身代わり人形
強い、とずっと言われ続けていたルルティリア。何かしらの弱点は無いものかと考えてみたが、それらしいものはない。
元老院の総力をもってしても、果たして何人生き残れるかどうか、というところ。だがしかしこれはあくまで、ルルティリア単体のみでの話であり、先王の欠片を一切取り込んでいない状態に限る、というもの。
「……厄介に育ちおってからに」
呆れたような、いたずらっ子に向けるような、懐かしさを感じるような、そんな声音を発したのは恐らく元老院の中でも様々な事情を知っている貴重な存在だろう。
先王とも親交が深く、ルルティリアやギルライハが小さな頃から知っている。だからこそ、彼らが脅威になってしまっていることが残念で、悲しくて……それでいて、哀れで仕方なかった。
彼らはきっと、この先王の最後の欠片を手に入れることはできない。
ルルティリアがいかに強くなろうとも、どう足掻いても彼女を滅してやろう、と考えてはいる。だがそれを表で考えることはしない。
だって、ルルティリアは思考を読むことができてしまうのだから。
そんな事をされては、計画が色々と台無しになってしまうし、ルルティリアは本来王に向いていなかったのだと、現在の地位から引きずり下ろすことだってできるに違いないと、そう信じている。
「さぁて、姫よ。少しこの爺と話をしないかね?」
「何を……話すというのかしら」
両者は、微笑みを崩さない。
笑ったまま、しかし目の奥には剣呑な光をやどしている。
油断したその瞬間に食らってやろう、そう考えているのだ。
「なぁに、昔話だよ。君が小さかった頃の懐かしい話をしようではないか」
嘘だ。
ルルティリアは直感でそう思う。
こんなこと、話す必要なんかない。こいつらから先王の欠片を奪い、体内に取り込んでから、本当の意味で先王全てを喰らいつくし、跡形もなくしてから自分が女王となって統べるのだ。
ニンゲンなんかを信じた先王までの、甘っちょろい世界なんか、もういらない。
ニンゲンなんかを信じてしまったばかりに、起こってしまっていた過去の悲劇を何度も何度も繰り返さないために、ギルライハやリリムノワールと約束を交わして、こうしているというのに。
それも全てルルティリアは隠し通してきた。
バレてしまっては消されるから、それだけはさせるわけにはいかないのだと己に言い聞かせ、先王に従っているフリをし続けて、嫌でたまらなかったニンゲン……もとい、アルハザードとの婚約も受け入れて、形だけとはいえ誓いを交わした。
もっとも、あんな嘘だらけの誓いなどルルティリアの中では既に無いものとして扱っているし、アルハザードが精神を病みきって発狂して死んでしまったとて何もルルティリアは気にしない。
あぁ、何か居たような気がするが何だったかなぁ。その程度なのだから。
「おや姫、どうなされた」
「おじい様、嘘がとっても下手くそになったわ」
「そうかね?」
「ええ。だって、わたくしのことをいつ殺そうか……そうお考えだもの。わたくし、嘘吐きって大嫌い」
拗ねたような口調でわざと言ってみれば、口元がひくついているのが見える。
あぁ、彼らのプライドを刺激するにはやはりこれが最適だった。
ルルティリアはどこまでも可愛らしく、従順に見えるように振る舞って見せつつも、元老院には心など一切許していない。
「それに、おじい様たちは……親ニンゲン派、ですもの。大好きになんて、なれないわ」
ふぅ、とため息混じりに呟かれたそれは、とてつもなく彼らの心にダメージを与えると共に、怒りも爆増させてしまう。
何も言わず、先王の欠片を持ったその存在は、ルルティリアに向けて飛び、手を肥大化させたかと思えば、ルルティリアをずたずたに切り裂いてやろうと言わんばかりに手を振るい、頭から腹部にかけて、斜めに容赦なく鋭い爪を振り下ろして彼女のことを引き裂いた。
「………………生意気な小娘だ」
ふーふーと荒い呼吸を繰り返しながら、その存在はルルティリアを忌々しげに見下ろした。
