27.分けられた
ルルティリアとリリムノワール。
二人は何をするにも常に一緒で、二人でこそこそと内緒話をしたりする、とても仲のいい双子の姉妹。
元老院の面々にも大変可愛がられ、おじい様、おばあ様、と呼んで彼らにとても懐いていた。
はずだった。
「お掃除は終わったわね」
「ルル、お疲れ様。でも、無理に殺されてあげる必要はなかったんじゃない?」
「ヒトの言葉でいうところの、冥土の土産……というやつかしらね。ふふ、、たとえ知ったとしても今後に活かすことはできないけれど……まぁ、消滅してしまったあの人たちに何か配慮する必要なんてないでしょう」
ころころと愉しそうに笑うルルティリアを見ているリリムノワールは、同じようにとても愉しそうにしている。
咎める訳でもなく、何か要らぬ口を挟むわけでもない。
ただ、そう在るのが当たり前。
「しかし、君たちが分かたれた存在だということを知る者は、ほとんど居なかったようだな」
「お父様だったひとが、ひた隠しにしていたから…じゃないかしら」
「あと、お母様だったひとも、わざわざ言う必要はないとか、そう思ってたんじゃないかな。言ったところで、わたしたちを何か、どうにかできるわけじゃないんだもの」
「……ふむ、それもそうだな」
三人は穏やかに話をしている。
ルルティリアは、ふと自身の手の中に在る欠片を見て、ニタリと笑った。
「……本当に……おバカさん。分けたところで……何かどうにかなるわけでもなかった。お陰様で、わたくしがリリムノワールをとぉっても大切にして、離れないようになってしまう、とか考えなかったのかしらねぇ」
言い終わるとほぼ同時に、ルルティリアはぽい、と欠片を躊躇なく口の中に入れ、こくり、と呑み込んだ。
恐らくこれらの欠片をギルライハが取り込んでしまったとしたら、彼は先王のあまりの自我の強さに呑み込まれてしまっていたかもしれないが、ルルティリアは一応ながらも先王の娘。
そのまま呑み込んだとしても、体も精神も乗っ取られてしまう、だなんてことはありえない。
仮に乗っ取りにかかったとしても、ルルティリアにくらい尽くされてしまうから何も残らない。
どう足掻こうとも結果は、同じことだった。
「本当に、お馬鹿さんたちばかりで嫌になるわ……わたくしとリリを分けてしまったのは、他でもない……」
ルルティリアは、己の胸元をするりと撫でる。胸元から腹部にかけてを撫で下ろしてから、一度だけ軽く腹部にぽん、と触れた。
「ここに在る、大馬鹿者なんだから」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ルルティリアを腹に宿した当時の王妃と言えるべき存在は、暴れまくり、部屋の中が何とも凄惨なことになってしまった状態の、隅っこでガタガタと震えていた。
「いや……いやよ、こんなモノ……産み落としたら、わたくしは……!」
産めば、死ぬかもしれない。
腹に宿っている子の力があまりに大きすぎて、彼女の精神をじわりじわりと喰らい尽くしていかんばかりに、日に日に不安だけがとてつもなく大きくなっていく。
「いや……助けて、助けて……!」
震える王妃の世話役は、どうにかしてくれ、と王に縋る。
子を産むくらいで、こんなにも疲弊してしまっては王妃としての器を問われてしまうぞ、と叱りつけるつもりで王妃の部屋へと向かった王は、ゾッとした。
「……なん、だ」
禍々しすぎるほどの強い魔力に、ぶわりと汗が吹き出してしまった。
「おま、え……腹に、何を宿して……」
「貴方様との子です!いい加減にしてちょうだいな!!」
錯乱状態に近い王妃が叫んで、近くにあった花瓶を鷲掴み、王に当てようといわんばかりの狙いで、思い切り投げつけた。
がしゃん、と大きな音が響いて砕け、花は床に落ち、水は周囲に飛び散った。
「……貴様……!」
「王、妃殿下、今は争っている場合ではございませんよ!!」
今にも王妃に掴みかかろうとせんばかりの勢いで、王が一歩踏み出しかけた時に、王の部下が止めた。
