線路は続くよどこまでも
翌日、ゆかりは店番の日。土曜日ということで商品納入に来た竹内さんに、昨夜のレイプ魔のことを話した。交霊会で永見の霊に聞いたのだと本当のことを話した。
「そうですか、重要な情報をありがとう。すぐに警察に連絡します。ほら、この前継体天皇に取り憑かれた栄、あ、桃ノさんはいなかったね。知り合いにすぐ調べてもらいますから」
午後にはスーツを来た年配の男性が入ってきた。
「あのう、桃園さんでしょうか」
「はい?そうですが」
「これを前田から預かりまして」
と一通の封筒を出してきた。
「彼、来年1月から別の施設に転勤になるんです。越廼出張所をご存知ですかね。越前海岸沿いにあるんですが、そこを希望されまして。不便なところですから慢性的に人手が足りないところなんで、すぐに決まったというわけなんです。で、引っ越しの準備をするそうで、年内は有休消化でここには出勤無しになります。そんなことで本人は来れませんが」
男はそう言ってゆかりに封筒を手渡すと、商品には見向きもせずに店を出ていった。
ゆかりが手紙を開くと、申し訳ありませんでした、と縦に一行書かれてあり、左隅に前田、と署名があった。
少年少女のお客さんがいなくなった頃、ゆかりは信子さんに電話をかけた。
「あ、昨日はどうも。何も言わずに帰っちゃってゴメンね。え?うん、永見の霊は出てこなかった。他のみんなはどうだった?そうなの。残念だったね」
と、昨夜のことを話した後、
「ところでね、信子の知り合いに北陸高校を卒業した人っていないかな。大学近くの。ええ、ちょっと聞いてみてよ。頼みたいことがあるのよ」と続けた。
電話を切った後も、お客さんの来る気配はなかった。数日後にはクリスマス。子どもたちは大きなおもちゃやぬいぐるみ、ゲームソフトを待っているのだ、駄菓子の出る幕ではない。
あまりの静かさにラジオのスイッチを入れる。FMに切り替えると、昔っぽい洋楽ポップスが流れた。ビートルズかしら?と思った途端、五年前の不思議な体験を思い出した。
緑野まりこ、青山幸男くん、橙木翔吾くん。ビートルズが好きなのは誰だっけ?なんて考えていたら曲が終わり、ディスクジョッキーのアナウンスが入った。
「60年代ポップソング特集、続きましてビーチボーイズの美しいメロディは、God Only Knows!」
さて翌週のこと。ゆかりはこの高校の卒業生だという田端典子と二人、北陸高校の職員室前の廊下に立っている。田端さんは一年生で、信子を信奉する不思議クラブの会員だ。
放課後のバタバタしたところを卒業生のふりをして、生徒玄関から入ってきたのだ。
「加藤先生は・・・いないなあ」
職員室を覗き込んでいた田端さんがゆかりに顔を戻して言った。
「そうそう。軽音クラブの部室かも知れません」
「加藤先生って、そこの顧問なの?」
「じゃないけど、エレキギターを弾くのよ。時々生徒たちと演奏したりしてました」
ということで二人は廊下を歩いて部室に向かった。そこにひとりの教師が向こうからやってきた。
「え、先生です。こんにちは、加藤先生!」
「おや、田端さん。どうしたの、来るとこ間違えてるよ」
加藤晃先生は、ゆかりのイメージしていた人ではなかった。さわやかで明るい笑顔、でも瞳の奥に暗い影が見える。ゆかりはその目を見た途端、ドキリと胸が高鳴った。
「おや、そちらさんは?去年卒業した子じゃないね」
「この人は卒業生じゃないんです。福大の先輩で、桃園さん」
「初めまして。実は私、英語を教えてくれる人を探してまして、田端さんに相談したら、加藤先生が手伝ってくれないかなって言われて」
「そうなんだ。桃園さんは外資系企業を目指してるのかな。でも僕は留学したことないし、ネイティブスピーキングは出来ないんだよ。ゴメンね」
「いいえ、そうじゃないんです」ゆかりはあわてて言う。
「その、家庭教師で中高校生に英語教えてて、ちゃんと教えられるようにもう一度基礎から学びたいな、って思ってるんです」
「ふうん、そうか。受験英語なら教えられるよ。土曜日か日曜日の夜になるけど、それでいい?」
会ってすぐにトントン話が進む。なんてスピード感のある人なの、とゆかりは思う。本当に心が弱ってるのかしら?歳に似合わず凄く大人の男性に見えるけど。
「お願いします」とゆかりが頭を下げたあと、その場で謝礼の話などに進み、そのあと、
「それじゃあ来年から、でもいいけど桃園さんがいいなら今度の日曜日からでもどうですか?時間は夜八時でいいかな。おっと、自分の家は遠いし小さなマンションだから呼びにくいんだけど、桃園さんの家はどう?」
ということで、次の日曜日の夜、愛宕坂の家に加藤先生がやってきた。
「ここにひとりで住んでるんですか。いいですね、レトロ趣味で。駄菓子というのがまたいいじゃないですか」
「先生、駄菓子なんか食べるんですか?」
「たまに食べると美味しいですよね。この石階段、桜の時期にライトアップされるの知ってますか?灯りの回廊と言いましてムードあるんですが、その中を二人で駄菓子をかじりながら歩く、というのが僕の好みですね」
「わあ、その時には是非!」ゆかりはつい、そう言ってしまった。
「あ、すいません。どうぞお友だちと買いに来てください」
「友だちね。いるんなら恋人と歩きたいですけどね」
やっぱり恋人はいないのね、とゆかりは感じた。自殺を考えるくらいだ、恋人がいるはずがなかった。
加藤先生の週一回の個人授業が始まり、すぐに年が明けて雪が積もる季節になった。
ある日、里美さんが持ってきた新聞にレイプ魔のことが載っていた。
"雪中の大捕物!レイプ犯遠藤仁義逮捕される!栄修三巡査大手柄!!"
