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ラスボスvs主人公

 ——ズバン。


 何かが、斬れた音。

 その直後……戦場の音が、消えた。


「……は?」

 誰かが、間の抜けた声を漏らす。


 遅れて、音が来た。


 ガラガラガラッ——!!

 最前列に立っていた地中班の大盾が、真っ二つになって崩れ落ちた。


「なっ——」


 斬られた?

 そう理解した頃には、もう遅い。


 誰も、“見えていなかった”。


 剣を振った瞬間も。接近した姿も。

 何も……見えなかった。


 ただ、斬撃だけが、そこに残っていた。


「総員、防御!!」


 隊長の怒号。初めて……聞いたかもしれない。

 空気が、一瞬で変わった。


 さっきまで優勢だった戦場が、凍りついた。


「今のって……やっぱり……」

 ゴハートが息を呑む。


 僕も、視線を巡らせる。

 ただの敵兵じゃない。こんなの、今までのクローンとは明らかに違う。


「……上だ」


 師匠の低い声。

 全員が、城を見上げた。

 

 第一層の屋根。黒い尖塔の縁。


 そこに……一人の男が立っていた。


「…………」


 どす黒い甲冑。頭には大きめの兜。黒い二刀の剣。

 兜の隙間から覗かせる、鋭い殺気。


 顔は遠くて見えない。なのに——


 “戦えば、死ぬ”。

 あの時よりも、さらに強くなっている。


 それだけが、本能みたいに伝わった。


 空気そのものが、彼を中心に張り詰めていた。


「っ……武蔵」

 ドラゴンマスクさん……隊長が、その名を呟く。


 瞬間。

 周囲の空気がさらに重くなった気がした。



「お久しぶりですねぇ……武蔵さん」

 甲高い笑い声。



 振り向くと。上体と瞳だけでなく、口までもが拘束されていたはずのメドゥーサ。奴が、塞がれた目で見上げながら、不敵に笑っていた。

 モグドンさんが、奴の口は塞がせていたはず。なのに、誰が、いつの間に……?


「いや、能力が封じられているなら……今はあんな奴どうでもいい」

「そんなことよりも……!」


 その反応に、嫌な予感が走る。

 武蔵が、ここに来て。メドゥーサがすぐ反応したということは。


「まさか……」

 土台モンが顔を強張らせる。

「目的は、メドゥーサの救出……!?」


 隊員たちが一斉に武器を構える。


 だが。

 ——消えた。


「……っ!?」

 誰かが叫ぶより早く。


 ゾワッ、と。背筋が粟立った。

 殺気——近くに来てるのか?


 いや——

 もう目の前だった。


「生きてたか」

 低い声。


 気づいた時には……武蔵は、僕の真正面に立っていた。


「お前……あの時のガキだな?」


 視界が追いつかない。

 いくらなんでも……速すぎるだろ。


「こんな場所まで来るとはな」


 その言葉と同時。


 ——ギィンッ!!

 黒い斬撃が放たれた。


「っ!!」

 反射的に身構える。


 以前の僕じゃない。あの時の、惨めで何もできなかった僕じゃない。

 修行を超えた、今なら——!!


 ——霊力を集中。

 迎え撃つ構えを取る。


「『人魂』……!!」


 だが。

 ——ドゴォォォォン!!


 凄まじい衝撃。

 僕の目の前へ、一つの影が割り込んでいた。


「隊長……!!」


 そこには。ドラゴンの仮面をつけたムシ族がいた。

 片腕で武蔵の斬撃を受け止めている。


 衝突した余波だけで、大地が砕けた。

 ——断崖が揺れる。後方のクローン兵まで吹き飛ぶ。


 それなのに。

 二人は、一歩も動かない。


「…………!」

「…………っ!」


 視線だけが、交わる。


 声はない。なのに——

 この二人は、戦いで言葉を交わしているように見えた。



 戦場が静まり返る。

 誰も、割り込めなかった。格が、違う。


 本能で理解してしまう。この二人の……

 “間に入れば、死ぬ”。


「『探検隊』の隊長……まさかまた、お前が相手とはな」


 武蔵が静かに言う。

 だが、隊長は答えない。作戦通りだからだ。


 ただ、シルヴァの仮面を、わずかに付け直した。

 その瞬間。


 ——バギィィィィィン!!

 空気が、裂けた。


「伏せろォ!!」

 モグドンさんの叫び。


 隊長と武蔵が、同時に踏み込んだ。


 ——ドンッ!!

 衝撃波。視界が白く弾け飛ぶ。


「うわぁぁぁっ!!」


 周囲の兵士たちがまとめて吹き飛ばされる。

 石畳が砕け、断崖に亀裂が走った。


 剣戟(けんげき)は……一瞬だった。

 なのに。“戦い”そのものがぶつかったみたいだった。


「……っ!」

「あれ?」


 気づけば。

 二人の姿は、もう地上になかった。


 ——バサァッ!!


 隊長の翼が空を裂く。

 武蔵が、疾い動きで壁を蹴り、その後を追う。


 黒と白。二つの影が、城の上空を駆け抜けた。

 そして——第三層の屋根。塔の上に唯一広がる、平地スペースへ。


「ここで始めようか。お互いに、被害が少ない」

「……俺はどこでも構わん」


 ——ギィン!!

 再び火花。

 遠くて、二人は粒のようにしか見えない。なのに、斬撃の音だけが戦場全体に響き渡る。


「……おいおい」

 ゴハートが引きつった笑みを浮かべた。

「あれ、人間の戦いかよ……」


 異界の住人である彼ですら、この評価。きっと両者のレベルは上澄みどころの話ではないのだろう。

 僕も……言葉を失っていた。この二人が戦うことになると、事前に分かっていたのに。


 屋根の上。黒い空を背に。

 二つの影が、ぶつかり合っている。


 

 尖塔が砕ける。城壁が斬れる。

 ——衝撃波だけで、空気が震える。


「…………」


 誰も、近づけない。

 いや……近づこうとすら思えなかった。


 昔読んだ物語みたいに……あれはもう、“別世界の戦い”だった。


 これじゃあ、まるで——

 『ラスボスvs主人公』だ。


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