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当然の判断

今回もギザンの話です。

************************************************



 石階段は、どこまでも続いていた。

 ——湿っている。長い年月、陽の光を浴びていない空気だ。

 壁には古いランタンが等間隔に並んでいるが、その火は青白く、妙に頼りない。階段を下りる度に、空気が重くなっていく。


「……なんか、息苦しくねェか?」

(カビ)臭ぇ……」


 後方の隊員たちが小声で呟く。

 今の隊員の発言にカビ助の姿を思い浮かべることもなく、ギザンは無言で壁へ触れた。


「冷たいな。だが——ただの地下ではない」


 構造が妙だ。

 石組みの継ぎ目。空気の流れ。振動。まるで巨大な生き物の腹の中を歩いているような感覚があった。

 この城全体が、何かを“隠す”ために造られている。そんな気配。


「ギザン殿……」

「うむ?」

「本当にこの下に、“重要人物”がいるんすかね」


 ギザンは少しだけ目を細める。

「隊長と正義龍が、そう判断したからな」


「……つまり、確実にいるってことっすね」

「であろうな」


 軽口を叩いてはいるが。隊員たちの緊張は消えていない。


 ——当然だ。

 地上では今も、命を賭した総力戦が続いている。その最中、自分たちは“別行動”をしているのだ。

 失敗は許されない。


「止まるな。進め」


 低く告げる。足音が再び響き始める。

 階段は長い。一段降りるごとに、空気が冷たくなっていく。


 そして——地下へ続く巨大扉。


 ギィィィィ……。

 それを押し開いた瞬間。前に広がっていたのは、“監獄”であった。


「……うわ」

「なんだよ、ここ……」


 巨大な地下空間だった。

 左右へ伸びる通路。更に下層へ続く階段。見張り台。鉄橋。

 幾重にも並ぶ監房が、地下都市のように広がっている。天井には奇妙な管が走り、どこからか水音が響いている。


 監獄は想像以上に広大であった。


「ひでぇ……」

 一人の隊員が顔をしかめる。

「何人閉じ込めてんだ、ここ……」


 上層からは鉄鎖が垂れ下がり。どこかでは水滴が落ち続けている。

 暗い。そして——人が多い。


「だ、誰か来たぞ!!」

「助けてくれェ!!」

「出してくれ!!」

「もう嫌だ!!」


 一斉に声が飛ぶ。

 牢の中には、様々な者たちがいた。

 痩せ細った一般市民。荒くれ者。泣き叫ぶ女。虚ろな目をした男。中には既に正気を失っている者すらいる。


「お、おい!! アンタら『探検隊』か!?」

「私たちはラッシャイタウンの市民です!」

「頼む!! ここから出してくれ!!」

「俺らは何もしてねぇ、ただの一市民なんだ!!」


 鉄格子を掴む手。泣き声。そして、怒号。

 助けを求める声が、地下空間に反響する。一斉に、牢の奥から声が飛んだ。


「シカトすんな、ゴラァ!!」

「お前らが『ダークスター団』なんかに喧嘩を売るからだ!」

「ラッシャイタウンなんか、住まなきゃ良かった!」


 その圧力に、何人かの隊員たちが足を止める。

 辛くなるのは当然だろう。どんな理屈であれ、自分に怒りが向けられていれば誰だってそうなる。しかも彼らの言っていることは全て“真実”なのだから。


 だが、真実は常に“正論”な訳ではない。探検隊が責められるのはお門違いというものである……。探検隊ではないギザンにも、それが読み取れた。


 理不尽に晒された者は、時として“近くの誰か”を責めねば耐えられぬ。

 それは弱さではなく……『人の性』である。


「ギザン殿……」

「どうします?」


 泣き叫ぶ幼子の声。ほんの一瞬だけ、ギザンの視線が止まる。

 だが……彼は静かに前を向いたまま告げる。

 