良かった。女の敵が一人捕まって、あとは加藤先生だね。
雪は降り続く。町の喧騒も、陰湿な思いも、汚れた魂も、雪に包まれ沈んでいく。
「おや?」
ゆかりが問題を解いている静寂の中、加藤先生がふと声を上げた。
「うん?どうかしましたか」
「・・電車の音が聞こえませんか」
ゆかりが耳を澄ませると、なるほど微かに線路を走る音が聴こえる。
冬の凛とした空気の中では鉄道の音が遠くまで届くのだ。
二人は顔を見合わせ、笑った。
積もった雪は陽射しに溶け、愛宕坂の石段に残った雪もすっかり消えた。
個人授業は続いている。最初の頃、ゆかりは加藤先生の心の闇を少しは明るくできたのか、そんなことばかり考えていた。しかしいくら探っても彼の本心はわからない。自分の気持ちを外に出さず、誰にでも親切で明るく接する加藤さん。ゆかりはいつしか彼の人柄を愛しはじめていた。
三月も下旬になって、福井の町にようやく桜の花が咲き始めると、愛宕坂のライトアップが始まった。
ゆかりは家のおもてに出て、加藤さんが上がってくるのを待っている。先週、足羽山公園まで歩いて、上の茶屋で一杯飲もうと約束していたのだ。
オレンジ色の小さなライトに照らされて加藤さんの姿が見えてくる。ゆかりが手を振ると、加藤さんも手を振って応えた。
春のまだ冷たい風を受けながら二人は肩を並べて歩く。足羽公園を抜けた先にある広場に設けられた桜茶屋に腰掛けると、そこでやっと熱燗のお酒を一杯。
加藤さんはそこで初めてゆかりに胸の内を明かした。
「とても恥ずかしい話ですが、僕は女性運がとても悪いんです。誤解しないでくださいね。知り合いとか友人から、恋人の関係に発展した女性たちのことなんです」
「私ね、加藤さんとやけに気が合うなあって思ってました。勘違いだと思っても違う!なんて言わないでね。実は私も男性運は最悪なんです。嫌な思い出ばかりなんです。同性愛に走ろうかなんて思ったこともあるくらいなの」
「最悪ねえ。でもきっと僕のほうが酷い目に遭ってますよ。最初に恋をしたのは・・・」
加藤さんは身を乗り出して自分の過去を話し始めた。
ゆかりは耳を傾けながら、足羽山公園の継体天皇像の方角に目を向ける。
継体天皇さま。将軍地蔵に伝えてください、ありがとうって。
この間、永見右衛門だよ〜って出てきたの、将軍地蔵、あんたでしょ。私に顔を合わすのが恥ずかしかったのね。加藤さんに自殺願望があるなんてのも嘘なんでしょ。私と相性良さげな人だったから、結ばせようなんて思ったんじゃないの?あんた、ホント子どもだね。やることがガキンチョなのよ。
でもありがとう。
この人は私を傷つけないと思う。ずっと一緒にいたいって思う人だし、彼の傷を舐めてあげたいとも思う。いつか結ばれるのを夢に見てる。そんなことだから私、あんたに感謝してるのよ。いつか私がいなくなっても、ずっとこの町を護ってくださいね。
「ちょっと、ゆかりさん。聞いてくれてる?」
「はいはい!聴いてるわよ。でもね、やっぱり私の方が不幸だと思うんですけどね」
・・・・・・。
桃園ゆかりと加藤晃はまだ自分の不幸を自慢し合ってるよ。そりゃいいけど、二人とも少し飲み過ぎじゃないかい。桃園ゆかり、お前は加藤晃の家が遠いの、知ってるのかな。これ以上飲んだら彼はきっと帰れないぜ。
あーあ、二人ともすっかり酔っ払いだよ。
ほら、やっぱり加藤晃を家に連れ帰るしかなくなったやんか。
ところでどこに布団を敷くつもりなのさ。
隣の部屋ね。でも襖一枚だよな。
気のあった二人なんだろ?そんなに酔ってて我慢できるかい?お互い好きなのに。
あ、やっぱりな!襖一枚だもんな。開けたらそこにいるんだもんな。
俺はあんたたちに、もっとロマンチックに結ばれて欲しかったんだけどな!
でも幸せになるんだぜ。
派手に生きろ、桃園ゆかり!
( 終 わ り )




