28.祝杯
「ねぇ、聞きました?」
「ルルティリア様ですわよね」
「ニンゲン風情と婚約していたくせに……!」
ひそひそ、ざわざわと囁きあっているご令嬢たちは、思い思いに着飾っている。
あくまで、主役を食わないようにするのが人間流ではあるが、ここはそうではない『彼ら』の世界。自分が一番目立ってナンボ、という心意気の者も普通に存在している。
だから、ルルティリアが花嫁衣裳を着用するとはいえ、己が目立ってしまわなければ未婚の相手を捕まえることができない。
あわよくば、ギルライハを手に入れようとしている令嬢も少なくは無いが、恐らくアプローチをされたところで彼は一切振り向かないだろう。
「あの悪魔、よりによってギルライハ様と…っ」
「でも、お話を聞いたところ、幼い頃からの婚約者だとか……」
「だから何よ!ニンゲン風情と婚約していた大馬鹿者なのですからね!」
「ねぇ待って……それって……」
それを聞いたとある令嬢が、ニタリと笑った。
「まるで人間界でよく聞くお話のようではありませんこと?」
「え?」
「なぁに、それ」
くす、と微笑んだその令嬢は、声をひそめて取り巻きのご令嬢たちに対してあれこれ囁く。
聞いた令嬢たちは、その令嬢と同じくニタリ、と笑いあって、クスクス笑いながら、挙式の開始時間を待ったのであった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
わぁっ、とひと際大きな歓声に包まれながら、ギルライハとルルティリアは並んで歩く。
二人が歩いているのは深紅のカーペットの上で、姿だけ見ればまるで人間同士の結婚式のようだった。
おめでとう、おめでとう、と何度も祝福の言葉が響く中、二人は参列者に手を振りながら歩いていっていた、のだが。
「お二方、誠におめでとうございます」
先程嗤っていた令嬢たちのところにやってきたルルティリアは、すっと分からないように表情を冷たいものへと変貌させる。
それが分かっているのかいないのか、彼女たちはルルティリアを軽蔑したようにぎろりと睨んだ。悪意をありありと見せながら、だがしかしギルライハにはどこまでも媚びた目で。
「ねぇ、ギル様ぁ。本当にルルティリア様とご結婚なさいますのぉ?」
「今なら間に合いますわ!」
口々に言われる内容は、二人にとってあまりにも不愉快なものでしかなかったが、笑顔で何も言わないまま紡がれる言葉を、黙って聞いている。
「それに、こぉんな女が女王になるだなんて……先代様はよほど御息女を愛していたようで」
滑稽だ、とかそういう台詞を続けたかったのかもしれないが、ルルティリアがほんの少しだけ殺気を出そうとした瞬間のこと、令嬢の首が歪な方向に捻れ、すぐさま頭が吹き飛ばされたかと思えば、存在そのものがふっと消えた。
「…………え?」
何が起こったのか、と問う前に、もう一人の令嬢は上半身と下半身が切断されてしまい、そのまま塵へと帰っていった。
悲鳴が上がる前、殺気を丸出しにしたリリムノワールがぎろりと令嬢たちを睨みつける。
「ぁ……」
「……ルルティリアに、無礼なこと、言わないでくれるかしら……?」
低く、殺意ばかりが込められている視線と声音に、令嬢たちは壊れた人形のように何度も首を縦に振ることしかできないようだ。
がくんがくんと首を縦に振っている中、一人がばっとルルティリアの前で土下座をした。
「お願いします!こ、ころさ、ないで!わたくし、消滅などするのは嫌でございます!!」
「まぁ……どうして?」
「どうして、って」
「やり直せるのよ?」
なんでもないような口調のルルティリアに、ギルライハも同意して頷いている。
「そうだなぁ。このやらかしを無かったことにできるのであれば、ちょっと消滅するくらいなんてことはないだろう?」
「そ、そそ、そんな!」
「消えろ、お前」
「まぁまぁリリ、落ち着いてちょうだいな」
どこまでものんびりした口調のルルティリアと、ルルティリアに害成すもの絶対殺すマンになっているリリムノワール(なお、目付きは完全に人殺しのそれ)。
ギルライハは、どうせここから先は常にこうなるんだろう、と呆れるでもなく笑いながら見ている。
参列者たちは、『逆らった方が良くない』として見ているが、そもそもこの世界は強き者が全てだからこそ、ルルティリアは己の強さをこうして見せているだけの話なのだ。
にこ、と微笑んでルルティリアはすいっと手を伸ばし、挑戦はいつでもどうぞ、と言わんばかりに悠然と微笑みを浮かべた。
「強き者こそ全て、というのは皆の者が理解していること。であれば、わたくしは全てを受けてたちましょう。……ただし、わたくしを殺せる、消滅させられるという気概のもので無ければダメよ?」
