【最終話】御伽噺の続く先
きゃっきゃっ、と楽しそうな声が、執務室まで聞こえてきていた。
窓を開けているからか、あるいは子供たちの声を聞きたいと思うからなのか。どちらでもまぁいいか、とルルティリアは微笑む。
ルルティリアが治世を行うようになってから、力こそ全て、が徹底されつつも話せばわかる、ということも両立された世界が完成しつつあった。
王座が欲しければかかってこい、余程のことがない限りは世襲制とする、という決まりを作ったルルティリアに最初こそ反対はされたものの、結果として彼女が産んだ子らは幼い頃のルルティリアを彷彿とさせる強さを有していた。
であれば、取り入る方が良い。
そう判断した権力者たちは、ルルティリアの子供たちに対して、自分の子を引き合わせようと躍起になっていた。
「まるで、ニンゲンねぇ」
「仕方あるまい、こうして我らは育ってきたのだから。……悪しき習慣……ではあるが、一先ずニンゲンの動き方を学ぶ、という意味では良い経験となるだろうさ」
「そうですわねぇ」
のほほんとした会話だが、我が子らが転んだりしないようには気を配っている。
ギルライハとルルティリア、二人揃って書類を整理しつつ、時折やってくる役人たちと会話をしながら仕事をすすめていると、ぱたぱたと走ってくる足音が聞こえてきた。
「……あら?」
「おや、声が止んだ?かな?」
さっきまで中庭で遊んでいたはずの声がいつしか止まり、可愛らしい複数の足音が聞こえている。それも、執務室に向けて。
「どうかしたのかしら」
うーん、と伸びをしたルルティリアは、ちらりと宰相に視線をやってから目配せをする。
察してくれたのか、宰相はメイドに合図をしてやってくる頃にちょうど準備が完了するようにと、お茶やお菓子の準備を開始してもらう。
最凶、と呼ばれているルルティリアとて、子を産めば親としての役割をきちんと行う。
放置していては成長しないし、自分だって親からきちんと育てられたから今の『自分』があるのだ、と理解もしている。
小さな足音は次第に大きくなってくるから、間違いなくここにやって来るのだろう。
外では何だか慌てているらしいメイドの声も聞こえてくる。
「まぁまぁ、やっぱりこちらに来るのねあの子たち」
「執務中だとあれだけ言ったのに……」
「大丈夫ですわギル様」
言い終わるかどうか、というくらいで夫婦二人の執務室がずばん!と開かれ、駆け込もうとした子供二人をがっちりと左右の手で引っ掴んだリリムノワールが、地を這うような声で呟く。
「…………ルルは、仕事中」
「リリおばさま!」
「リリムおばさま!!」
二人の子供をまるで荷物を持つかのように軽々と持ったリリムノワールは、相変わらずの美貌でのしのしとソファーまで歩いていき、二人をぽいっ、とそこに投げた。
「リリ、一応俺たちの子供なんだが」
「躾、大事」
真顔で語るリリムノワールは、この二人の遊び相手をよくしているからこそ、断言できている。
何せ自分たちの幼い頃とほぼそっくりなので、日中元気のある時のやんちゃぶりときたら……と思わず遠い目をしてしまったほどだ。
「ありがとう、リリ。助かったわ」
「あのままだと、前の二の舞になった」
前の、というのは通称・執務室襲撃事件である。
別に大したことでは無いのだが、ルルティリアとギルライハのお子様たちがいきなり、なんの前触れもなく執務室に突撃をかましてしまった、というもの。
ギルライハからの特大の雷も落ちたので、反省したかと思えば一週間経過しない内に突撃してきた二人。
ソファーにぽい、と投げ出されてしまい、しゅんとしているが、果たして反省しているのかどうか……と、ルルティリアが苦笑いを浮かべる。
この光景だけ見れば、まるで人間の営みそのもの。
だが、違うのだ。
どこまでいっても、彼女らは人ではない。ニンゲンの真似をしているのは、紛れて動く時に便利だから。それだけである。
「さぁて、今日は一体何なのかしら?ことと次第によってはお母さま、とーっても怒っちゃうわよぉ?」
「うっ」
「お兄さまがあたしの『箱庭』壊そうとするの!綺麗にしてるのに!」
「……まぁ」
何ということを、とルルティリアの目が少しだけ鋭くなった。
「だ、だってこいつの『箱庭』穏やかなだけでつまんなくて」
「それが良いのに……まだまだ分かってないわねぇ」
「そもそも、人の『箱庭』には手を出さない。そういう決まりだぞ」
いつの間にかやってきたギルライハが、目付きを鋭くして息子のことを注意する。
息子が一人。
娘が一人。
息子の名前はコーラル、娘の名前はアイヴィーと名付けられた。
ひとつしか違わないが故に、二人は大変仲良しなのだが、コーラルがとんでもないいたずらっ子に育っていた。
「……コーラル、またやったの」
ジト目で見下ろしてくるリリムノワールの迫力も凄まじく、コーラルは思わず背筋を伸ばしてからぶんぶんと首を必死に横に振る。
「その、あれこれやりすぎたとかじゃないもん!俺はちょっと刺激を……」
「いらないもん!お兄さまのばーか!!」
「いらない、って言われてるんだから、余計なことしちゃいけないわよ。めっ」
ルルティリアによって、割と容赦のないゲンコツがコーラルに落とされる。
ごず、と結構すごい音がして、ギルライハとリリムノワール、そして役人たちやメイドたちが『あらまぁ』と可哀想な顔を浮かべており、コーラルは頭を押さえてブルブル震えていた。
