接茶寮控え室
やがて、うっすらとまぶたを開ける前田さんにゆかりはすぐさま呼びかけた。
「気がつきました?大丈夫ですか?」
その声に、ようやく見えているものがゆかりの顔だと気がついた。
「・・・ここは?」
「前田さん、気を失って倒れたんです。雲水さんたちがここまで運んでくれて、ここで休ませてくれてたんです」
「あの、あの少年は?」
「ええっと、私の中に戻っていきました。さっき言ったように将軍地蔵は私に取り憑いているんです」
前田さんはぎゅっと目をつぶった。そのままじっとしていたが、やがて、
「少年があの紙を使って、目玉サンザエモンを成仏させると。その現場を見せてもらえるなら信じますよ」
「目玉孫左衛門」
「え?」
「いえ。わかりました、私は前田さんに隠し事をしてお願いしたけど、騙したんじゃない、そのことをわかって欲しいから、一緒に来てください。大学の友だちふたりも一緒に行きますから」
「その、目玉サンザエモンがどこにいるのか知ってるんですか?」
「ええ。もう前田さんに隠しごとは嫌だから、恥ずかしいけど聞いてくれますかね」
「何でも話してください」
ゆかりは中野光男のことを話した。ゆかりに黙って何人もの女性を相手にしていたこと、別れた後、ゆかりとの睦みごとを相手構わず、ところ構わず、あることないこと話して回ったことなども全て話した。
「・・・悪い男に巡り会ってしまった、ということですか。大変だったんですね」
「でもそんなのも目玉孫左衛門が取り憑いていたからだと思えば、許さないといけないのかも」
「それは逆じゃないかな。下衆野郎は下衆野郎に近づくんです。別れた相手を傷つける男なんて案外たくさんいるんですよ」
「あのう、気がつかれましたか」部屋の外から雲水さんが呼びかけた。
「もし体調が戻られたのでしたら、そろそろそこから・・・」
「あ、すいませんでした。もう大丈夫です」と前田さんは起き上がって、キョロキョロと部屋を見回した。
「ここは接茶寮の控えの間ですか?ご迷惑おかけしました。失礼します」
ふたりは寺を出て、約束どおりクルマを泊めた店でおろし蕎麦を食べたあと、町に戻った。
愛宕坂のふもとでゆかりを降ろした前田さんは、確かめるつもりじゃないけどいろいろ調べてみたくなりました、と言って、走り去っていった。




