前田和彦の告白
ほら穴の中は静けさを取り戻した。将軍地蔵は疲れたのか大きく息をつきながら片膝をつくと、その姿は少年に戻った。
「ショーちゃん、無理しちゃだめよ。わたしのとこにいらっしゃい」と黒川さん。
「もうしばらく休むといいわ」
「うん。そうさせてもらうわ」と少年は答え、すぐに姿が消えた。
「それにしても前田さんもゆかりさんも出てこないね。ここにはいないのかしら」里美さんが中を覗きこんで言った。
「あれ?誰かいる、寝てるみたい」
里美さんがおそるおそる中に入ると、竹内さんもそのあとを恐々ついていった。薄ぼんやりの中、確かにひとりが白い肌を晒して大地に寝ているようだ。里美さんはケータイのライト機能をオンにしてあたりを見た。男だ。ゆかりは?
「ゆかりさん、どこにいるの?」
しかしほら穴の中には喰い散らかしたコンビニの袋や包紙、脱ぎ捨てた衣類があるだけで、他に人や霊は見当たらない。
「ゆかりはいないようね」と晴美さん。
「ここは暗闇の間じゃないのかも。でもこの人は前田さんか」
「いやん、この人、裸じゃないの」と驚いたのは信子さんだ。
「おい、男!寝たふりするな」
「ちゃんと前を隠して起きるのよ、前田さん!」
里美さんの呼びかけにも男は目を覚さない。
「おーい、修三、来てくれ!」竹内さんが外に呼びかけると、修三がこわごわやってきた。
「えッ、死んでる?事件ですか」
「寝てるだけだと思う。ちょっと外に出そう。暗くて顔が見えないから」
「外ももう暗いですけどね」
前田さんを引きずりながら、全員が洞穴から出てきた。彼をごろんと仰向けにして、四肢をそれぞれ掴み上げる。腕は竹内さんと修三だ。
「ちょっと、嫌〜」
「谷本さん、どうしたの」
「ほら。それ、ぶらぶらしてる・・・」
信子さんの両手に掴んだ脚の付け根にある、アレだ。
「 学生さんだからな、そりゃ気になるわな。うーん、何かチンチン隠せるハンカチかなんかない?」
竹内さんはまわりの顔を見るが、みな首を横に振るだけだ。うーん、とふと修三の足元を見た。
「修三。靴下脱いで、それで隠してやってくれ」
「ええ?!脱ぐのはいいですけど、人のチンチン触るのは嫌ですよ!」
「修三、こんな見苦しいもの、節子に見せるつもりか!」
「はいはい、わかりました」とシューズとソックスを脱ぐ修三であった。
四人が背を曲げてよちよち出てくると、黒川さんと節子さんが近づいてきた。
「あら〜、やっぱり前田さんだ。おい、前田さん、起きなさい」
黒川さんが呼びかけても起きないので、四人は目配せして、せーので手を離した。
どたッ。
「 い痛たた!」と男はようやく目を覚ました。
「前田さん、起きた?」と黒川さん。
男は答えず、ゆっくり上半身を起こした。すると自分が裸なのと、へその下のソックスを見つけた。
「うん?これなんだ?」とソックスを引っ張れば、ぺろんと丸出しに。
「キャ~変態!」と節子さんが叫ぶと、寝惚け顔でその顔を見た男、
「あれ?ゆかりさんじゃないね」なんてつぶやいた。
「前田さん。あんたゆかりさんて人と裸で何してたんだい?」竹内さんが腰を落として凄んてみせる。お化けには弱い竹内さんだけど人間には強い。
前田和彦はほら穴にあった衣服を着せられ、愛宕坂の家まで連れてこられた。
「お父さん、私たちはそろそろ」
「そうだな。修三にも遅くまで付き合わせたな。悪かった」
「とんでもないです。じゃあ帰りますね」
「修三、いい背負投げだったぞ!」
「竹内さん、いやお義父さん、僕も・・・」
「先、入っときましょ」と、黒川さんが玄関戸を引いた。
店の奥では里見さんと晴美さんがみんなの帰りを待っていた。
「遅かったわね。こっちは子供のお客さんがいっぱい来てね、ずいぶんと忙しい目に合ったわよ」
信子さんと顔を合わすなり、晴美さんはそうぼやいたけど、連行されてきた前田和彦を見て、
「あ、やっぱり前田さんが犯人なのね!」と目を輝かせた。
「さあさあ、みんな上がって!」
里美さんが座布団を用意していた。
前田和彦を奥に座らせ、みんなはそのまわりを取り囲むように座った。彼の正面には里美さんが座った。
