ゆかりの見たラスト10分
「ちぇッ、しょうがないや。おいらも行くけど、あんたはここにいるんだぜ。万が一、伝さんが負けたら、すぐに逃げるんだ」
少年はゆかりがうなずくのを見て、歩いていった。
「私も行こうかな」と信子さん。
「え?」
「じゃあ私も!」
怖いもの見たさに晴美さんも賛同し、二人はゆかりに、じゃあね!と手を振って、少年の後を付いていってしまった。
ゆかりはまだ目を覚まさない前田さんを抱えたまま一人、雨森伝右衛門と悪霊との対決を見守ることになった。
「逃げろって言われても、これじゃ逃げれないじゃないの」
と、心細げな声を出したとたん、二人の斬り合いが始まった。
ゆかりは剣道の心得はないが空手をやっていたからわかる、悪霊は身体の使い方がとても柔らかい。しなやかさには圧倒的な差があった。雨森伝右衛門は直線的だ。年寄りのくせに力でグイグイ押していくスタイルで、力はあるようだが体力が続くだろうか。
「う、うーん」
前田さんが意識を取り戻し始めた。
「あ!前田さん、起きて。しっかり!」
「お化けが、お化けが・・・」
「そう、お化け同士が斬り合いしてるの。ここは危険なのよ、起き上がってよ」
「桃園さん、ごめんよ。君の話を信じなくて。まさか本当にお化けがいるなんて」
「いいのよ、誰だって信じられないもの。さあ立って」
前田さんはふらふらと立ち上がった。
「みんなは事務所の中に入っていったの。来ちゃいけないって勝軍地蔵は言ってたけど、みんなといたほうが安全よね。行きましょう」
雨森伝右衛門は悪霊に押され気味だ。ゆかりは前田さんの手を取って、悪霊の目に入らないよう、まわり道で事務所に向かった。
ゆかりは事務所に入る前に、窓ガラスから中の様子を見た。
中央で粕屋彦左衛門と目玉孫左衛門が取っ組み合いをしている。力は互角、とゆかりは見た。
奥のソファーで男の人と女の人が抱き合って震えているのが見えた。中野さんだ、とゆかりは気づいた。女の人はどこかで見た顔だ、ファミレスの社員さんかも知れない。
次に晴美と信子を探した。二人はドアから入ってすぐのところ、少年の後ろに立っていた。
ゆかりはドアからそっと二人に声をかけた。「置いてかないでよ」
「あ、ゆかり。前田さんも気がついたのね」と信子さん。
「ごめんね。でも彦左衛門、なかなか強いわよ。あんなお侍さんならずっと守護霊してくれててもいいな、と思いながら見てるの」
「こりゃ孫左!いい加減、往生しろ。お主は一度死んでおるのだぞ」
胸ぐらを掴んで彦左衛門が顔を近づけて睨みつける。
「黙れ粕屋カス男め。こないだの恨みは忘れてねえぞ!」
目玉孫左衛門はそう言うと、ペロリと赤い舌で彦左衛門の顔を舐めた。
「うわッ、何をする!気色の悪い」
と、思わず掴んだ手を離すと、脚を引っ掛けられてひっくり返ってしまった。
孫左衛門、弱った体を頑張って立ち起こし、やっとの思いで腰の大刀を抜いた。
「これはいかん」少年はそう呟くと、孫左衛門の前に一本足を前に進めて言う。
「孫左!これを見よ」
少年は忠昌公に一筆入れてもらった紙切れを向けた。
「うん?なんだそれは」
「松平忠昌公からの御文だ。いいかい、読むぞ。目玉孫左衛門、余は貴公を福井藩の家臣として今一度、迎え入れることとする。伊達家に仕えるなど本来は許されることではないが、それもこれも余が奉公構いを申し渡したせいじゃ。可愛さ余って憎さ百倍と言うだろう?貴公への余の思いが過ぎたせいだと後悔しておる。貴公も知っての通り、余は武芸達者が大好きだ。だから孫左衛門よ、福井藩士として成仏せよ。それで余と再び会おうぞ」
