布団にも上下があり永平寺
行雲流水か。シンプルライフ、ミニマムライフってやつだね、いいな、とゆかりは思った。それから、私も似たような生活を送ってるのかも、とも思った。ゆかりはファッションにも雑貨にもこだわりを持ったことがない。コレクションの趣味もない。福井に来てから一枚の服も買ってないように思う。
「勤めていた会社に川柳の会がありましてね。永平寺のあちこちから布団を抱えてトラックに運び入れるんですが、そのときに一句浮かんで投稿したことがあるんです。布団にもうえしたがあり永平寺って」
「へえ、川柳ですか。でも上下って?」
「掛け布団と敷き布団とあるでしょ?永平寺に住んでいる僧侶は偉いさんも修行僧もみな布団は同じかと思ってたんですけど、役寮さんのふとんは正絹でできたツルツル布団なんですね。それを見て、ああ、永平寺のような立派なお寺にも上下の関係があるんだなあ、って」
「あ、その上下ですか、なるほど」
「でも雲水さんの布団には上も下もなくて、長細い布団が一枚あるきりなんです。それをくるくると体に巻きつけて寝るんです」
「上下がない」
「雲水さんの布団には上下がないはずなんですが、何年も山を下りない年長雲水さんは二枚使ってる。やっぱり上下はあるんです」
前田さんは店に買い物に来るときと違って、とてもおしゃべりだ。リラックスしているみたい。でもそんな固い話じゃ恋人はできないよ。私は楽しいけどね、なんてゆかりは思っている。
クルマは山道に入り、やがて永平寺門前商店街に入った。田舎の観光地らしく、おばあちゃんたちが手を振って呼び込みをやっている。お土産やお昼ごはんで店を使ってくれたら駐車場代はタダだよ、という商売だ。
前田さんはいつも利用している店の駐車場にクルマを入れた。
「ここの蕎麦が一番旨いんです。帰りに食べましょう」
クルマを降りた二人は境内を歩く。右手に小川が流れていて、せせらぎの音がひんやりとした空気をやわらげている。
「永平寺は福井じゃ一番の観光地です。近頃は勝山市の恐竜博物館のほうが観光客が多いそうですが」
「私、まだどこも観光したことがなくて」
「ちょうど良かったですね。でも何故松平忠昌公に興味を?お父さんの藩祖、結城秀康とか、兄であり二代藩主の忠直、このふたりのほうが有名なんですけどね」
前田さんには本当のことを話したほうがいいかな、とゆかりは思った。このあとのことも考えると、ずっと嘘をつくこともできない。
ゆかりが答えないので、前田さんは話題を変えた。
「松平忠昌で有名な話は福井と名前を付けたことです。もともとは北ノ庄というところだったんですが、北の字が敗北に通じるということで、城の中にあった福の居という井戸の名前から名を変えたんです」




