23.確認
あの後、表面上の『お付き合い』を終えて、リリムノワールは元の世界へと戻ってきた。
ゲートを潜り抜けた先で、ルルティリアが立っている。珍しいこともあるものだ、と微笑んで近付けば、ルルティリアがリリムノワールの頭をよしよし、と撫でた。
「できるじゃないの、さすがね、リリ」
「一応」
ちょっと考え方を変える、ということがとっても面倒だったけれど、所詮ヒトなんてこんなもの。自分の言葉一つでいくらでも諍いを起こしてしまえるほどの単純さを持ち合わせているヒトに関して、ちょっとだけバランスを崩してやれば、こんなことがあっけなく起こるということを実感した。
だがしかし、これではルルティリアにはほど遠い。
そして同時に、かの国……アルハザードとかつてルルティリアが婚約をしていた時のことを思い出して、リリムノワールはじぃ、とルルティリアを見て口を開いた。
「ねぇ、ルル。ちょっと気になっていたんだけど」
「なぁに?」
「前に……ええと、あれ、何だっけ。そう、アルハザードとかいうニンゲンのところで話していた、こと」
リリムノワールはアルハザードが思い出せないのか、首を傾げている。一体どうしたんだろうか、と様子を伺っていたルルティリアだったが、もしかして、と口を開いた。
「……数代前から、わたくしたちの王が、守る対象を変えていっていた……っていうお話?」
「そう、それ」
うんうん、と頷いてリリムノワールはぱっと表情を明るくした。そして、ずばり問いかける。
「本当に、そうなの?」
「そうじゃなかったら、どうする?」
問いかけに、問いかけで返されれば、リリムノワールは大体怒って暴れまわる。だが、それをしないのは相手がルルティリアだから。
己の半身、己の唯一。
「なぁんだ、やっぱり違うんだ」
半身からの思っていなかった言葉に、ルルティリアは思わず目を丸くした。
「え」
「何か、そんな気はしてた。でも、何であんなこと、言ったのかな、って思って」
アルハザードがいた国は、もうない。
それに、『次』を担っていたのはルルティリアではなく、リリムノワール。だから少し前にルルティリアが言っていた『守る対象を少しづつ変えている』というのは、丸っと彼女の出まかせ、というわけだ。
「面倒なこと、したのね」
「まぁ、わたくしのリリムノワールったら。いつから気付いていたの?」
「ルルのことは、見てたから。大体知ってる」
それに、とリリムノワールは言葉を続けた。
「ああやれば、ヒトは……本性をあっという間にさらけ出す。今回の件で、わたしはそれを、学んだの」
「そうね」
ちょっとだけ煽れば。
バランスの悪いところに立っているヒトを、ほんの少しだけ押してやれば。
「――いくらでも、崩れていくんだもの」
アルハザードは、壮大な勘違いをしていた。
『彼ら』のおかげで、国が栄えていっていたにも関わらず、驕った。
『彼ら』ではなく、ヒトがいつしか主流となって、国を栄えさせていっていたということ。
大馬鹿者、だとしか思えなかった。
いつからか、信仰心が減っていたことには気付いていたけれど、僅かな信仰心だとしてもそれは『完璧な信仰』に近かったから、ルルティリアたちは力を保っていられた。
「勘違いをしていたお馬鹿さんを煽って、勝手に自滅へと歩いていってくれたら、楽でしょう?」
「精霊を引き上げさせた時も、そんなこと言ってたね」
「精霊の加護も、我らの守りもないちっぽけなヒト風情が、どうして天の怒りを……地の嘆きを、すべて抑え込めるなどと、思いあがったのかしらね。うふふ、面白ぉい」
ころころと鈴の転がるような笑い声で、ルルティリアはひとしきり笑って、はぁ、と息を吐いた。
「加護を引き上げて、すぐに次が見つからなくても多少は大丈夫だったけど、思ったよりリリムノワール、貴女の働きが大きかったおかげで、とんでもない力を手に入れられたわ。ありがとう」
