交霊会
ひと月後。学食ランチ中のゆかりと晴美さんのところに、久しぶりに信子さんが顔を出した。
「どうしてたの?まさか今度は信子が拐われたんじゃないの?って話してたところよ」晴美さんが真面目くさった顔で言った。
「学内クラブを作ったの。不思議クラブというのよ。そこで同志を集めて、霊について調べてたの」
「超常現象同好会のほうがわかりやすいんじゃない?」
信子さんは晴美さんの軽口を無視して、
「ゆかり、勝軍地蔵が消えてその後どうなったのか、わからないままでしょ?知りたくない?永見右衛門はまだ地上を彷徨っているのか。それにあの暗闇の時間のこと、気にならない?あれが何だったのか?」
「そりゃ,気になる。とっても気になってるわよ。信子の力で永見のこと、わかるの?」とゆかりは答えた。
あれから一度、足羽山公園の継体天皇像を訪ねてみたが、石像は口をむんずと閉じたまま、生命の気配を一切見せないまま、そこにストンと立っているだけだった。継体天皇が用のあるのは勝軍地蔵の乗り物としての私なんだ、とゆかりは痛感したものだ。
「今週末にね、交霊会をやろうと思うの。同志も参加する。交霊会っていうとキリスト教だから、本当はクリスマスにやるのがいいんでしょうけど、その頃は帰省する子もいるから」
ゆかりは交霊会とクリスマスが関係してるとは思わなかったが、
「信子は神社の娘でしょ。神道に交霊会なんてあるの?」と聞いてみた。
「そんなものないけど、永見右衛門の悪霊にアクセスするためには、何でもやってみなくちゃならないの。どう、参加する?ゆかりが参加しなくても私たちだけで決行するけど。あんな勝軍地蔵や継体天皇には任せておけないもの」
「私は行かないから」と晴美さん。
信子さんは晴美さんの顔を見てうんとうなずいた後、ゆかりに目を向けた。
「私は知りたい。いつも突然、連れてかれるんじゃないかって、心配してるんだもん」
「だよね。決まり」
さて金曜日の夜、信子さん主催の交霊会が始まった。場所は参加者の父親の口利きで、足羽五丁目にある瑞泉神社の社殿、はさすがに借りれなかったものの、今では使っていない社務所を借りることができた。
参加者はゆかりと信子さんの他に五人。みな不思議クラブの部員で、信子さんの信奉者のようだ。
「それでは始めます。最初にひとこと。ここは同志、沼田優子さんの地元になります。彼女の話によるとここより山を上がったところが、ついこの間まで市の火葬場であり、さらに昔、江戸時代には罪人の処刑場であった場所ということで、霊に来てもらうには最良の場所と言えます」
と、信子さんの演出はなかなかのものだ。
信子さんを囲むように六人が板の間に腰を降ろすと、信子さんは何やら唱えながら、その前に一本ずつ蝋燭を立てて火を付けた。
「土の中より出し永見右衛門の悪しき霊よ。桃園ゆかりの前に出よ。そなたのおこないし悪戯について、かの女はその続きはどうなったかと今も待ち望んでおる。さっさとあらわれ、今一度その肌艶を愛でるが良い。さむらい男子ならばなおさら急ぎ足で来るのじゃ。さて次に右衛門に付き従いし十三人の与力どもよ。ここに五人の処女を捧げ奉る。桃園ゆかりとはまた色かたちの違う五人なるゆえに今だけの出血大サービスならばすみやかにおいでませい!」
なんという祝詞だ!とゆかりは頭に湯気が湧き立つ思いだが、いやこれは信子が研究の末に作り上げた文言なんだから我慢しなきゃ!と気持ちを抑えるのだった。
次に信子さんは榊をバサバサ振って、六本の蝋燭の火を次々消していった。それが全部消えると、目の前は真っ暗に。するとまわりの人の出すノイズまで全部消えて、静寂な世界が広がった。
ゆかりはそのままじっと、何かが聞こえてくるのを待った。
「永見右衛門である」と近くで声がした。
本当に来たんだ?!
