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感動の再会


 通路を見渡した中で——巨大な階段があった。

 僕らはこれで、第二層へと向かう。しかし——


「……これは」

 ギザンが足を止めた。


 その視線の先。

 石造りの錆びた階段が、地下深くへ続いていた。


 ——空気が、冷たい。

 まるで奈落へ続いているみたいだった。


「地下……!」


 僕は思わず呟く。

 すると、ギザンが静かに振り返った。


「どうやら、汝らとはここまでのようであるな」

「……っ」


 その言葉で理解した。


 ——監獄。


 シルヴァさんが言っていた、“第二の道”。地下最深部に囚われた、謎の重要人物の救出。

 それが、ギザンたちの役目だ。


「行くのか?」

 ゴハートが聞く。


 ギザンは頷いた。

「地下の攻略は、我と地上班が請け負う」


「ここまで作戦通り……」

「共に頑張りましょう、ギザン殿」


 後ろの隊員たちも、それぞれ武器を握り直していた。


 緊張。恐怖。それでも前へ進む覚悟。

 その空気が伝わってくる。


「……気をつけてください」

 土台モンが小さく言う。


「うむ。そちらもな」

 ギザンは静かに笑った。


 それから。彼は、僕を見る。

「カビ助。今一度告げておこう」

「……はい」

「汝はもう、“守られる側”ではない」


 その言葉に、息が止まる。


「故に——選択するのだ」

「……!」

「汝にしか出来ぬこと。其れだけを……」


 静かな声だった。

 だけど。胸の奥へ、深く刺さった。


 ギザンはそれ以上語らず、背を向ける。


「行くぞ、地上班!!」

「「オオオオオッ!!」」


 重い足音が響く。

 彼らは、そのまま地下へ消えていった。


 暗闇の奥へ。底の見えない奈落へ。

 やがて足音も消える。


 静寂。




「……行っちまったな」

 ゴハートが呟く。


 僕はしばらく、地下階段を見つめていた。



 ◻︎ ◻︎ ◻︎ ◻︎ ◻︎ ◻︎



 地下へ続くギザンたちの足音が完全に消えた後……僕らは再び、第二層へ続く通路を進み始めた。

 石壁に埋め込まれた青白い照明だけが、薄暗く道を照らしている。さっきまで聞こえていた戦場の轟音も、もう遠い。

 聞こえるのは、自分たちの足音だけだった。


「……静かですね」

 土台モンが小さく呟く。


「ああ……?」

 ゴハートが鼻を鳴らす。

「静かっつーか……さっきとは別の意味で、気味が悪ぃよな」


 確かに、その通りだった。


 第一層は、廃墟のようだった。

 薄暗い通路。赤黒い灯り。壁には不気味な紋様。怒号と血と鉄の匂い。


 だが——ここは違う。

 通路を抜けた瞬間。僕は思わず、足を止めた。


「……え?」


 目の前に広がっていたのは、城というには……な空間だった。

 広いロビー。赤い絨毯。天井には巨大なシャンデリア。左右へ伸びる通路には、規則正しく扉が並んでいる。壁には高級そうな絵画まで飾られていた。


 まるで——高級ホテルみたいだ。


「なんだよ……ここ」

 ゴハートが眉をしかめる。


「城の内部とは思えませんね……」

 土台モンも警戒したまま周囲を見る。


 不気味だった。生活感が、ある。

 第一層の無機質な殺戮空間と違って。ここには、“誰かが暮らしている気配”がある。博士の設計図の情報で、話には聞いていたが……実際に目の当たりにすると、外とのギャップが凄まじい。

 テーブルの上には空になったグラス。ソファには読みかけの本。廊下の端には観葉植物まで置かれている。


 なのに。

 人の気配は、一切ない。全員逃げたのか?


「……趣味の悪い敵だな」


 師匠が低く呟いた。

 その言葉で、僕もようやく理解する。


 ここは、“普通”を演出しているんだ。


 誘拐。監禁。クローン。人体実験。

 そんな地獄を作っている連中が、その上で平然と生活している。


 その事実が、ただただ気持ち悪かった。


「気ィ抜くなよ」

 ゴハートが拳を鳴らす。

「どうせ、この奥にいるんだろ」


「うん……!」


 ジャック……! ミツバの体を奪った敵幹部。父さんの複製体を操って、僕を苦しめやがった因縁の相手。

 僕は無意識に、拳を握っていた。


 進む。

 赤い絨毯を踏みしめながら。長い廊下を。


 途中、何体かのロボ兵が現れた。


『侵入s——』


 だが。


「邪魔だ!」

 ゴハートの拳が顔面を砕く。

「遅い」

 師匠の影が走る。


 ズバッ!!

 次の瞬間には、兵士の首が宙を舞っていた。


 土台モンも無言で技を振るう。石畳が隆起し、敵兵を壁へ叩きつける。

 僕もダガーを投げる。


 ——ガギン!!

 額へ命中。クローン兵はそのまま崩れ落ちた。


 進む。止まらない。もう迷わない。


 この先にいる奴を——僕は!