「どういたしまして」
「――ところで」
「なぁに?」
褒められるなら、次期女王たるルルティリアに褒められることが何よりも嬉しい。
そう思いつつ、リリムノワールはこてん、と首を傾げた。
「貴女が今、加護を与えている国の……あのお邪魔虫さん、どうしたの?」
「ん?」
はて、と更にリリムノワールは不思議そうにしてからうーん、と唸っている。
この片割れ、確かにヒトに対してびっくりするほど興味もないし、そもそも興味を抱こうともしていないけれど、まさかここまでとは、とルルティリアはさすがに驚いた。
リリムノワールの興味の対象は、ルルティリア。次にギルライハ。
その他大勢の上位存在は視界にすら入れているかどうか危ういし、そもそもルルティリアの治世が始まれば邪魔者はもりもりと消していくことだろう。それも、嬉々として。
「ええとね……どうだったかなぁ……」
うんうんと唸りながら、はっとようやく思い出したのか、ぽん、と手を打ってからリリムノワールは珍しく満面の笑顔を浮かべ、こう言った。
「死んではいないけど、真っ暗闇」
「……?」
はて、とルルティリアが首を傾げたが、一つ思い当たることがあって珍しくたらり、と冷や汗を垂らした。
「貴女……結構とんでもないことをしたのねぇ……」
「三日くらいで出て来られるようにはしているよ? ちゃあんと、手も打ってある」
「どんな?」
片割れがどんなことをしたのだろうか、とルルティリアは好奇心が抑えられず、問いかける。
だがしかし、相手はリリムノワール。
きっと、ヒトにとってろくでもないことにしかならないだろう、とどこかで考えてはいるものの、答えは予想通りのものだった。
「真っ暗闇から出てきたらね、エステルの国の真ん中に転移するようにしているの。周囲との時間をね、ちょっとずらしておけばいいかな、って」
にこ、ととても綺麗で可愛らしい笑顔で、リリムノワールは言う。
なお、リリムノワールの言うところの『ちょっと』は、一年や二年ではない。
きっとその時間はエステルの命が尽きる、それくらいの時間。
「あの子の死ぬ前に、最後に会わせてあげる。……ふふ、優しいでしょ」
「そうねぇ」
「気付くの、どうしてエステルは、こんなにしわくちゃなんだ。何で周りはこんなにも穏やかなんだ、って」
「まぁまぁ」
「真っ暗闇の中での体感時間と、現実時間、目一杯離しておかなくちゃ! ああそうだ……あいつの大事なヒトにも良いこととしてエステルに伝えに行かないと! 楽しみ!」
あはは、と心から楽しそうに笑って言うリリムノワールを見ていたルルティリアは、視界の端にギルライハを捕えた。
「……あ、ルルはこれからギル様とお出かけ?」
「ええ、『あいさつ回り』よ」
知っている。
ルルティリアが、先王の欠片を根こそぎ集めたことを、良しと思っていない人がいるから、ご挨拶に行っているのだと。
だから、リリムノワールは微笑む。
「そのうち、お掃除、手伝うね」
「ええ、ありがとう。リリ」
微笑み合って、一旦姉妹は別行動になった。
「――リリムノワールは、大丈夫なのか」
「まぁギル様、ご心配?」
「いや……」
少しだけ言い淀んだものの、間を開けずに呟いた。
「あの子の、虚無に呑み込まれれば……誰も浮上できまい。だが、ヒトはそれで良いやもしれん」
「……ええ、本当に」
だからこそ、リリムノワールを己の後任にしたのだ。
飲み込んで、吸い尽くして吐き出すまで――餌を食らいつくして、骨までしゃぶって、また次にいく。
これからは、そうなるのだから、親人間派の皆さまにとっては紛れもない地獄だろう。
双方が幸せになるためには、これが手っ取り早いのだから――仕方ない。