そこまで言って、ルルティリアはニタリと凶悪な笑みを浮かべた。花嫁には到底浮かべる必要のない笑みに、少なからず存在しているルルティリアの反対派はぞっとして顔色を悪くする。
「中途半端な気持ちでこちらにくるおバカさんには、遠慮なく裁きを下しましょう。そうして、生まれ変わらぬまま、永遠の消滅を迎えるといい。全力を尽くしてやってくるのであれば、……そうねぇ、すこぉしだけ、慈悲をかけましょうか。生まれ変わりを許可する、くらいは」
つまり、殺るなら全力でこい。勢いで来たら消滅するだけだぞ、と伝えれば、反ルルティリア派たちの目の色が変わった者もいるが、半数以上はそうではない。
ルルティリアが先王の欠片を全て呑み込んでしまっていることは周知の事実であり、それ故に誰にも手を出せない程の強者になっていることも、また、事実。
意を決して立ち向かったとて、消されることは分かりきっているが、だからこそその勇気を称えることとして、ルルティリアは生まれ変わりを許可する、と言ったのだ。
「……なぁんだ、すぐさま誰かやってくるかと思っていたけれど……その勇気がある者はいないのねぇ」
ふぅ、とため息を可愛らしく吐いたルルティリアは、己の反対派をすっと指さして、くるりと円を描くようにして指先を回す。
すると、ルルティリアに対して敵意を持つもの達が、足元に出現した真っ黒い穴に、ひゅう、と吸い込まれていってしまったのだ。
ぎょっとする者もいるが、あらまぁ、とのんびり観察している者もいる中で、ルルティリアはにっこりと微笑んで、ぐっと手を握った。
すると、その漆黒の穴はあっという間に全て無くなり、それまでと何も変わらない式の会場へと戻る。
「おおかた、これで一掃できたかしら。残っていたとしても……まぁいいわ、わたくしに挑んでくるおバカさんは少ないでしょうからねぇ」
愉しそうに言うルルティリアは、もう一度ギルライハと仲良さげに腕を組んで、ゆったりと歩き始める。
彼女の視線の先にあるのは、玉座。
あそこにギルライハと並んで座り、ルルティリアの後ろにはリリムノワールが立つことになるのだ。
ルルティリアとギルライハ。
揃いの婚礼衣装は、まるで神々のように神々しく、直視したいけれどできないというように、眩しいものだった。
反対に、リリムノワールの衣装はこういった時でも変わらず漆黒のままで、普段のふんわりとした衣装ではなく、ルルティリアと双子であることを示すかのような、体のラインをすらりと見せるタイトなドレスかつ、左足の付け根まで見えてしまうほどのスリットの入ったドレスを身にまとっていた。
アクセサリーは、最低限にとどめ、同じく黒のふんわりとしたシフォン素材のショールを羽織っている。
「……ルル、早くあそこに座って」
「うふふ、ありがとうリリ。……ようやく、わたくしたちの時代が……世界がやってくるのね」
幼い頃に交わした、三人だけの約束。抱いた想い。
もう誰にも奪わせないし、ニンゲンはあくまで自分たちのエネルギー源でしかない。
親ニンゲン派なぞは、もう、この『世界』には不要な存在であり、排除してしまい尽くした……とは思っているが、現れたら消せば良いだけの話だ。
「さぁ、皆。先代までのニンゲンを大切にする大馬鹿者はいなくなった。これからは新しき時代を……そして」
ルルティリアが手を掲げれば、その場にいる全員分の、しゅわしゅわと微かに泡立った酒の入ったシャンパングラスのようなものがふっと現れた。
「ニンゲンは、あくまで我らが力を得るためのモノである。うまく飼い慣らし、恩恵を与え、愛されていると錯覚をさせてやってから、せいぜい励んでもらいましょう」
「協力関係なぞ、有り得ぬ」
「あくまで、わたしたちが……管理する側となる」
ルルティリア、ギルライハ、そしてリリムノワールが宣言をすると、わっと沸き立つ会場の者たち。
「それでは、今後の我らの未来に……乾杯、ということで」
「新たな我らの女王陛下に」
「乾杯なさい」
リリムノワールの言葉に、皆が更に沸き立った。
まさかこれほどまでに親ニンゲン派を不要としている者が多いとは、ルルティリアたちも思っていなかったが、それはそれで片付けた。
どうせ、ニンゲンは加護を与えてやれば、今後勝手に崇拝にまで至るようにリリムノワールも動いているし、ルルティリア自身も動いている。
これからの未来が明るいものでありますよう。我らが種族があんな風になりませんように、とルルティリアたち三人はひたすらに、心の内に祈ったのであった。




