……!」

 バルドが前を向いたまま言う。


「来るぞ!!」


 俺も前を見る。海面が揺れていた。

 いや……盛り上がっている?


 無数の影。


 魚人。魚人。魚人。魚人。

 だが、全部クローンだ。気味が悪いくらい同じ顔が、十数人単位で固まっている。


 同じ目。同じ殺気。海の“仲間”たちを模した偽物。


 死んだ奴を、孤独だった奴を、複製して……一箇所に集めて、操る?


 ——胸糞悪ぃ。

 感情がないんじゃ孤独と一緒だ。誰かの意のままじゃ死んだのと一緒だ。



「だが……」


 俺が気になったのは別だった。


「……来ねぇな。透明野郎ども」


 俺は海面を見る。

 透明の別働隊。ずっと背中に張り付いていた連中。

 仲間を殺し……隊員を怯えさせたクソども。


 あれほど鬱陶しかったのに。

 今は一度も姿を見せない。


「班長?」

「いや……」


 妙だ。妙すぎる。

 まるで、最初から俺たちなんか眼中になかったみてェだ。


 隊長たちを敵地に送り出した後から……ずっと、気配すらも無い。


 普通、噴気孔に複数人が紛れたら気づくはずだ。

 ——まさか、透明野郎は“単騎”だったのか?


 だが考える暇はねぇ。


 海面が爆ぜた。

 魚人クローン軍が一斉に姿を現す。


「「ぐおおおおおおおお!!!」」


 何の感情もない、無機質な雄叫び。


 ——波が砕ける。戦争の音だ。


 仲間たちが武器を構える。

 恐怖はあるさ……当然だ。

 だが、誰も逃げない。


 俺は笑った。

 ……こいつらなら大丈夫だ。


 何度も嵐を越えてきた。

 何度も死地を越えてきた。


 だから。


「野郎どもォ!!」


 全員が振り向く。

 敵軍の十分の一にも満たぬ、水中班。


 こんな状況だが、誰もが笑っていた。


 ——ああ、やっぱり。


「派手に行くぞォ!!」


「「「オオオオオオオオオオオ!!!!」」」


 ——旅に連れ出して、良かった!!


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