外の世界
……おら達は、ずっと勘違いしていたのかもしれない。
ホゲくんの背で起きた、不可解な襲撃。
海上進路の情報漏洩。
それによる、絶妙な機に現れた敵軍。
フウロウくんの警戒網にかからず、潜入した謎の敵。
誰もがギザンさんのように疑った。
いくらあの隊長さんの人柄から集まった、夢を追う組織とはいえ……人が集まれば悪意が生まれる。味方の中に裏切り者がいるのではないか、と。
だが——
おらは目の前の男を見る。
誰にも気付かれず。誰にも認識されず。まるで最初から存在しなかったかのように振る舞う男。
「……内通者なんて、最初から必要なかったのか」
思わず呟いた。
こいつがもし……『認識に干渉する力』を持つのなら。
裏切り者なんか用意せずとも、一人で。
潜入も、情報操作も、報告も……全部できちまう。
「その通りだとも! ようやく気付いてくれたか、ご老人!!」
「ふふ……それでは皆さん」
Iの自慢げな顔を横目に、メドゥーサは笑った。
黄金の瞳が細められる。
「おやすみなさい」
その瞬間だった。
まばゆい光線。
轟音もない。爆発もない。
黄金色が、戦場をただ、薙いだ。
「「隠れろォォォォォ!!」」
モグドンくんの怒号。
すぐさま、地中班の全員は飛び込んだ。
岩陰へ。瓦礫へ。城壁の裏へ。
だが——前列は、間に合わない。
「な……!!」
最前列の隊員が振り返る。
次の瞬間。
灰色に……なった。
肌が。鎧が。掲げていた武器が。
全て石で包まれていく。
「う、そ――」
隣の兵士も。そのまた隣も。
逃げようとした者も。剣を振り上げた者も。
その姿勢のまま止まった。
まるで、時間だけが奪われたみたいに。
誰も倒れない。誰も叫ばない。
生きていたはずの人間が、ただ石像へ変わっていく。
——世界から音が消える。
数秒前まで怒号が響いていた戦場。
そのはずなのに……今は。
——静寂。
モグドンくんは、言葉を失った。
さっきまで肩を並べて笑っていた隊員が。
こちらへ拳を掲げていた若者が。
灰色の石像になっていたから。
「……ぁ」
次に、誰かが声を漏らす。
だが、それが誰だったのか。
もう……分からない。
石像は一つじゃない。
五つでも、十数個でもない。
見渡す限り——
灰色。
灰色。
灰色。
そこにいたはずの仲間達が。
まるで最初から命など持っていなかったみたいに、並んでいた。
「そんな……」
喉が震える。
目を背けたい現実だが……全部、本当だ。
メドゥーサは満足そうに微笑む。
「相変わらず……良い眺めですねぇ」
蛇髪が愉快そうに揺れた。
「——人々が、私の力に絶望する瞬間は。」
「っ………テメェェェェェ!!」
モグドンくんが吠える。
地面が砕ける。
今にも飛び出しそうな勢い。
だが、その肩をおらは掴む。
「待つべ!」
「離せェ!! あの女ァ、ずっと騙してやがった!!」
「駄目……だ! 今行けば石になる!!」
おら自身も……強く叫んでいた。
力負けしながらも案外、モグドンくんを抑えられている自分に驚きつつ。
——以前までの自分では、無理だった。
決戦前。カビ助くんが修行している間。
ギザンさんの協力で、おらは……いざという時のために身体を鍛えていたのだ。皮肉なことにそれが、「味方を止める」という役に立ってしまったが。
その時だった。
上空からフウロウくんの声が落ちる。
「モグドン! ピクコノ殿!!」
振り向く。
空ではまだ戦いが続いている。
焼機灼鬼。波奇羽鬼。武危夢鬼。
極道鳥のボス三人を相手にしながら……それでも彼は、こちらを見ていた。
「なるほどな……」
低く呟く。
「この組織に、内通者がいたわけではなく——」
風を読む班長……誰よりも違和感を追ってきた男は、おらの視線の先を見るとすぐに、Iの姿を捉えたみたいだ。
「——最初から、貴様が近くにいたのか」
おらはIを見る。
誰にも気づかれず、誰にも認識されず。まるで最初から存在しなかったような男。
「I……その顔、覚えたぞ。一度ならず、二度までも……俺の前で部下を殺した罪は重い……!!」