少年は孫太夫に顔を戻した。「成仏せよ、目玉孫左衛門」
手紙は効力があった。孫左衛門は刀を持つ手を下げ、ギョロリとした目玉を引っ込めて、じっと動かなくなった。感動で震えているようだ。
「そいつは本ものですかい?本当に殿様からの御文だっての?」
少年は歩いて孫左衛門の前まで来ると、手紙を手渡した。
「筆跡はわかる?花押でわかる?」
「これは・・・これは殿様の御文に間違いない。お、お、お殿さまー!」
孫左衛門は剣を手放して、天を仰いで叫んだ。
天井から柔らかい光のカーテンが孫左衛門のまわりを取り囲み、そして彼の身体を包んだ。
「俺は殿様に悪いことばかりしたよ〜。殿様に可愛がられたのに、それをいいことにやりたい放題悪さをしたよ〜。それなのに殿様は俺のことを許してくれた。だからやっと成仏できるよ〜。ありがとうね。みんなありがとう、サンキューベロマッチョでした〜」
孫太夫は手紙を胸に抱き抱えながら、昇天した。
「もっと早くに手紙出せば良かったのに」ゆかりはつぶやいた。
ゆかりは中野の様子を見た。彼はゆかりに気づいていないようで、女性と抱き合ったまま、目玉孫左衛門が立っていたあたりを呆然と見ていた。
その馬鹿面を見てるうち、あんな男のせいで長い間嫌な思いをしていたのかと思うと、我ながら情けなく思うのだった。
さてあとは外の決闘の行方だ。ゆかりが外に出ようと振り向くと、最後尾にいた前田さんがまず外に出た。
「あ!」
悪霊侍がすぐそこに迫っていた。遠くに雨森伝右衛門が倒れているのがチラリと見える。
悪霊侍は剣を八相に構え、前田さん目掛けてすり足で寄ってくる。ゆかりは前田さんの背中を左に突き飛ばし、自身はその勢いで高くジャンプして、悪霊侍を蹴り飛ばした。
次に起きあがろうとするところを正拳突きしようと飛びついた。ところがその瞬間、悪霊の顔がドクロになり、顔全体がストロボライトのように発光した。
ゆかりは眩しくて目の前が真っ白に。
まぶしくて、頭がくらくら。
「桃園ゆかり!」少年の叫声が聞こえた。
どたん、ばたん、物音があちこちで鳴り響いた。ゆかりには何が起きているのかわからない。
「ゆかり、大丈夫?こっちへ。手を!」晴美さんの声に手を差し出すと、ぐいと引っ張られた。
「しゃがんで!」
今度は信子さんの声がして、背中を低くするよう手で押された。そのあと二人が背中と前から身を盾にして守ってくれた。
人の争う物音は、やがて収まった。
「桃園ゆかり!無事か?目は見えるか?」と若い男の声が聞こえた。
「誰?聞いたことない声だけど」
「俺だよ。勝軍地蔵じゃないか」
「何言ってんの、ガキンチョの声には聞こえないわよ」
「ゆかり、違うの。勝軍地蔵さまね、本物のお姿なのよ。ガキンチョだったのがゆかりを助けるためなのか、大人のイケメン地蔵になって、杖を振り回して悪霊と闘ったのよ」
「それで、悪霊の侍は?」
「消滅した」と勝軍地蔵の声がした。
「雨森伝右衛門も消滅した。しかし成仏したわけじゃない。傷を治して、また町に戻ってくるのだ。永見右衛門を成仏させるまで、奴らは昇天しないだろう」
「そっか。でも困ったな。まだ視力が戻らないの」
「それだがな、ちと大変なことになったぞ」
「どういうこと?」
「顔を発光させたろ?あれは毒針みたいなものなのだ。毒というより、呪文のかけられたトゲトゲだ。残念ながらお前さんはそれを目に受けてしまった」
「治らないって言うの?」
「治すための呪い消しが必要だ。しかし呪い消しの方法がわからん」
「じゃあ、継体天皇に聞くしかないってこと?」
「違う。男大迹王にもわからんってこと」




