当然の判断
今回もギザンの話です。
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石階段は、どこまでも続いていた。
——湿っている。長い年月、陽の光を浴びていない空気だ。
壁には古いランタンが等間隔に並んでいるが、その火は青白く、妙に頼りない。階段を下りる度に、空気が重くなっていく。
「……なんか、息苦しくねェか?」
「黴臭ぇ……」
後方の隊員たちが小声で呟く。
今の隊員の発言にカビ助の姿を思い浮かべることもなく、ギザンは無言で壁へ触れた。
「冷たいな。だが——ただの地下ではない」
構造が妙だ。
石組みの継ぎ目。空気の流れ。振動。まるで巨大な生き物の腹の中を歩いているような感覚があった。
この城全体が、何かを“隠す”ために造られている。そんな気配。
「ギザン殿……」
「うむ?」
「本当にこの下に、“重要人物”がいるんすかね」
ギザンは少しだけ目を細める。
「隊長と正義龍が、そう判断したからな」
「……つまり、確実にいるってことっすね」
「であろうな」
軽口を叩いてはいるが。隊員たちの緊張は消えていない。
——当然だ。
地上では今も、命を賭した総力戦が続いている。その最中、自分たちは“別行動”をしているのだ。
失敗は許されない。
「止まるな。進め」
低く告げる。足音が再び響き始める。
階段は長い。一段降りるごとに、空気が冷たくなっていく。
そして——地下へ続く巨大扉。
ギィィィィ……。
それを押し開いた瞬間。前に広がっていたのは、“監獄”であった。
「……うわ」
「なんだよ、ここ……」
巨大な地下空間だった。
左右へ伸びる通路。更に下層へ続く階段。見張り台。鉄橋。
幾重にも並ぶ監房が、地下都市のように広がっている。天井には奇妙な管が走り、どこからか水音が響いている。
監獄は想像以上に広大であった。
「ひでぇ……」
一人の隊員が顔をしかめる。
「何人閉じ込めてんだ、ここ……」
上層からは鉄鎖が垂れ下がり。どこかでは水滴が落ち続けている。
暗い。そして——人が多い。
「だ、誰か来たぞ!!」
「助けてくれェ!!」
「出してくれ!!」
「もう嫌だ!!」
一斉に声が飛ぶ。
牢の中には、様々な者たちがいた。
痩せ細った一般市民。荒くれ者。泣き叫ぶ女。虚ろな目をした男。中には既に正気を失っている者すらいる。
「お、おい!! アンタら『探検隊』か!?」
「私たちはラッシャイタウンの市民です!」
「頼む!! ここから出してくれ!!」
「俺らは何もしてねぇ、ただの一市民なんだ!!」
鉄格子を掴む手。泣き声。そして、怒号。
助けを求める声が、地下空間に反響する。一斉に、牢の奥から声が飛んだ。
「シカトすんな、ゴラァ!!」
「お前らが『ダークスター団』なんかに喧嘩を売るからだ!」
「ラッシャイタウンなんか、住まなきゃ良かった!」
その圧力に、何人かの隊員たちが足を止める。
辛くなるのは当然だろう。どんな理屈であれ、自分に怒りが向けられていれば誰だってそうなる。しかも彼らの言っていることは全て“真実”なのだから。
だが、真実は常に“正論”な訳ではない。探検隊が責められるのはお門違いというものである……。探検隊ではないギザンにも、それが読み取れた。
理不尽に晒された者は、時として“近くの誰か”を責めねば耐えられぬ。
それは弱さではなく……『人の性』である。
「ギザン殿……」
「どうします?」
泣き叫ぶ幼子の声。ほんの一瞬だけ、ギザンの視線が止まる。
だが……彼は静かに前を向いたまま告げる。
「立ち止まるな」
その声は冷静だった。
一瞬。隊員たちの動きが止まる。
「英雄殿?」
「助けなくて、いいんですか……?」
「このままじゃ、恨まれることになりますよ!」
彼らの意見は当然だ。
我は古代の英雄として伝わっている。そんな男が民衆を見捨てて先に進もうと言っているのだから。不信感が湧くに決まっている。
だが、ギザンは来る前から、一つ心に決めていた。
