24.「あいさつ回り」
鬱々とした雰囲気の中、ルルティリアの綺麗な文字の手紙を読んでいる元老院の長老たちは、頭を抱えていた。
あの聡明な姫が、どうしてこんなことをしたのか、と思っているのだ。
「どうして先王様を……」
「いや……先王様を屠ったのは、どうも双子の妹姫のリリムノワール様のご様子」
「何ということを!」
ざわざわ、と騒ぎが広がっていく中、一人が口を開いた。
「今日、かの姫はやってくるのだろう?」
「…………」
手紙に書かれていたのは、『親愛なる元老院の皆さま方へ。ルルティリアがご挨拶に参ります』という簡潔なもの。
ただ、それだけなのに彼らはそろって胸騒ぎを覚えていた。
「……案ずるな、かの姫は我らのことを大変慕ってくれているではないか」
「それは幼い頃の話だろう?」
「だとしても」
ぐ、と一人が拳を握る。
「だとしても……だ。我らはこの世界を統べる存在を支えてきた元老院なのだぞ。あのような小娘に、一体何ができるというのだろうか」
にた、と意地悪い笑みを浮かべたその人物は、そのままゆっくりと拳を天へと突き上げた。
「たとえかの姫がいかに強かろうとも!……たかが小娘一人、どうとでもなる」
彼らは知らない。
ルルティリアが、ギルライハにたかる虫を、何の戸惑いもなく消滅させたことも。
そして、リリムノワールが滅した先王の欠片を集め尽くしてしまっており、彼女がほぼ完全体に近付いている、ということも。
別に何かをどうしろというわけではない。
ただ、ルルティリアはこれまで何もしていなかったわけではなく、水面下で、慎重に、知られないように慎重に行動をしてきた結果として、アルハザードの国から遠慮なく加護を引き上げさせた。
精霊たちも虐げられていた恨みから、喜んで力を彼女に貸した。
親人間派も、あんなことを我らの姫にするなんて、とすっかりルルティリアの言葉を信じてしまっているから、裏切ることなんてしない。
ルルティリアは、色々な面々と、しっかりとお話をしたのだから、彼女の『想い』はきちんと伝わっているし、分かってくれない者に関して、ルルティリアは何度も何度も説明を繰り返して、理解させた。
地盤は、この元老院の者たちが知らない間に、あっという間に固められてしまっているとも知らず、彼らは幼い頃のルルティリアを思い出しているだけ。
「良いか、所詮先王の忘れ形見というだけの小娘でしかないのだから……」
「だから、なぁに?」
「…………え」
元老院の面々がいるこの場所は、普通には入ってこられないように、強固な結界により守られているはずだった。だというのに、今背後から聞こえてきた声は、紛れもなくルルティリアのもの。
皆の目が、ルルティリアの声を直接聞いた一人の、背後へと向けられている。
「……まさ、か」
「お久しぶりでございますわ、元老院のおじい様たち」
ルルティリアの声を聞き終わるかどうか、というところで、視界がぐるん、と一回転した。
「!!」
かと思えば、そのままの勢いで強かに床へと叩きつけられてしまう。ドン、という衝撃と共にやってきたのは、一瞬の呼吸停止と激しい背中の痛み。
「――かは、」
「おじい様、駄目ですわ。気を抜いては……ね?」
にこ、と微笑んだルルティリアは、彼らの目にはどこからどう見ても成人済みにしか見えなかった。
かつて、『おじいちゃま、おじいちゃま』と可愛らしく追いかけてくれていたというのに。今はどうだろうか、そんな面影、一切ない。
倒れ込んでいる者を見下ろして、とても楽しそうに笑っている。
「それから、ここに来てほしくないのであればもうちょっと結界を強くなさいませ。こんなもの……」
ルルティリアは、すっと手を横に薙ぎ払うような仕草をすれば、ガラスが割れるような音と共にバリン、と結界は呆気なく崩れ落ちていく。
姿隠しの術も同時に展開していたが、それも一緒に解除されてしまった。
「何と……強い……」
「強い?」
きょと、と目を丸くして首を傾げたルルティリアは、倒れて未だ呻いている彼のところに行って、遠慮なく背中を踏みつける。まるで、害虫にトドメをさすかのように。
「貴様!」
「いくら姫といえ、それ以上は容赦しませぬぞ!」
「…………いやだわ、わたくしもう『王』です」
微笑んだまま、ルルティリアは静かに答える。だがその答えは、一蹴された。