「フン、所詮子供。そのうち消滅……………………」
するだろう。
そうやって、きっと彼は言葉を続けたかったに違いない。
何故だか、彼の視界がブレてしまい、そのまま横へと吹き飛んでしまったのだ。
そのまま転がり、幾度も地に身体を打ち付けながら、ルルティリアから距離を無理やりに取らされてしまう。
「……げほ、っ」
あまりの衝撃と突然の出来事に、その存在はよろよろと起き上がろうとするが、背中を強かに踏みつけられてしまって、起き上がれなくなってしまった。
「ぐ……ぅ」
「そのままでいてくださいね、じじ様」
あれ、と思う。
「ギル……ライハ?」
てっきり自分を吹き飛ばしたのは、ギルライハだとばかり思っていたから、背中から聞こえる声が彼のモノだと判明し、痛みを忘れてぽかんとしてしまう。
何故、どうして、おかしい。
嫌な予感ばかりがぐるぐると巡り、視線は地面にしか向けることができないまま、背中を踏みつけられた状態で、身体には震えが走る。
「…………ルルに、なんてこと、するの」
低い低い、怒りを宿した声に、ぶわっと鳥肌が立ってしまった。
恐怖なんて、抱くわけがないと思っていたのに、今まさに恐怖が彼のことを支配している。
少しだけ視線をあげた先に見えたのは、漆黒。
つまり、ルルティリアの半身ともいえる存在である、リリムノワール。
「……リリム、ノワール……?」
「……許さないから」
会話が成立しているのか、いないのかは分からない。もしかしたら成立させる気がないのかもしれないし、あるいは、リリムノワールが怒りで我を忘れているだけなのかもしれないが、それは分からない。誰にも判断できない。判断できるのは、リリムノワールただ一人。
「リリ、お願いできるかな」
「勿論。わたしは、そのために在るんだから」
ギルライハの声に、リリムノワールはとてもとても穏やかな声で告げてから頷き、目にしたくないほどの大怪我を負っているルルティリアの傍に座り込んで、こつん、と額を合わせた。
ふわり、と温かな風が吹いたかと思えば、あっという間にルルティリアの身体そのものが光に包まれていって、みるみるうちに傷口は塞がっていき、何も無かったかのように、完治してしまう。
それに伴ってドレスまで治り、何かありましたか、と問われても『何も無いですよ』としか返せない状況になり、ギルライハが踏みつけている存在は、目を丸くした。
先王の話していたことが本当だと知り、理解する。
「(殺すべきは、リリムノワールであった……!)」
とさり、とルルティリアの身体の上にリリムノワールが倒れ込む。
ゆらぁりと手が持ち上がって、ルルティリアが起き上がりながらリリムノワールの身体を抱き締めつつ、視線をじぃ、とギルライハの足の下の存在へと向けた。
「遅いのよ、気付くのが。お父様だった人から少なからず聞いていたのではなくて?」
丁寧にリリムノワールの身体を扱いながら、手のひらを彼女の額にかざせば、みるみるうちに血色が戻り、ぱちり、とリリムノワールも目を覚ました。
「……あれ、早かった」
「おはよう、わたくしの愛しいリリムノワール」
「ルル、おはよう」
大好きな存在を視界に入れたリリムノワールは上機嫌で笑みを浮かべ、よっこいしょ、と言いながら起き上がる。
そして、場違いな程に可愛らしく微笑んでみせたかと思えば、ギルライハの踏みつけている存在に向けて口を開いた。
「殺すなら、わたしとルル、両方同時じゃないと駄目よ?あぁそれから、わたしの方が先に絶命しないとダメ。でなければわたしの命がルルに充填されちゃうから」
分けられた双子、ルルティリアのためだけに存在する半身であるリリムノワール。
彼女の役目は、ルルティリアを守ることでもあるが、今代のニンゲンとの橋渡し役にして、『ルルティリアに万が一が起こった時のスペア』という存在。
「……なんで」
「知らなかったでしょう、おじい様」
