栄修三じゃないか!
里美さんが二人に説明する。
「あなたたち、どこか違うところと間違えてるのよ。ここは昔から今とおんなじ。広場があって、真ん中に継体天皇の頭でっかちの像があって。全体に緑がかってるでしょ、笏谷石って言って、このあたりでとれる石なの。今は役に立たない石よ。柔らかすぎるから」
「役に立たん石で悪かったね!」
像が話した?!とみんなは驚いて、身構えた。竹内さんは黒川さんの小さな身体を盾にして、しゃがみ込む始末だ。
「前と感じ違うだけど、同じ神様なの?」
晴美さんが身構えながら、石像に呼びかけた。しかし石像は微動だにしていない。口元どころかどこを見ても動き出す気配などないのだ。
さっきの、誰の声だったの?
「一緒、一緒。前と同じ演出だと盛り上がらんだろう思て、人間に取り憑いてみました」
と同じ男の声がして、継体天皇像の背後から出てきたのは、上下ジャージ姿の若者だ。背は百八十センチほど、体重は百キロ超、それでいてさほどむさ苦しくない顔をした、三十歳くらいの大男だ。
「あなたは・・・」黒川さんが問いかけた。
「継体天皇こと男大迹王である」
「出た!継体天皇、さま?」黒川さんを盾にして身をすくめていた竹内さんだけど、その大男を見てギョッとした顔で立ち上がった。
「さ、さかえ、栄修三じゃないか!」
大男は竹内さんに感情のない顔を向けた。
「そうか、この若者は栄修三というのか。それでお前さんの知り合いか?」
「そうです。いや、そうだろお前。修三、なんでそんなもの言いなのよ!俺はお前の柔道の師匠やないか!そればかりか・・いや、それだけでいいや」
「ふーん、そうゆう関係ね。この男はさっき、たまたま女と手を繋いでここにやってきた助平じゃ。そこのベンチで女に抱きついていたところをわしが乗っ取った。さっき取り憑いたばかりだから、この男のことはよう知らん」
「抱きついてただと?修三お前、俺の娘と付き合ってるんじゃなかったか?さては二股かけてたんだな。こら修三!どこの女だ?どんな女に抱きついたのだ?言え!言うんだ、修三!」
お化けには弱い竹内さんだけど人間には強い。
「だからわしは知らないんだって!でも女ならほれ、そこに」
「え、どこ?」
「あれ?そこのベンチに座ってたのを、しばらく固まってもらってたんだけどなあ」
「どれどれ」
竹内さんがベンチの周りを見ると、ベンチ裏に座ったままの格好でフリーズしている女性を見つけた。
「あ、こんなところで固まってる!なんだ、格別可愛い子でもないがな、ってうちの娘じゃん!節子!節子ぉ〜!」
竹内さんが抱き上げてベンチに座らせ、身体を揺すっていると、
「お前さんの娘さんじゃったか、こりゃ悪かったね、すぐ戻すからな。なに、固まってるだけで、痛くも何もないんだから」
修三が指先を竹内さんの娘に向けると、娘の身体から白い煙が出てきて、修三の指先に吸い込まれていった。
竹内さんの娘、節子さんはすぐに目を開けた。
「あれ、お父さんじゃないの。なんでここに?修三さんは?」
「あの馬鹿はそこのお立ち台で神さまに身体を乗っ取られておる。お前、ここであいつと抱き合ってたのか?」
「突然、何よ。そりゃ付き合ってもう一年以上になるのよ、一応世間さま並みの関係はあるわ」
「だってまだキスしたこともないって、修三が・・・」
「ふーん。お父さんが怖くて言えなかったのね」
「あのー、そろそろいいかの?」修三が遠慮がちに声をかけた。
「栄修三に取り憑いておられる継体天皇さま。修三はそのうち解放してくれますよね」
「おお。この話し合いが済んだら、すぐに解放するからな」
「わかりました」と修三に一旦頭を下げてから、次に指を向けて、
「あとで話があるからな!」と言い捨てた。
「あたしはどうしたらいいの?ここで待ってたらいい?」と節子さんが竹内さんに聞いた。
「うん、ここにいよう。俺も横に座るから」
「お父はん」
黒川さんの隣に少年姿の勝軍地蔵が立っていた。
「ご心配おかけしました。今回は永見にしてやられました」
「うん。わしも気づかなかんだ。勝軍地蔵、最近来ないなー、どーしたのかなー、なんて思ってたんじゃが、さっきお前さんたちが愛宕坂に集合したのを見て、初めて大変だったのを知ったのよ。それにしてもお前、宿主を失ってよく消えずにいられたの」
「愛宕坂の家まで戻って、木像に身体を休ませておりました」
「そうか、良かった。さて、とにかく桃園ゆかりを取り戻すのが第一じゃな」
「ゆかりはどこにいるんですか」晴美さんが聞いた。