彼は魔法の研究をしていたのだが、『お腹の子がどうなるかは分かりませんが、一つ、賭けをしましょう』と王に提案したのだ。
「なんだ」
「妃殿下の腹の中の子を、二つに分けてしまえば良いのです」
「……は?」
「お前、何を言っているのかしら……」
宿った子を分ける、だなんて聞いたことがない。それに、将来の後継者を殺してしまいかねない助言をしている、という自覚はないのか、と王も王妃も唖然とした。
確かに腹の中の子は、得体の知れないもの、という認識でいるが、だからとて殺したいわけではない。
「わ、わたくしの子に何かあれば、どうするというのですか!!」
「大丈夫です!」
「はぁ!?ふざけないでちょうだい!!」
これにはさすがの王妃も、別の意味で頭に血が上ってしまい、怒涛の勢いで怒鳴り散らした。
「得体の知れないものとはいえ、腹の中の子は可愛い我が子です!!それを……っ、お前ごときが……」
「……いや待て、王妃」
それを止めたのは、王だった。
「そなたの体が無事であれば、子はまた成せるであろう。だがそれには、そなたの体が無事だ、という前提条件が必要になってしまうのだ」
「それ、は……そう、ですが」
「大丈夫だ、彼を信じよう」
珍しく優しい言葉をかけてきている王に、じわりと王妃も絆されてしまう。
そうだ、むしろこんなにも恐ろしい存在を、うっかりの事故で消してしまえるのであれば、こんなにも心強く感じることはないかもしれない。
王妃は、ふっと笑みを浮かべて提案してきた研究者の方を向き直ってから、大きくなっている腹部を撫でた。
「遠慮なく、やりなさい」
「え」
「……そうよ、わたくしの体あってこそ、子を成すことができる。次代の王を生み出すことができるのは……このわたくしのみ」
正妃しか迎えない制度を採用しているから、今の王妃が死なない限りは次の妃はやってこない。
あれもこれも、ニンゲンの在り方を真似た結果のことではあるが、今回ばかりはニンゲンに感謝をしなければならない。
「だから……」
遠慮なく、何かを憂うことなく存分に。王妃はそう告げて、覚悟を決めた顔になる。
今まで泣き喚いていた人とは思えないほどに凛とした顔で告げる様子を見たその部下は、小さく溜息を次いた。
きっと、王妃は天秤にかけたのだ。
産むのは怖い。
自分の子を失うことが怖い。
王妃としては『産むのが怖い』という方が勝ったようで、心の中では『このような子など、いない方が己のためだ』と決めてしまったらしい。
さっきまで可愛い我が子、といっていたのにすぐさま心を変えてしまった王妃のことは、ある意味ニンゲンの生活を模しているからこそニンゲンらしくもある、と言って良いだろう。
ニンゲンには色々されてしまっているけれど、このような考え方を生み出すに至った件に関してだけは、感謝をしているとか何とか。
だが、これが彼らにとっての『最悪』を招くだなんて思っていなかったのだ。
魂、あるいは存在、ともいえるものを『分けた』ことによって、ルルティリア自身の力がほんの少しだけ弱くはなったものの、分けた先のリリムノワールがルルティリアに万が一があった時の『スペア』になってしまった。
ではルルティリアにとっての弱みをゲットできたのか、と問われれば答えは否、である。
結果として残ったのは、どう足掻いても現状としては勝てる見込みのない、本当の意味の化け物が生まれ落ち、先王や前王妃、元老院の皆さま方が消滅してしまう……いいや、消滅してしまった、という現実。
それを知るものはもう居ないし、時間を巻き戻すことだってできやしないのだから。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「ルル?」
「まぁ、リリムノワール。なぁに?」
「ぼんやり、してた」
「少しだけ、思い出していただけよ」
何がどうしたんだ、と問い掛けてくるリリムノワールは、一見無害そのものでしかないが、牙を向けば誰よりも獰猛な獣になる。
それを理解していなかった古い思考の『彼ら』が、ただ、滅びを迎えてしまっただけのお話、ということなのだから。