「わかっておる。愚かな娘の文言を聞いて、ヨダレを垂らしてやったきたわけではないから安心しろ。わが与力どももここに集結しておるが、処女がどうとか色かたちがどうとか、そんなことを聞いて飛んできたのでは、あッ!こら。アメ、上野重之介!あッ。カス、南部幸恵まで!お主ら存分に桃園ゆかりに悪戯したろ?こら愚か者めッ、女子なんか付いとるもんはみんな同じ!同じなんだから、もう触っちゃ駄目!見ても駄目だって!」
「あの〜、何も見えないからだけど、みんなで私に悪戯したって、何のこと?」
ゆかりのひと言に、サッと騒ぎが鎮まった。
「いや、悪戯というのは、ホレ、真っ暗な世界に閉じ込めて、それで前田某との絡みを見学しとっただけだ。あッ、でも真っ暗だから見えんかったんだけどね」
「わかりました。それじゃ永見さん、少しお話ししませんか。みなさんはまだ地下に戻らないんですか。勝軍地蔵が探してますよ」
「うん。地蔵がそなたの身体から離れたのはわかっておる。だからここに来たのだ。いつも同じ。いつも同じことの繰り返しなんだ」
「それはどういう意味ですか」
「わしはあの屋敷が大好きだったのだ。それを奪われ、造り変えられ、焼夷弾を落とされ、地震に揺られ、草ボーボーで放っておかれ、そんなことをされるたびにわしは地上に出てきて生あるものに仕返しをしてやったのだ。その度に地蔵があらわれ、お互いの宿主を傷付け合って闘ってきた。お前もその犠牲者の一人に過ぎぬ」
「どうしたら安らかに眠れるの?お母さんに出てきてもらったらいいのかしら」
「母上はとっくに成仏されておる。女は頭の切り替えが素早いのだ。しかしな、今度の庭だが、あれは良い。お前は見たか?」
「養浩館庭園のこと?来年オープンするそうね。私は見てませんけど」
「いい出来なのだ。あそこならゆっくり眠れるかも。だからもういいかな〜なんて思わんでもないんだ。どちらにせよ、そろそろ還る頃合いだと思っておる。心残りは桃園ゆかり、お前のことだ」
ゆかりは無言のまま、言葉の続きを待った。
「迷惑をかけた。いろいろ悪戯して悪かった。地蔵もきっと、同じ思いで反省していると思うよ」
なるほど、そういうことか。
「まあ、お別れの挨拶に来たと言うことだ。それと、実は願いがある」
「願いですか。私に出来るかしら」
「実は多くの人間に取り憑いてな、気になる男子が二人いるんだ。まず一人目だが、遠藤仁義という男。こいつは悪いぞ、レイプ魔だ。すでに八人の女子を手籠にしておる」
「レイプ魔ですって?!それは大変。どこのどいつで、どこに住んでるか知ってるの?」
「もちろん。お前の知り合いに竹内某というのがおるな。あれは元警官だ。彼ならちゃんと手配してくれるだろう、彼に伝えて欲しいのだ」
ゆかりは指先に一枚の紙きれを感じ、手のひらに引き寄せた。
「奴の住所が書いてある。よろしく頼む」
「わかりました。で、もうひとりいるのね。その人はどんな悪いことを?」
「悪者ではない。おとなしい青年だ。お前が通う大学近くの高校で英語を教えている」
「高校の先生ね。で、その人の何が気になるの?」
「このままだと、たぶん自殺する。心が弱っているようなのだ」
「うーん、これは竹内さんに相談しても駄目ね。どうしたらいい?」
「ずっと気持を沈めておるから、声をかけてやって欲しい。お前にしか出来んことかもしれん。どことのうお前と境遇が似ているのだ」
「わかりました。成功するかどうかわからないけど、やってみるわ。あんたの思い出に」
「およ?それはどういうことだ?」
「何でもない。それでその先生の名前は?」
「加藤晃という。まだ若いぞ、二十四だ」