フウロウくんが空から睨む。
だが……。
「おやおやァ? 私を覚えてくださるとは光栄ですねぇ!!」
Iは、歓喜したように叫ぶ。
まるで賞賛を受ける役者のように、両手を広げる。
「ちっ……その減らず口を全て、吹き飛ばしてやる」
「おお、怖い怖い。ですが……本当に? 覚えていられるのでしょうかねぇ……?」
狂気的な笑み。
その言葉に、信じたくなかった可能性が確信へと変わる。
「まさか、お前の能力は——」
思わず呟く。
「——『存在感の増減』なのか?」
本当ならば、説明がついちまう。
内通者がいたかのような、今までの不可解な出来事……あのフウロウくんにも見つからなかった理由も。
全部。説明はつく。
つくのだが——なぜだろう。
胸の奥に、小さな棘だけが残った。
「なぁ、ピクコノさん」
「……どうした? モグドンくん」
彼は地面を見ていた。
震えた拳。食いしばった歯。
怒りか。恐怖か。それとも後悔か。
おらには分からなかった。が……
「……俺のせいだよな」
ぽつりと、そんな声だけが聞こえた。
「え?」
「あんたより先に、俺が気づいてりゃ……」
石像になった仲間達を見る。
「皆、助かったんじゃねぇのか?」
おらは返事に困った。
『違う』と、そう言いたかった。
だが、おら自身……そう言い切れる自信がなかった。
「ピクコノさん……あんたはよくやったよ。もう休んでてくれ」
彼は立ち上がり、一歩前に出る。
ゆっくりと……まるで怒りだけで身体を支えているみたいに。
「俺は……行くぞ」
「待つべ!」
「あの女をぶっ潰す」
その声は静かで……だからこそ怖かった。
「落ち着いてけろ!」
そんな彼に向けて、おらは空元気で叫んだ。
だが、彼は——
「落ち着いてられるか!!! あんたは、少し黙っててくれ!!」
怒号。地面が揺れる。
今の彼に、おらの言葉は響かないのか。
「見ただろ! まんまと敵に嵌められた姿を!!」
石像を指差す。
「俺を信じて付いてきた奴らが……俺が守るって言った奴らが!!」
空気が震える。
残った数名の隊員たちが息を呑む。
彼の掠れた声が出る。
「なのに俺は……」
拳が震える。
「何も守れてねぇ」
沈黙。
だがその言葉は、弱音ではなかった。
「だからこそ俺がやるんだ……」
彼は前を見る。
Iと、メドゥーサを睨んでいる。
「今度こそ、あいつをブチ殺す」
その瞳には……まだ闘志があった。
無謀なほどに……この、絶望的な状況に。
『君ならできる』『一緒に頑張ろう』と、言いたかった。
隣にいるのがおらではなく、他の誰か……“英雄”達なら、そうしただろうか。
だけど、おらはただの田舎者。彼らのように、馬鹿げた理想を“可能性”として語れるような……そんな実力を持っていない。
それに、彼と同じ『ドリル族』だから。この状況に『穴』なんてないことが……嫌でも分かっちまう。
その証拠に、『弱天解昇』はとっくに機能を失っていた。
地中班。探検隊への協力者達。
さっきまで百人以上いた。それが今は——十数人。
後方で支援していたおらと、他数人。そしてモグドンくんの近くにいて、物陰にいち早く避難できた者たちだけが残っている。
もちろん敵のクローン兵も石化に巻き込まれてはいる。
だが、『石化光線』に、『存在の書き換え』——
誰が見ても“チート”な能力を有した敵幹部が二人もいる。
それに対してこちらが対応できる大きな戦力はモグドンくんだけ。
彼は一度、メドゥーサ一人に敗北を喫している。唯一の勝ち筋といえば……『奴が彼に惚れている』という話だが……。それは、ただおら達の油断を誘うための嘘だったのだろうから、期待できない。
有利だった乱戦の中に、敵が一人紛れ込んだだけなのに……形勢逆転どころではなく、決定打となってしまった。
所詮この世は、能力の強さだけがものを言う。
これが、おらが今立っている世界。
これが、外の世界の……“絶望”。
カビ助くん達はこんなのと、ずっと……向き合ってたのか。