 やがて。


 廊下の突き当たり。巨大な両開きの扉が見えてきた。

 黒塗りの扉。他より明らかに大きい。


 そして。


「……開いてる?」


 僅かに。隙間があった。

 中から、暖かな橙色の光が漏れている。


「罠……か?」

 ゴハートが目を細める。


「でしょうね」

 土台モンもすぐに頷いた。

「ですが……!」


 師匠は、静かに前を見る。

「行くしかない、だろ?」


 その一言で。僕らは扉へ近づいた。


 ギィィィ……

 重い音を立てながら、扉が開く。その先にあったのは——


 広い部屋だった。


 暖炉。酒棚。巨大なソファ。

 まるで、富豪の応接室みたいな空間。


 そして。


 中央のソファに——

 一人の少女が座っていた。


「…………っ」


 息が止まる。


 長い髪。小柄な身体。果実の髪飾り。


 ——ミツバだ。

 間違えるはずがない。


「マスター!」

 彼女はぱっと顔を明るくした。


 勢いよく立ち上がり、こちらへ駆け寄ってくる。

 ぱたぱたと、小さな足音。見慣れた花が揺れる。


「良かった……! 本当に、来てくれたのね……!」


 震える声。涙ぐんだ瞳。

 その姿は、僕が知っているミツバそのものだった。


 胸が、ぐらりと揺れる。


「——まさか?」


 一瞬だけ。本当に、一瞬だけ。

 “戻った”のかと思った。あの日に聞いた声と、あまりにも同じだった。


 ジャックの憑依は既に解けていて。ミツバが、自分の意思を取り戻したんじゃないかって。ジャックは彼女の体に飽きて、別の人に移ったのではないかって。


 だって……

 あまりにも自然だったから。


 声も。表情も。仕草も。

 全部——あの時のミツバだった。


「ミツバ……」

 思わず名前が漏れる。


 彼女は安心したように笑った。


「うん……! もう大丈夫だよ……!」

「………っ!!」



 ——ああ、やっぱり。



 その瞬間。僕はゆっくり息を吐いた。

「……いや」

 一歩、前へ出る。


「どうせ、()()なんだろ? ジャック……」


 空気が止まる。

 “少女”の笑みが、ぴたりと固まった。


 背後で、ゴハートが小さく目を見開く。

「……マスター」


 師匠も、静かに細目をした。

 僕は、“少女”から目を逸らさない。


「ミツバは……そんな風に笑わない」

「…………」

「僕を安心させたい時、彼女はもっと——」


 言葉が詰まる。胸の奥が、痛い。

 それでも。視線だけは外さなかった。


「もっと、僕のこと見て笑うんだよ」



 沈黙。




 やがて——


「…………チッ」

 少女が、露骨に舌打ちした。


 その瞬間、空気が腐る。

 さっきまでの温かな雰囲気が、一瞬でドブみたいな悪意に変わった。


 彼女は乱暴に髪をかき上げた。花飾りが外れ、床へ転がる。


「なんだよォ……」

 ミツバの顔が、ぐにゃりと歪む。

「せっかく感動の再会ごっこしてやったのによ」


 乱暴に頭を掻く。花飾りが傾く。

 その姿に、相変わらずのクズに、胃の奥がねじれる。


「よく見破ったな、マスター」

 ゴハートが低く笑った。

「普通なら、もうちょい揺らぐ場面だろ」


「……恐ろしいですね」

 土台モンも警戒を解かない。

「相手は、どうやらミツバさんの口調を使いこなしているようです」


 確かに、以前……僕が子熊を殺した直後は……『ですわよ』などと、偽物感しかない口調だった。それなのに今は危うく騙されかけるほどに……奴は、ミツバのことを理解している。『憑依』能力には、記憶を読む機能でもあるのか?


 師匠は、“少女”を睨んだまま口を開く。

「だが——カビ助は、僅かな違いで見分けれるんだな」


 師匠の言葉に。

 少女の笑みが、一瞬だけ止まった。


「…………」



 だが“ジャック”は数秒黙ったあと、急に吹き出した。


「ギャハハハハ!!」


 下品な笑い声。

 ミツバの可憐な顔で……腹を抱えて笑っている。


「いいねぇ……! すっかり“アレ”から立ち直ってやがる」


 ソファへ乱暴に腰を下ろす。脚を投げ出し……頬杖をつきながら、ニヤニヤこちらを見上げた。

 ——ミツバなら、絶対にしない座り方だった。


「だったら何だよ」

「——それでこそ、壊し甲斐があるってもんだ!」


 花の香りがする。……本来なら、安心するはずの香り。

 なのに今は、吐き気しかしない。


「久しぶりだなァ、カビ助」

 その声だけで、全身の血が煮えた。

「……ジャック」


「ギャハハ。少しは強くなったか?」

 奴は嬉しそうに目を細める。

 ミツバの身体を、ただの“道具”みたいに雑に扱いながら。


「そんなテメェの努力を全否定した時……一体どんな顔するか……楽しみだ」



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