「最深部の人物が最優先である」
前を見たまま言う。
「それ以外へ……目を向けるでない」
「……っ」
隊員の一人が、苦しそうに顔を歪めた。
「でも、この人たち……」
「無論、見捨てたいわけではない」
ギザンは即答。
「だが現状、敵の全容は不明」
「…………」
「無闇に牢を開ければ、混乱を招く」
我らの雰囲気を感じ取ったのか。
助けてもらえないと悟った囚人達が口々に叫ぶ。
「頼みますよォ!!」
「俺ぁ帰りたいだけだ!!」
「出してくれ!!」
——だが、我は立ち止まるわけにはいかない。
「今ここで全てを解放すれば、統率が崩れる」
低く告げる。
「捕まっている大半は一般市民。だが、罪なき者だけとは限らぬ」
「…………そう、ですね」
「足手纏いならまだよい。混乱に乗じ、妨害する者も現れよう」
監獄とは、そういう場所である。
善人だけが囚われていたとしても、長い間閉じ込められれば精神状態は正常でいられない。人によっては気が狂って迷走してしまうかもしれない。
「此処は敵地。情に流されれば、全滅する」
それに。
「今ここで時間を浪費すれば——」
ギザンは静かに続ける。
「地上で命を賭している者たちの覚悟を、無駄にすることとなる」
その言葉に、誰も反論できなかった。
ホゲ。モグドン。隊長。博士。フウロウ。
真に尊敬すべき“英雄”達が、それぞれ命を削って時間を作っている。
ならば。今ここで優先すべきは、“任務”。
「……進むぞ」
「「……了解!!」」
我が歩き出すと、隊員たちも迷いながら後に続いた。
背後ではなお、助けを求める声が続いていたが…………。
◻︎ ◻︎ ◻︎ ◻︎ ◻︎ ◻︎
監獄を進む。
途中、敵兵……看守たちとの戦闘もあった。
『侵入者、排除シマス』
「止めろ、ゴーレム!」
「死ねぇぇぇ!!」
ゴーレム兵たちと共に、通路の奥から現れる。だが——。
「邪魔である」
ギザンが大きく片腕を振るうと。
——ズドォォォン!!
石槍が地面ごと突き上がり、敵兵をまとめて吹き飛ばした。
「うおおお!!」
「流石、英雄殿!!」
更に隊員たちが続く。
「右から来るぞ!!」
「囲め囲め!!」
槍。剣。銃撃。狭い地下通路では、数の暴力は活きづらい。
百人程度の地上班はギザンの指示によりさらに分割。その編隊も活きてか、最小限の被害で着実に敵を制圧しながら、奥へ奥へと進んでいった。
彼は一時期、王として戦争をも指揮した経験がある。それに加えて、寿司職人特有の『構造を見極める』力。軍略にも長けているのは当然だった。
「……ん?」
だが、不意に。一人の隊員が足を止めた。
「どうした?」
「ああ、ギザン殿。あのですね……」
彼は通路脇の牢を見ていた。
そこだけ妙に静かだった。他の囚人たちのように騒ぐ者がいない。
鉄格子の奥。薄暗い牢の中。
そこには、一人の若い女性が囚われていた。
黒髪。小柄。眼鏡。薄汚れた白衣を羽織り、壁にもたれ込むように座っている。
他の者たちのように騒いではいない。ただ静かにこちらを見ていた。
「……貴方たち」
小さな声。
「『探検隊』……ですか?」
落ち着いた声だった。ギザンは目を細める。
「何者である?」
「ネネ……と申します」
女性は弱々しく笑った。
「私は、この組織の研究員でした」
「研究員……?」
敵の罠か? と隊員たちがざわつく。
ネネと名乗った女は、俯きながら続けた。
「利用されてたんです……」
「…………っ!!」
「最初は、人助けになる研究だと思ってました。でも……違った」
その声には、後悔が滲んでいた。
「気づいた時には、もう逃げられなくて……」
「何の研究である?」
ギザンが問う。女はしばらく答えなかった。
俯き。唇を震わせ。それでも、やがて絞り出すように呟く。
「複製体…………です」
その瞬間。空気が変わる。
開戦前に、隊長が告げた目的の一つが頭に浮かんだ。
『奴らが複製体を生み出している目的と方法に、辿り着くこと』