「痛い……」
「痛くしたんだもの。でもそうねぇ、コーラルがお兄さんだけど……」
ちらり、とルルティリアは娘に視線をやる。
「アイヴィー、お母さまに見せて頂戴」
「はい」
どうぞ、と手渡してくる『箱庭』と呼ばれるソレを、ルルティリアはじぃ、と見つめた。
「ふぅん……」
とても完成されている風に見えるそれを、隅々まで見てから、ルルティリアはそっと娘の頭を撫でる。
「とぉっても綺麗に作れているわ。偉いわね、アイヴィー」
「本当!?」
「えぇ、お母さまが嘘をついたことがあった?」
「ないわ!」
キラキラと目を輝かせている愛娘が可愛らしく、そっと『箱庭』を手に取って、一旦テーブルの上に置かせた。
そして、ぎゅう、と娘の体を抱き締めてやってからぽんぽん、と背中を叩きつつ囁きかける。
「もしかしたら、アイヴィーの方が向いているのかもしれないわ。管理者、目指してみる?」
「え……」
ルルティリアの言う『管理者』とは、所謂ニンゲンに対して接する機会のある者のこと。
それ即ち、ルルティリアやリリムノワールのように、ニンゲンとの間にたち、自分たちという存在を崇めさせることの役割を担う=次期王位継承者の証でもある、ということ。
「アイヴィーの方が俺より年下なのに、ずるい!」
「まぁ、争いばかりの『箱庭』では壊れてしまうでしょう?……泡沫の夢を、見させてあげないと……うまいこといかないわ」
「でも……」
「あなたの言い分も分かるわ、コーラル。でもねぇ……」
「ニンゲンは、都合のいい目先しか、見ていない」
間に割って入ったのは、リリムノワール。
「でも、ルル」
「あら、なぁに?」
「コーラルはコーラルで、目の付け所が良いとは思うよ」
「?」
はて、と首を傾げていたルルティリアだったが、何となく意図を察してからか、『あぁ』と呟いた。
「甘ったるい世界と、飴と鞭を使い分ける世界」
「そう」
「……へぇ……そう……」
コーラルは意図が伝わった、と顔を明るくし、アイヴィーは少しだけ不満そうな顔になっている。
「優しい世界で、こちらが与える恩恵を思う存分受け取って、感謝してくれれば祈りの力も大きくなると思うんだけどなぁ」
呟いている内容は、確かにその通りかもしれない。
実際、ルルティリアが以前とある国の王太子だったお馬鹿さんと婚約者だった頃は、そうしていた。
結果としてダメになったが、あれはそもそもルルティリアが見捨てると決めて接していたからこその結果であり、もし甘やかしまくっていたら一体どうなっていたのだろうか。
「……」
ふと、ルルティリアがリリムノワールを見る。
「……エステルのことは、きちんと甘やかしまくったけど、茶々がいつも入るから、必ずしもアイヴィーみたいに行っている、というわけではないわ」
「意図を汲んでくれてありがとう、大好きよリリ」
「うん」
にこ、と微笑んだリリムノワールは、改めて『箱庭』を眺めた。
「……理想的な溺愛ね」
「そうでしょう!御伽噺みたいにしたかったの!」
「まぁ、どうして?」
「だって、御伽噺はいーっつもハッピーエンドで終わるでしょう?」
だからね、とアイヴィーは言葉を続ける。
「どこまでも甘やかしてあげたら、きっと御伽噺のようになるわ、って思ったの!」
屈託のない笑顔で言われた内容に、ギルライハもルルティリアも、思わず目を丸くした。
まさかそんなことを考えていたとは……と思う一方で、これは良い実験ができる、今までと異なる接し方にしてみればどう変化が起こるのかを観察できる良い機会だ、とも思った。
「そうねぇ……じゃあ、二人が持っている『箱庭』を……本格的にもっともっと弄りましょうか」
「本当!?」
「やった!」
どこまでも無邪気に、楽しそうに笑いながら、すっと中身に手を伸ばしてアイヴィーはことん、と何かを動かした。
「ここは、こう……っと」
にこにこしながら動かしているそれは、人型の何か。
壊さないように、注意深く。
「うふふ、これで良し……っと!」
無邪気に笑いながら動かしていたのは、玩具ではない。
本物の人間を閉じ込め、まるで人形遊びをするかの如く『彼ら』のまさしく手の中で動かして、幸せを享受させる。
そうして得られた力を、効率よく回収していく。
自覚がないまま、ニンゲンは搾取されるが、それ以上の幸福を与えられる。
飢えることもなく、災害に襲われることもない、平和な一生を保障されている場所から、誰が出たいと思うのだろうか。
「お母さまたちの物語も、教えて?」
「なんかさ、前は人間を守りたいとか、共存とか、そういう馬鹿げたことしてたんでしょう?
「まぁコーラル、言い方がなっていないわ」
何でもない会話だが、どこまでいっても人間たちは対等ではなくなっていることだけは、理解できている。
壊したのは、アルハザード。
だが、それよりも前から、ルルティリアたちが胸の奥に秘めた願いを叶えるために、動いていたという、それだけのお話。
故郷に帰ってきたルルティリアは、人間界に行っていた頃のような憂いなど、無い。
ただただ、願いを叶えるために動いたルルティリアが、本来の婚約者の元に戻って、笑っていられる未来を作り上げていく、そんな御伽噺のような――いっときの体験談だったのだ。