「さ、何がどうなって、あんなところにいたんか、初めから説明しなさい」
前田和彦は覚悟を決めたように話し始めた。
・・・・・
黒川商店が店を再開する、と聞いて気にしてました。そしたら店員さん、とっても可愛い女性ではありませんか。最初は遠目から見ていたんですが、思いきって店に入ってみました。初めて言葉を交わしたときのあの可愛いことといったら。僕は恋人と別れて半年。精神的にも性欲的にも彼女を求めていたんです。でも僕は紳士でい続けましたよ。手を握ることもしなかった。ただ彼女に気に入られたくて、気の弱い温厚な男を演じていました。そうしてチャンスを待ってたんです。
そこにある日、あのお寺の前で永見右衛門の霊に取り憑かれたんです。
永見は多分、桃園さんに勝軍地蔵の精霊が取り憑いていることを知っていたんだと思います。でもそんな話はなにもしないで、僕にこうささやきました。
「桃園ゆかりはお前に好意を持っている。しかしこのままでは恋仲になるまでには至らない。彼女をモノにしたくないか?」と。
もちろんしたいです!と僕は答えました。
「わしと仲間はみな女を知らんまま死んでしまった。だから女のことを知りたいのだ。で、どうせならとびきり美人を相手にしたい。相手にするといっても身体の無い我々はただ、人の営みを見るだけなのだが。そこでわしがお前に力を貸すから、お前は桃園ゆかりをモノにするがよい。その営みのあいだ、わしたちは入れ替わってお前に取り憑くこととしよう」
さてあのガソリンスタンドのことです。外で雨森某と斬り合いしていた坪川秀介という悪霊が押され気味になったところで僕の中から永見右衛門が飛び出して、雨森某を斬り倒しました。それから僕に言いました。
「やつらが出てくる。いいか、桃園ゆかりをかっ拐うが、目をキッと閉じているのだぞ。その光を見てはならぬ。見たらお前も桃園ゆかりのことを忘れてしまうからな!」
僕は絶対に桃園さんを忘れたくないので、キッと目をつぶってました。やがて争うもの音が聞こえました。ドタン、バタン。そのくらいでしょうか、もの音はすぐにしなくなりました。それで僕はそっと目を開けました。桃園さんの二人のお友だちがぼおっとその場に立っていました。それから少年がひとり、苦しそうに体をふらつかせながら歩き去っていくのが見えました。桃園さんはどこにもいませんでした。
サムライたちの姿は消えましたが、永見右衛門の声が僕にささやいてきました。
「桃園ゆかりは暗闇の時間に閉じ込めた。そこは外から押し開けることは出来ないが、自分の意志で出ようと思えば簡単に出られる場所なのだ。だからお前は桃園ゆかりが出たいと思わないように仕向けなければならぬ。彼女は光を浴びて失明したと思い込んでいる。彼女に愛宕坂の家にいると思わせるのだ。こちらには何人も仲間がいる。二人の友人や、大家、出入り業者、客の振りをして毎日いろいろにぎやかにしてやるが、結局、本当に頼れるのはお前だけだと思わせるようにするのだ」
それで僕は何をしたらいいんですか?と聞きました。
「馬鹿。お前はその股ぐらのイチモツを使って、桃園ゆかりを喜ばせるのだ。彼女に性の喜びをこれでもか!これでもか!と浴びせるのだ。それがお前の目的だし、われらの夢でもある」
桃園さんの中に勝軍地蔵さまがいるのは彼女と初めて結ばれた、そのあとに知りました。時既に遅し、僕は彼女の身体に夢中になってしまったんです。
・・・・・
「若い男って、ひたすら馬鹿なんだから」黒川さんがぽつりとつぶやいた。
「それにしてもゆかりさんはいったいどこにいるの」
「暗闇の間、とか言ってましたね」
「ゆかりはあそこにいたんだ」と少年の声がした。
少年の姿をした勝軍地蔵が立っていた。
「ショーちゃん、もういいの?」
「シゲちゃん、みんな。ゆかりはまだあの洞穴の中なんだ」
「いや、でもちゃんと見渡しましたけど、いなかったです、はい」
と言う竹内さんに、
「闇に隠されてるだけさ。おいらは先に行ってるから、ゆっくり来てくれ」
少年はそういうと、玄関に飛び出していった。