「何が王か!次代の王はそこなギルライハ殿ではないか!」
「……ルル」
「ごめんなさい、ギル様。わたしくうっかり」
「まったく……」
二人の会話の意図が、見えない。
王は紛れもなくギルライハである、と宣言もされているはず。だというのに、どうしてルルティリアは笑顔のままなのか。
「表向き、なんですの。ギルライハ様の『王』宣言って」
えへ、ととても可愛らしく微笑んでいるルルティリアは、記憶の中の幼いルルティリアだった。だが、目の前のルルティリアは笑顔だというのに気配はとんでもなく禍々しい。
「なんで」
口の中が、かさかさと乾いていく。
「その方が、わたくしが動きやすいからです。それ以外に何か理由ってございますでしょうか」
にこにこと笑っているルルティリアの言葉に嘘はなく、真実だけが込められている。
そして、楽しそうなままでルルティリアは言葉を続けていく。
「そもそも、わたくしを始めとした……ええと、そうですわね……『改革派』とでも言いましょうかしら。そういう者もいるんですの。ほら、例の国から加護を引き上げたでしょう?」
何を言うつもりなんだ、コイツは、と思えばこそ誰もが口をはさめないままで、ルルティリアの言葉の続きを待っていた。
「その話って、お父さまが王として存命していたときからずーっとあったんです。ああ勿論、お父さまの側近も同じようなことを仰っていて」
次々明かされていく、とんでもなさそうな話に、元老院の内の一人が、ふらりとよろめいた。
「そもそも、盟約だからとてあんな馬鹿どもに加護を与え続けるだなんておかしいこと。であれば、他に加護を与えつつこちらの力を増やしていくことの方が大事じゃございませんこと?」
「それ、は」
「もっともっと効率の良い力の回収方法があるのに、それを試さないだなんて勿体ない話ですし。そもそも、あの馬鹿に加護を与えていたからお父さまだった者は、自身の力をも削ぐ結果となってしまったじゃないですか?」
それは、と誰かが呟く。
実際、先王はとても力が弱っていたのを訝しがっていたにも関わらず、何も対処しようとしていなかっただけの話。ルルティリアは先王とは異なって、行動に移しただけ。
「だから、わたくしあっさりお父さまを殺せましたし」
玩具買っちゃった、くらいの軽い口調で言いきったルルティリアを見ている面々は、考えた。
これは、本当に我らの知るルルティリアなのか――。
「弱いものはいらない、が……我らのモットーではありませんか。何か違いまして?」
違わない。だからこそ、今度こそルルティリアのことを恐ろしい、と感じている。
今更なのかもしれないが、先王こそ絶対だと信じていた彼らにとって、あまりの衝撃だった。
「違わない、が」
「俺が王では困るのだよ。王の直系の者でなければ欠片はとりこめない。だから、俺は王になり得ないし、なる気もない。ルルティリアこそが我らの王にして、古きものを打ち壊す至高の存在である」
淡々と答えるギルライハの言葉に、嘘はない。そして彼はルルティリアのことを心から愛している。
「俺が、表の『王』候補となっていたのは、ルルティリアからの願いだ。実際そうなっていなかったら、ここまでルルティリアは行動出来ていないのだから」
「ギル様にはご面倒をおかけいたしました」
「直系のものが許可をした場合にのみ、欠片を取り込むことは可能ではあるが……あの先王のことだ、俺が取り込もうとすれば、俺の体を乗っ取りにかかる、くらいの芸当はしてみせるだろうさ」
何でもないかのように語るギルライハと、それを良しとしているルルティリアはとても嬉しそうで。
「おじい様たち、きっと長く続きすぎた我が父だったモノの治世に、慣れ切ってしまっていたのではございませんか?平和ボケ、とヒトの間では言うそうです。だから……ちょっとだけわたくし、大暴れさせていただきたいな、って」
微笑んだルルティリアは、すっと指をさす。
「だから――」
誰にしようか、と狙いを定めるかのような動きで、ゆっくりと一人ずつ、騒然六人を順番に指さしていった。
「先王の飛ばした欠片を保存しているのであれば……わたくしにくださいませ。くださらないのであれば……」
ふと、ルルティリアから穏やかな表情が消える。
彼女に残るは、残忍な笑み。
「死んでくださいませ。世代交代、というものでございますわ」




