第十二話 ヨンケーレ大平原の戦い。 その9
遠い。眠い。疲れた。
その感情を持っているが、それより早く帰りたい。
魔物の軍団が怖い。
その思いを持っている者が殆どかもしれない。
先行して退却しているイオラ将軍旗下の二万五千の兵を追う形で、夜間も行軍しているブルボ将軍とメイセ将軍の軍である。
その二人の将軍の軍は散々にやられてしまったイルド将軍の本体よりは、統制を保ち退却できている。とは言え、退却を続けている兵達の疲労はかなり大きい。
それでも、足を止める者は居なかった。無言の行軍が続く。
殿をマリエン大佐率いる二万の兵が居るとは言え、油断は出来ない。
敗軍は士気も低く、褒賞も考えられない事から、希望も少ない。
ただ、生きて故郷に戻りたい。その思いだけは強くなる。
「水をくれないか?」
ふと横から声が聞えた。
「自分のを飲んだらどうだ?」
男はぶっきら棒に答えた。
聞えた方を向かずに答えた。
「そんな事を言わず、一杯恵んでくれないか?」
男は仕方がないと思ったのか、腰の水袋を取り出し、声の方へ差し出した。
「一杯分だけだ。」
「すまないな。」
返事はするものの、いっこうに取ろうとしない。
あれ?そう思った男は水を差しだした方へ顔を向ける。
「ほれ、早くしろ。」
「すまない。」
男は目を擦った。
水を求めるその者の足が見えない。そして体が透けて見えるのだ。
「で、でた~!」
堪らず大きな声で叫ぶ男の声は退却している者全てに聞こえた。
「ど、どうした?!」
腰を抜かしている男の近くを歩いていた者が男を見ると、男が指さす先には透明な人の形をした何かが居る。それも沢山。
「ゴ、ゴースト!!」
その声を聴いた他の者も、辺りを見渡す。
「なっ!リッチ!」
そう、気がついた時にはゴーストやリッチと呼ばれる死霊に囲まれていた。
「「「「「ふっふっふっふっふ。」」」」」
沢山の笑い声と共に、周辺を漂うゴーストとリッチ。
それを見た兵達は腰を抜かし恐慌状態となる。
我先にと逃げ惑う兵達にもはや統制は無い。いくら訓練された兵とはいえ、対抗手段を持ち合わせているのは僅かしかおらず、さらにその死霊達は万単位となっており、周辺を漂う。
真っ暗な暗闇の夜の中、ローソクの火しかないような状態では、どうにもいかないだろう。
しかも、ゴーストが現れる前には視界が悪くなっていた。薄暗い上にうっすらと白い空間には恐怖に拍車が掛かるというものである。
恐怖は伝播する。
伝播した恐怖はさらなる拡大を見せる。
ブルボ将軍とメイセ将軍の周辺にも広がった。
フッとした風が通り抜けると、首から血が噴き出て倒れる者が続出しだした。
「どうしたというのだ?」
ブルボ将軍は呟く。
その瞬間、フッとした風が側を吹き抜けた。
「女?」
無表情な女の顔を視界に捉えた。
そう思った瞬間には意識は無くなっていた。
「将軍が!!」
「ブルボ将軍!!」
ブルボ将軍は首から下だけになり、血を噴き上げていた。
周辺に居た護衛の兵達は大きな声を張り上げて、ブルボ将軍だったモノへと向かう。
その護衛達すらも、頭が落ち首から血を噴出させる。
「なっ!これは呪いか?!」
「いや。カマイタチではないか?!」
目に見えぬ敵。
伝説の妖怪カマイタチすらも想像させてしまう。
将軍の死を近くで見た兵士たちはそう思った。
一方、そのブルボ将軍の周辺から少し離れた所で、ミーシャは立ち止まる。
「後、もう一人。」
そう呟くと、更に走り出す。
ミーシャは昔から素早かった。偵察を任務としてナリ―タの部下であった時代からそういう任務をおこなっていた。
暗殺も時にはおこなった。
しかし、今ほどアッサリと続けざまにおこなう事は出来なかった。
ナベリウスの眷族となり、飛躍的に上がった基礎能力の要因が大きい。
そして、翼による飛行も手助けをする。
まさか空に人が浮かぶとは思わず、上空を見上げる者は少ない。
姿を見られる事は、無くなった。
大草原の中、腰ほどある草が占める所はあれど、ほぼ何も無い。
しかし、暗闇である事とうっすらと白い靄が掛かっている事がよりミーシャの姿を見えなくしているのである。
先ほどと、同じように今度はメイセ将軍の周辺近くの者達を狩っていく。
人ではその姿を追う事かなわず、次々に胴体から血を流す者を増やしていく。
ミーシャの手にはブラッド・ソード。
ナベリウスやナリ―タが持つ物よりも短いそのブラッド・ソードはやはり刀身は黒く魔力を通すと赤く光るラインが浮かび上がる。
ブシュー!という音を立てて血を拭きだす頭無し胴体の者達。
「何が起こっているんだ!?」
はやり、メイセ将軍も理解できない。
「見て来い!」
「はっ!」
そう言って一歩前に出た護衛の頭が飛んだ。
胴体から血しぶきが上がる。
「なっ?!赤い色?」
そう言ったメイセ将軍の頭も飛んだ。
その両隣に居た護衛の首と一緒に。
この日、生き残った者が語り継いだ話は【伝説のカマイタチの夜】となずけた。
その話は色々と脚色され整理され、物語になる。
白い霧が掛る夜に、風がフッと吹くと人の頭が飛ぶ。
赤い目をした妖怪カマイタチが長い期間、世の中の少年・少女を怖がらせる事になった。
本当は、一人の女が起こした暗殺劇だと知る者は居なかった。
「完了」
ミーシャは一人呟いた。
黒い刀身のブラッド・ソードを片手に大平原に一人立っていた。
その刀身も、そしてミーシャ自身も、一滴の血すら浴びていなかった。
もし、敵に見つかっても、犯人だとは考えられる事は無い程に、綺麗なままだった。