「彼女は“暗闇の間”にいる。言葉通り暗闇の中にいるから、おそらく視力を失ったと思っている。そして普段どおりの暮らしをしてると思い込んでいる。騙されているのじゃ」
「騙されるって、誰に?」と信子さん。
「永見右衛門とその与力の悪霊じゃ。おそらくお前さんたちのふりをして、毎日話したり電話かかってきたりして、刺激を持ちながら暮らしているはずじゃ」
「刺激?刺激って何ですか?」
「悪霊は女子に強い関心があると言ったろ?」
信子さんと晴美さんは当惑して顔を見合った。
「しかしこれは悪霊だけでできることではない。協力している人間がいるはずじゃ。桃園ゆかりを見つけるために、まずはその協力者を見つけねばならん」
「あの人よ!」と信子さんが言った。
「知っておるのか?」
「ガソリンスタンドに連れてきた男友だち。さっき家の前で会った人だよ」
「前田さん?でもあの子はいい子だよ」
黒川さんは首を振った。
「悪霊に取り憑かれてるのかも」と晴美さん。
「他に心当たりがないなら、調べてみたらどうかな」と修三。
黒川さんの話によれば、橘曙覧資料館の閉館が午後四時十五分。遅くても四時半には退社して、愛宕坂の石段を上がるのだそうだ。上がる途中、左手に百段坂という階段があって、そこを降りて帰るらしい。
一行はいったん足羽山を降りて愛宕坂の家に戻り、時間まで待機、四時過ぎに前田和彦の後をつける者と百段坂の下で待ち受ける者に分かれて探ろう、ということになった。
修三はベンチに座っている竹内親子に「待たせたの。栄修三を返すぞ」と言った。
すると修三、突然活気を取り戻した。ハッとまわりを見回し、自分が何故か六人の男女の前に晒されているのに気づいた。それから壇の上あと一歩前に出ると落っこちるところに立っていることに気づくと、バタバタと腕を振って、結果そのせいで落ちてしまった。といってもほんの1メートルの高さなのだが。
「いててて」
「大丈夫?修三さん!」節子さんが呼びかけた。
「セッちゃん、そこにいたのか。あれ?お義父さん。なんでここに?」
「修三、お前ここで娘と何をしていたのだ」
「竹内さん、この人に説明するのは時間がかかる。黒川の家に戻って、昼ごはんでも食べながら打ち合わせしましょうよ」里美さんが竹内さんの肩を叩いて言った。
里美さんと晴美さん、信子さんが弁当を買いに出かけた。帰りを待つ間、修三は竹内さんからねちねちと小言を受け、それから継体天皇に取り憑かれていたことを聞いた。
「公共の広場で娘を抱こうなどと破廉恥なことを考えるから、取り憑かれるような目に遭うのだ」
「面目ないです。しかし考えてみれば、取り憑いたのが継体天皇とは、なんとも名誉なことで」
「修三さん、反省しないと」と節子さん。
「竹内さんも節子さんも許してあげてね。若い男って、ひたすら馬鹿なんだから」黒川さんがぽつりと言う。
「お婆さんの言うとおりです」と修三がうなずきながら言う。
「どんな真面目に生きてても、男の性には勝てません。竹内さんだって今でこそアレですけど、若い時分は妄想してたでしょ?女性の後を付けてた時なんか」
「ば、馬鹿なことを言うな。俺はちゃんと仕事してたんだぞ」
「はッ、節子さんの前でいらんことを言いました」
「まったく。お前はすぐ図に乗る。調子に乗っちゃいかんなー」と竹内さん。
そのうち買い出しチームが戻ってきたので、みんなで昼食をとった。
午後四時十五分を過ぎて、前田和彦は誰より先に資料館から出てきた。彼の後を付けるのは顔を知られていない修三と節子さんだ。
百段坂を降りたところには市の浄水施設がでんとあって、竹内さんと黒川さん、それに信子さんの三人が施設の空き地に停めた竹内さんの車で待ち構えていた。晴美さんは里美さんと家で留守番だ。
竹内さんのケータイが鳴った。マルヒが百段坂を降りました、との修三からの電話だった。
「そろそろ降りてきますよ」
竹内さんの言葉に信子さん、ソワソワしてるうちに前田和彦が姿をあらわした。
昼休みにでも買ったのか、コンビニの袋を手に下げている。
「誰かのところに行くんですな。退社したあと店に寄る間も惜しんでる。こりゃ当たりかも。さ、そろそろ行きますか」
竹内さんが車から降りて、黒川さんを再びおんぶしようとしゃがんだ。
「大丈夫、歩きますよ。でも手を引いておくれよな」
竹内さんはお菓子の卸屋さんに勤めているって聞いたけど、栄さんの柔道の師匠だとも言ってた。元々警察官だったんじゃないかな、と信子さんは考えながら、二人の後をついて歩き出した。
