第四話 ヨンケーレ大平原の戦い。 その1
「戦線が押されています!」
「ブライモ伯爵軍が援軍の要請です!」
「ドクレイ伯爵軍も再三の援軍要請です!」
ここは、シュタイア公国領内ヨンケーレ大平原の対カーリアン帝国の前線陣地。
ヨンケーレ大平原はシュタイア公国の中央部から東部全般に広がっている平原で、平時では放牧に使用される比較的安全な平原だ。起伏も少なく。点在する湖により水源も確保できる動物たちにとっての楽園となっている。
ただし、今現在の基地に寄せられる情報は全て苦しいモノであった。
戦線が押され、あちこちからの援軍要請に本隊は動けなくなる。
本隊も押されており、各地余裕がない。
また、今回の戦は守備防衛の為に例え勝っても、土地が貰えるわけでは無い。
ただ、自分の土地を自分の地位を守る為の戦いだ。
どこも、自分の被害を最小限にしたい。
シュタイア公国は国軍と呼ばれる組織は近衛兵団しか無い。
名前が示す通り、王を守るのがメインで遠征に向かう事は殆ど無い。
その為、領地を統べる貴族たちが、それぞれ兵を抱えるという形を取っている。
各貴族からの徴収も少なく、王領も少ない。王城がある周辺の地域のみである。
従って、収益の殆どを各貴族が握る状況となっている。
その為に各貴族が軍隊を持つ。そして、その軍隊は各貴族に属す為に、統制はとりにくい。
よって、カーリアン帝国の様に国軍が整備されている国に比べると、組織力は歴然の差が出来てしまっている。
「厳しいか。」
そう呟くのは、シュタイア公国の総大将を任されたドミニク公爵だ。
ドミニク侯爵は先代シュタイア公国の王弟の次代である。
常に戦場を駆け回る事で、現在の地位を維持し誇示している。
歴戦の猛者であり、戦上手で知られている。
今までにあったカーリアン帝国からの侵略戦争にも何度も参戦している。
「やはり、カマズ王太子の言う通り、真剣身が違うという事か。」
カーリアン帝国からの侵攻があったと聞いた時に、カマズ王太子とドミニク公爵は話をしていた。ドミニク公爵が戦準備をしていた時に突然カマズ王太子が訪問してきたのだ。
『今回のカーリアン帝国による侵略戦争はいつもと違います。本気で潰しにくるでしょう。』
『何故ですか?』
一呼吸置いて答えられた内容をその時のドミニク公爵は笑った。
『世界の気運です。そして、世界は統一へと野望を持った者達が動き出しました。その一つがカーリアン帝国のカーリアン皇帝です。』
何故、王太子に世界の情勢が分かるのか?
そもそも、気運とはなんだ?馬鹿々々しい。そう思ったのだった。
それに、自身の部隊の戦力にも自信があった。負けるハズが無い。そう思っていたのだ。
「くっ!」
先見の明を持っている人物。それがカマズ王太子という事なのか。もし真剣にカマズ王太子の話を聞いていて、対応しておけば、もう少しマトモな戦が出来たのかもしれない。
自分の情報力や分析力が優れていれば・・・。
そう思うと、拳に力が入る。
「敵!本体と思われる部隊がここへ迫って来ています!」
慌てた顔で情報を伝えてきた兵はそれだけ言うと、バタっと倒れた。
背中には、数本の矢が刺さっていた。
それだけ敵が近づいてきている証拠でもあろう。
「ご苦労。安らかに眠るが良い。」
倒れた兵に近づき、声をかける。
忠誠高い兵が役目を終えて死んだ。これ以上、戦線を引く事が出来ない。引けば蹂躙される。
この時、ドミニク公爵は死を覚悟した。
『俺は死んでも、ここは守る!』
実際は逃げる事も出来た。
しかし、彼は国の為に『ここを守る』選択をしたのだ。
「残っている兵はいくつだ?」
「およそ、三千がここに詰めています。」
元々、公爵軍は三万を誇る大軍だった。
多数へと援軍を送り、今では三千しか居なくなっている。
「わかった。」
ドミニク公爵は自分の兵が詰めている場所の前に立った。
「皆の者、我はこの国の守護神を自負しておる。今日はその一つに過ぎん。」
大声で話すドミニク公爵に兵達は顔を向ける。
ここに残るはドミニク公爵の近衛だ。精鋭中の精鋭でもある。
「皆の者。歴史に名を刻む一日!我に続け!」
ドミニク公爵は言い終わると、傍にある自分の愛馬に跨る。
青毛と呼ばれる毛色の馬。幾多の戦場を一緒に駆け巡って来た戦友と呼べる馬の首を擦る。
「フェリオ。今日が最後になるかもしれん。最後まで頼むぞ。」
フェリオと呼ばれた戦友はそれに返事をするかのように鳴き頭をブンブンと上下する。
『任せろ。ドミニク』
この時のドミニク公爵にはそう言っているような気がした。
「行くぞ!」
ドミニクが腰に吊るした剣を天に向かって高々と持ち上げた。
「「「「「おう!!」」」」」
三千の騎兵は大声で返事をする。
この戦場の喧騒の中、敵陣にまで轟く声は大地を揺らした。
大将であるドミニク公爵が討たれれば、そこでこの戦場は終結である。
でもその危険を承知の上で、士気を上げて挑まなければいけない状況になっていたのだった。
返事が合図となり、ドミニク公爵軍の騎兵三千は突入を開始した。
目前に迫ってきているのは、カーリアン帝国の侵攻軍の本体。
テンビー大将軍の歴戦の友であるイルド将軍。今回テンビーが大将軍の位について直ぐに将軍の位を手にした。シュタイア公国への侵攻軍の大将を任されている。
散々に他方に散らしておいて圧倒的戦力数を持って前進してきたという形だ。
その数五万。三千で相手をするには分が悪すぎる。しかし、シュタイア公国への侵攻軍の三十パーセントでしかない。残りは右翼、左翼、後詰に分かれている。
「あれが、イルド将軍のいる本隊か?」
「さようでございます。」
突撃の姿勢のままで、ドミニク公爵は近習へ確認した。
このまま突っ込んでも敵の遠距離攻撃の的になるだけだ。
玉砕したいわけでは無い。一度別動隊を叩いてから本体へ突っ込む事を瞬時に決めたドミニクはその左翼に目を付けた。
ドミニク公爵の騎兵は練度が高い。
ドミニク公爵が何も言わなくとも後について動ける。
騎兵三千のドミニク公爵軍は一糸乱れぬ行軍突撃姿勢のまま、イルド将軍の左翼。ブルボ将軍の隊へと横から突撃をかけたのだった。




