五輪の塔
永平寺は七十を超えるお堂と楼閣があり、その中でも修行に重要な建物、七堂伽藍が回廊で結ばれている。その最初、山門にふたりはやってきた。回廊はその先を左に曲がる、その角で前田さんは足を止めた。
「ほら、目の前の石段の上、あそこが松平家の廟所です。藩祖から忠昌公までのお墓があります。お墓といっても五輪塔ですが」
「五輪塔。普通のお墓より格上って感じですね」
「さてどうしますか?あそこには一般客は行けません。ちなみに僕は昔、石段を登って中を覗いたことがあるんですが」
「え?どうして」
「仕事のときは朝早く、トラックでここまで来るんです。それで荷台を開けて待っていると、掃除を終えた雲水さんたちが布団を運んでくる。僕たちは雲水さんたちがお掃除が終わるまで、ここで待ってるんです。そのあいだにあちこち見学させてもらいました」
ドロン、と煙が出ることもなく、ゆかりの脇から現代の少年の格好をした勝軍地蔵があらわれた。
「おいらが行って話してくるから、あんたはここで待っててくれよな」
唐突にあらわれた少年を見て、前田さんはびっくりしてゆかりから一歩離れた。「誰!?いつからそこに?」
「ずっといたんだよ。あんたは前田和彦ってのか。この娘としばらくここで待っててくれよな」
前田さんはあんぐりと口を開けたまま、少年が回廊の手すりを越えて石段を上がっていくのを見た。
ゆかりは他の観光客の様子を見た。しかし彼らには少年の姿は見えないようだ。
「前田さん。あの子のこととか、説明します」
ゆかりは座る場所もないので、その場で前田さんに全て、将軍地蔵のこと、花月橋でのこと、継体天皇のことを話した。その間前田さんはずっと、ゆかりを頭のおかしな子を見るような目で見ていた。
ゆかりが話し終えてから、しばらくのあいだじっとゆかりの目を見ていた前田さんだったが、やがて、
「桃園さん。大学で変なサークルに入ってる?それとも僕をからかってるだけ?」
ゆかりはどう答えようとため息をついて回廊の手すりに持たれた。
「あ」と前田さんが声をもらした。ゆかりが顔を上げると、松平公廟所から少年が出てきて、石段を跳ね降りて戻ってきた。
「お待たせ~」
少年の手には紙切れが一枚。
「えへへ。こいつを書いてもらった」
ゆかりは前田さんの顔を見て、「この子が将軍地蔵の化身なの」
少年は前田さんの顔を見て、
「聞いた?なら手伝ってくれる?これ書いてもらったからさ。目玉孫左衛門はこれでばっちり成仏させてやれるぞ」
前田さんは少年の顔を見たままひと言も発しない。
「何書いてもらったの?」とゆかり。
「忠昌公の直筆。お前を許す、福井藩の武士として成仏するように、って書いてある」
前田さんが紙を覗き込むと、黒々と筆の走った跡が見える。
「ええー?」
前田さんは信じられないといった風に松平公廟所に顔を向けた。
すると廟所の窓枠から、忠昌公と思われる武士がこちらを見ながら手を振っていた。
前田さんそれを見て、卒倒。