しばらく歩いてから後ろを振り向くと、少し離れて栄さんと節子さんがついてきているのが目に入った。あの二人もとんだことに巻き込まれて、なんか可哀想。
前田和彦は山ぎわに沿った道を南に五分ほど歩き、一宇の寺の門をくぐった。
「ここは、碧厳山泰清院・・・」
と竹内さんは左の石柱を読み上げ、それから右の石柱にも目を向けた。
「福井藩家老永見右金吾菩提所。永見!」
「ここは永見家の菩提所なんだね。知らんかったなあ」と黒川さん。
「右金吾さんというのは?」
「右衛門の父親だろうよ。で、右衛門もここに葬られたということか」
一行はそっと敷地内を進んでいく。前田和彦は法堂を通り過ぎ、墓地をも通り過ぎて、山ぎわの竹林に入っていった。
前田和彦のサクサクと落ち葉を踏む足音に耳を傾けながら、大きな足音を立てないようにゆっくりと奥に進んだ。ここで修三たちも合流した。
「ん?マルヒの足音が消えましたね」修三がつぶやいた。
どうやら目的の場所は近くらしい。竹内さんは足音を気にせず、シャカシャカと落ち葉をかき分けて小走りに進んだ。
「あそこだ」
竹林は山壁に突き当たってさらに上へと続いているが、山壁の一角にほら穴がある。人間が出入りするには充分な大きさで、自然にできたというよりは人工的に掘られた穴に見えた。
「あれですかね。戦争時の防空壕か何か」
「かもな。さてどうしますか」
と竹内さんが振り向くと、黒川さんの隣には勝軍地蔵の化身である少年が立っていた。
「入ってみるわ。あんたらはここで待っててな」
少年がほら穴に入っていくあいだ、竹内さんは黒川さんと節子さん、それに信子さんに後ろに下がるよう指示し、自分と修三が盾になるように前に立った。
しかし信子さんはその指示を聞かず、竹内さんの隣に立った。
「谷本さん、下がったほうがいいですよ」
「大丈夫です。私には雨森伝右衛門が憑いてますから」
「え?あ、そう。ならいいんだ。それなら、大丈夫だよね」
竹内さんはそう答えると、気味の悪い顔で信子さんからそっと二歩ほど離れた。
ドーン!と音がして、ほら穴から少年が放り出された。少年はすぐさま立ち上がったが、疲れた顔だ。
「ショーちゃん、あんたまだ無理なんと違う?」
少年は黒川さんの声が届かなかったのか、じっとほら穴をにらんだ。そこからあらわれたのは三人の悪霊侍だ。抜刀して戦意剥き出しだ。
少年は胸の前で両手を合わせて智拳印を結んだ!すると少年の足もとから煙が湧き立ち、姿が消えた。煙が晴れると、化身からほんものの勝軍地蔵に姿を変えていた。修三にも劣らぬほどの逞しい若武者だ。地蔵は錫杖を中段に構えると逆手に持ち替え、送り足で襲いかかってきた悪霊の腹を突いた。
別の悪霊が修三に刃を向けて突進してきた。彼は上半身を回転させて剣を見切ると、えいやッと悪霊の胸ぐらを掴み、背負い投げで地面に叩きつけた。百キロ超の修三の身体がその上にのしかかると、悪霊は絶叫して意識を落とした。
「でかした修三!よう我が娘を守ってくれた!」と竹内さんが声を張り上げ、修三の立ち上がりに手を貸した。
しかし、起き上がった修三のシャツに茶色の何かがべっとりと付いているのを見て、
「うわッ、気持ち悪い!」すぐさま手を離す。
もうひとりの悪霊は信子さんに向かってきた。
信子さんはその場で踏ん張り、
「出でよ、雨森右左衛門!」と叫んだ。
しかし雨森伝右衛門はあらわれない。信子さんに刃が迫る。
名前間違えた、もう駄目!と信子さんが目を閉じた時、横から竹内さんが悪霊に飛びついた。しかし竹内さんの身体は悪霊を素通りして自爆、地面に転がった。
となれば信子さんは悪霊の刀の餌食になるところだが、瞬間、信子さんの身体は三メートル上にあった。
上段から振り下ろした刀は空振りして、悪霊はその勢いでひっくり返ってしまった。起き上がったところに勝軍地蔵の錫杖が飛んできて、悪霊は再び倒れ、今度は起き上がることはなかった。
勝軍地蔵が手を翳すと何かの力で信子さんはゆっくりと地面に降ろされた。
「何で?修三はお化けを背負い投げ出来たのに、何で俺は触ることも出来なかったんだ?」
起き上がった竹内さん、誰にともなく顔を見回して聞いた。
「栄修三は男大迹王に取り憑かれていたからね。まだ霊界と繋がった部分があるんだ」
「あ、そんな気味の悪いことなら納得です」なんて言うから竹内さん、修三と節子さんから顰蹙の目を向けられるのだった。