「立ち止まるな」


 その声は冷静だった。

 一瞬。隊員たちの動きが止まる。


「英雄殿?」

「助けなくて、いいんですか……?」

「このままじゃ、恨まれることになりますよ!」


 彼らの意見は当然だ。

 我は古代の英雄として伝わっている。そんな男が民衆を見捨てて先に進もうと言っているのだから。不信感が湧くに決まっている。

 だが、ギザンは来る前から、一つ心に決めていた。


「最深部の人物が最優先である」

 前を見たまま言う。

「それ以外へ……目を向けるでない」


「……っ」

 隊員の一人が、苦しそうに顔を歪めた。

「でも、この人たち……」


「無論、見捨てたいわけではない」

 ギザンは即答。


「だが現状、敵の全容は不明」

「…………」

「無闇に牢を開ければ、混乱を招く」


 我らの雰囲気を感じ取ったのか。

 助けてもらえないと悟った囚人達が口々に叫ぶ。


「頼みますよォ!!」

「俺ぁ帰りたいだけだ!!」

「出してくれ!!」


 ——だが、我は立ち止まるわけにはいかない。


「今ここで全てを解放すれば、統率が崩れる」

 低く告げる。

「捕まっている大半は一般市民。だが、罪なき者だけとは限らぬ」


「…………そう、ですね」

「足手纏いならまだよい。混乱に乗じ、妨害する者も現れよう」


 監獄とは、そういう場所である。

 善人だけが囚われていたとしても、長い間閉じ込められれば精神状態は正常でいられない。人によっては気が狂って迷走してしまうかもしれない。


「此処は敵地。情に流されれば、全滅する」

 それに。

「今ここで時間を浪費すれば——」


 ギザンは静かに続ける。


「地上で命を賭している者たちの覚悟を、無駄にすることとなる」


 その言葉に、誰も反論できなかった。


 ホゲ。モグドン。隊長。博士。フウロウ。

 真に尊敬すべき“英雄”達が、それぞれ命を削って時間を作っている。


 ならば。今ここで優先すべきは、“任務”。


「……進むぞ」

「「……了解!!」」


 我が歩き出すと、隊員たちも迷いながら後に続いた。

 背後ではなお、助けを求める声が続いていたが…………。




 ◻︎ ◻︎ ◻︎ ◻︎ ◻︎ ◻︎




 監獄を進む。

 途中、敵兵……看守たちとの戦闘もあった。


『侵入者、排除シマス』

「止めろ、ゴーレム!」

「死ねぇぇぇ!!」


 ゴーレム兵たちと共に、通路の奥から現れる。だが——。


「邪魔である」


 ギザンが大きく片腕を振るうと。


 ——ズドォォォン!!

 石槍が地面ごと突き上がり、敵兵をまとめて吹き飛ばした。


「うおおお!!」

「流石、英雄殿!!」


 更に隊員たちが続く。


「右から来るぞ!!」

「囲め囲め!!」


 槍。剣。銃撃。狭い地下通路では、数の暴力は活きづらい。

 百人程度の地上班はギザンの指示によりさらに分割。その編隊も活きてか、最小限の被害で着実に敵を制圧しながら、奥へ奥へと進んでいった。


 彼は一時期、王として戦争をも指揮した経験がある。それに加えて、寿司職人特有の『構造を見極める』力。軍略にも長けているのは当然だった。


 


「……ん?」


 だが、不意に。一人の隊員が足を止めた。


「どうした?」

「ああ、ギザン殿。あのですね……」


 彼は通路脇の牢を見ていた。

 そこだけ妙に静かだった。他の囚人たちのように騒ぐ者がいない。


 鉄格子の奥。薄暗い牢の中。

 そこには、一人の若い女性が囚われていた。


 黒髪。小柄。眼鏡。薄汚れた白衣を羽織り、壁にもたれ込むように座っている。

 他の者たちのように騒いではいない。ただ静かにこちらを見ていた。


「……貴方たち」

 小さな声。

「『探検隊』……ですか?」


 落ち着いた声だった。ギザンは目を細める。


「何者である?」

「ネネ……と申します」


 女性は弱々しく笑った。


「私は、この組織の研究員でした」

「研究員……?」


 敵の罠か? と隊員たちがざわつく。

 ネネと名乗った女は、俯きながら続けた。


「利用されてたんです……」

「…………っ!!」

「最初は、人助けになる研究だと思ってました。でも……違った」


 その声には、後悔が滲んでいた。


「気づいた時には、もう逃げられなくて……」

「何の研究である?」


 ギザンが問う。女はしばらく答えなかった。

 俯き。唇を震わせ。それでも、やがて絞り出すように呟く。



複製体(クローン)…………です」



 その瞬間。空気が変わる。

 開戦前に、隊長が告げた目的の一つが頭に浮かんだ。



『奴らが複製体を生み出している目的と方法に、辿り着くこと』



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