ルルティリアも、リリムノワールも、微笑んでいる。
黒と白、似て非なる二人なのに、笑顔の質はほぼ同じ。顔は違うはずなのだ。
――なのに、まとう雰囲気も何もかもが同じだ、と思えてしまう二人。
「わたくしたちの親はね、わたくしを怖がったの。だから、二つに分けた。分けないと、すぐさま自分たちが殺されてしまう、って分かっていたんじゃないかしら。そうしたらね、わたくしのフルパワーって出せない、って思ったんだと思うの。……でも、それなら自分で自分を強く鍛えてしまえば良いだけのこと、でしょう?」
この娘は、一体何を言っているのか、と愕然とした。
あまりにも規格外だから、何を話しているのか理解が出来ない。いいや、理解をすることそのものを拒んでいるとでも言わんばかりに、考えることを拒否している。
「おまえ、ら」
「うふふ、楽しいわね。ねぇ、おじい様?」
「クソジジイのこと、大嫌いだった。だからね、さっき殴れて嬉しかった」
不穏なことを平然と言い放つリリムノワール。
心底今の状況を楽しんでいるルルティリア。
二人はとても楽しそうにしている雰囲気はまるっと同じで、並んで立っている姿はいつも通りの綺麗で、神秘的で、愛らしい二人のまま。
ギルライハに踏みつけられた状態で、二人を呆然と見あげることしか出来ていなかったその存在は、気が付かなかった。
まるで魅了されてしまっているかのようにして、動けない自分のところに、二人がじわりじわりと近付いてきていることだけは、分かっていたけれど、ルルティリアが何をどうしようか、だなんて。
「まさか、あれだけお父様だった人と親しかったおじい様が、わたくしたちの秘密を知らないだなんて……びーっくり。でも大丈夫、知ったけれどそれを誰かに教えることはないの」
声が、不意に近くなった。
「え」
「ばいばい……おじいちゃま」
幼い頃の呼び方そのままに、だがしかし見た目も声も何もかも成長しているルルティリアは、遠慮なくその存在の頭をぐしゃりと潰す。
もしかして、これは温情なのかもしれない。
頭を一気に潰してしまえば、苦しむことは少ないから。
最期のルルティリアからの情けなのだろうか。
いいや、そんな訳はない。
ただ、切り刻むことが面倒で、ダルかっただけ。しかしそれが死にゆく存在に察知されなければ……ルルティリアが情けをかけたのだ、と勝手に認知されて消滅していくだけのこと。
「……呆気ない」
「そんなものよ」
二人の姫は、消滅した後にころり、と転がった欠片をじっと見る。
ルルティリアがそれを無造作に掴んだかと思えば、ぽい、と飲み込んだ。
「つまらせないでね?」
「いやねぇ、そんなことしないわ。心配性なんだから」
「おっきい」
「大丈夫よ、んもう」
「俺も心配したぞ」
「まぁ、ギル様もそんなことおっしゃるの!?」
仲良く話している三人が、ここに居る元老院の面々を壊滅させた……など、信じる者はいるのだろうか、と問われれば、残った『彼ら』は全員信じるだろう。
それほどまでにルルティリアの力はとてつもなく、途方もなく、凄まじいものであったのだから。
だがしかし、リリムノワールの『役割』を知るものは、ルルティリアとギルライハのみ。
己の唯一の弱点で、最愛の半分の情報を外に漏らす訳にはいかない。
だから。
「残りは食べちゃいましょう」
何気なく放たれた言葉と同時、ルルティリアは完全体へと変貌する。
その力は凄まじく、彼女の影がぐん、と伸びたかと思えば、勢いのままに残っていた元老院の存在を頭からぱくりとおさめてしまった。
こくん、と飲み込む動作をしてからルルティリアは嫌そうに顔を顰めて、ただひと言、告げた。
「…………まっず」
そうして、元老院、と呼ばれていた彼らは一人残らず、消滅してしまったのである。
「飲み込む、っていったのルル」
「同感だ」
「こんなに不味いと思わなくて……(うえっぷ)」
という物騒な会話がされていたとか、されていなかった、とか。




