噴気
『闇星城』。
あれが、この戦いの中心。
現在世界の“絶望”が、集まっている場所。
「ホゲ、まさかお前……!?」
モグドンさんが驚く。
隊長も何かを察したようで、暗い顔をしていた。
「………っ!」
「目的地がすぐそこなら、話は早いぜェ……!」
ホゲさんが、笑う。それは陽気さではない。覚悟の笑みだった。
「こいつらは俺ら水中班が引き受ける!!!」
「「「え……!!?」」」
一同が口を開けて驚きを隠せない。
ただでさえ消耗しているホゲさんに……この数、全てを任せる?
“こいつら”って……見えない謎の敵に、大量の魚人クローンでしょう?
「テメェらは行け。ぶち込んでこい、あの城に」
「……何言ってんだよ」
モグドンさんが、掠れた声を漏らした。
「無茶だろ……」
「この数を、水中班だけで?」
続いて、隊員たちがざわめく。
——空気が、揺れている。
誰も、すぐには動けない。見えない敵による脅威に怯えているのもある。
だが、件の敵はなぜか……今は、鳴りを潜めている。
班長達が警戒しているから?
まあ、何か策を実行するには、またとない好機だ。
とはいえ……
当の水中班の隊員たちですら、一瞬だけ言葉を失っていた。
……のだが。
「へへ……」
最初に笑ったのは、水中班の一人だった。
「班長と最後まで暴れられるなら、本望っすよ」
「おいおい、勝手に終わらせんなやァ!」
「俺らが負ける前提で話進めてんじゃねェぞ!!」
無理やりみたいな笑い声。
——けれど。尾は、震えていた。
少し下を向いたあと、水中班の面々は……
陽気な掛け声を叫んだ。
「「隊長殿ォ!! 俺らに任せてください!!!」」
彼らの言葉には、多少の迷いはあれど……ホゲさんへの絶大なる信頼が、感じられた。彼らは全てを覚悟して、死ぬまで諦めない。
その覚悟を受け、隊長は……
すぐには、答えなかった。
ただ——拳だけが、僅かに震えている。
「……隊長?」
誰かが、判断を待つ。
数秒。けれどその沈黙は、何分にも感じられた。
「っ……総員」
やがて。絞り出すような声。
「突入を優先する。」
その言葉が落ちた瞬間。
誰も、反論できなかった。彼の拳が、僅かに震えていた。
僕も、胸の奥がひゅっと冷えた。
——置いていくのか? ホゲさんたちを?
いや……違う。
隊長だって、そんなこと望んでないはず。
“今ここで止まれば、全員が死ぬ”と……そう、判断したんだ。
即断? 迷いはない?
度を超えて優しい彼にそんなこと、出来るはずがない。
それでも……!
「隊長……っ!」
僕があの立場なら……恐ろしくて、判断すらできないだろう。やはり彼は等身大な一面はあれど、人生を何周もしてきたかのような大人なんだ。
だが……感心している暇はない。
敵の本当の狙いを早く調べなければいけない。
それに何より、この状況を打破する方法は……!?
そう思っていたところに、隊長の声が響く。
「——ホゲの噴気孔に乗れ!!」
「……は?」
思わぬ方法に、声が漏れる。
だが、次の瞬間には理解した。唯一、この状況を突破する手段。
「……マジです?」
それでも呟かずにはいられない。
——無理だ。
そんなので、本当に届くのか? この高さ……叩きつけられれば、ただでは済まない。失敗したら、衝撃で死ぬかもしれない。
だが誰も、止まらなかった。
波の音だけが響く。さっきまで暴れていた魚人たちの叫びすら、遠く感じた。
水中班だけが、戦うつもりでいる。ここに残される覚悟を、もう決めている。
——それが分かってしまったから。
「「行くぞォ!!」」
ホゲさんが、深く潜る。
海が静かになった。さっきまで暴れていた波が、一瞬だけ——止まる。
誰も、喋らなかった。
——ただ。水中班だけが笑っていた。
巨体が沈むと同時に、海面が大きく引き込まれた。
水が、吸い寄せられる。
「ひっ……覚悟、決めるしかないのか!」
静寂。一瞬だけ、世界から音が消えた。
探検隊員が、次々と泳ぎ、彼の噴気孔に集まっていく。
「へへ……」
水中班の誰かが、震える尾を隠すように笑った。
「こんな派手な送り出し、最初で最後っすね」
「縁起でもねェこと言うなァ!!」
ホゲさんは笑った。——けれど。
その巨大な尾びれからは、絶えず血が流れていた。
そして……
バゴォォォォォッッ!!
爆発。海を突き破る、巨大な水柱。
白い奔流が、砲撃のように空へ撃ち上がる。
「掴まってろォ!! 吹っ飛ぶぞォォ!!」
次の瞬間。身体が、宙へ放り出された。
「「うおおおおおっ!?」」
視界が反転する。水圧が、顔面を叩く。風が体を切り付ける。
海が一気に遠ざかり、代わりに青空が迫る。
僕らはまるで——撃ち出された弾丸のように吹っ飛んだ。
そして……ホゲさんの読み通り。宙から見た視界には、『闇星城』であろう建造物が写っていた。博士の設計図で見た通り、断崖に聳え立っている禍々しい城。
だが。
「届か……ない!」
誰の目にも、それは明らかだった。
城まで、あと少し。ほんの少しなのに。
軌道が、足りない。このまま落ちれば——海面に叩きつけられる。
ホゲさんの努力と、水中班の覚悟が無駄になる。それどころか、海面に叩きつけられて衝撃で死んでしまう可能性だってある。
——その時だった。
「「空中班!!」」
鋭い声が、空を裂いた。フウロウさんだ。
「展開しろ!!」
翼を広げ、風を掴む。
「“受け止める”ぞ——誰一人として落とすな!!」
その指示と同時に。
青い空に、影が広がる。待機していた空中班……無数の鳥たち。
編隊を組み、一直線に突っ込んでくる。
「「いくぞ!!」」
——ドンッ!!
衝撃と同時に、身体が支えられた。
「うわっ!?」
見ると、僕は巨大な鳥の背に乗っていた。
他の隊員たちも次々と空中でキャッチされていく。
「あ……ありがとうございます」
僕は真下の彼に向かって言った。
「礼ならフウロウ班長に言うことっすね。……ま、落ちないように掴まっててください」
僕と仲間たちを乗せたその彼は、『ハヤツバ』と言うらしい。
そして——
「全員、乗れ!! そのまま滑空だ!!」
編隊の中央から、隊長と博士を乗せたフウロウさんの声。
鳥たちはそのまま進路を変え——異様に暗い空へと滑り込む。
「必ず追いつけ、ホゲ」
隊長は、その言葉だけを漏らして前を見た。
そして——最後まで、一度も後ろを振り返らなかった。




