第十一話 ヨンケーレ大平原の戦い。 その8
他人の言う事を聞く。
これほど難しい事は無い。
人間という種族は、考える・感じる・話すといった行動が出来る種族である。
それらの事が出来るが為に、他人の言う事を聞けなくなるのだ。
では、聞かせる必要がある時に人は何をするのか?
説得する。
脅迫する。
この様な行為はまだ人間的行為と言えよう。
畏怖させる。
精神支配する。
人間の倫理観が問われる行為だ。
しかし、その行為が大きく有効的な事は知れ渡っている。
魔獣支配・死霊支配・昆虫支配
これらのチートスキルは、間違いなく倫理観が問われる行為にあたるだろう。
畏怖させる。これも精神的圧迫感を与え続ける事で、支配する行為だ。
魅了や精神操作などの惑わせる行為も同じく倫理観を問われる行為だろう。
しかし、支配するには有効な行為だ。
教育という概念さえも刷り込みという面を活用する。
では、魔獣支配・死霊支配・昆虫支配というチートスキルはどうなのか?
魔物や死霊や昆虫に感情が無い。そう定義するならば、倫理観は必要ないのかもしれない。
しかし、生命である以上、知能がある以上、一定の感情はある筈なのだ。
つまり、それらを支配してしまうスキルは神のスキルの一つであると言って過言ではないだろう。
◇◇◇◆◇◇◇
「やっぱりよ~。夜は嫌だな。」
「そうだな。それに今回はゴブリンとか夜目の効く魔物が敵だからな。」
「ああ。注意深く周辺を見守ろうぜ。」
野営地は、巡回をおこない、監視櫓を設置して、夜襲に備える。
敵も、生物である以上、物音を立てるのが常識だ。
この様な何もない場所に野営すれば、目での監視より、耳による異音検知の方が役に立つ事がある。歴戦の兵士であれば、それをより把握しており、注意を払う。
「何か聞えないか?」
「呻き声か?」
何やら、うぅ~うぅ~という音が聞こえてくる。
「怪我している奴が多いから、呻いてるだけじゃないか?」
「そうかもな。全く、気味悪いな~。」
「これも夜の所為ね。」
「ああ、そうだな?」
男二人の見張りのハズなのに、女性の声がする。
見張りの男はその声のする方を見ると、そこには妖艶な様子を見せる女が立っていた。
普通なら、どうしてここに女が居るんだ?そう思うはずである。
しかしながら、男達はその女の色っぽさに、唾をのみ込むだけしか出来なかった。
戦争中だった為に、禁欲していたからでもあるが、それ以上に、魅力的な女による魅了であったのかもしれない。
一人の男がたまらず女に手を伸ばす。
それを、女は軽く避けて躱す。
「ふふふ。」
女は誘う様な笑顔を見張りの男二人に見せる。
それに釣られて、男二人は追いかけようとして気づく。
自分達の足が動かない事を。
「なっ?!」
「手が、手が、手が!!」
見張りの男の下半身には醜い生気の無い顔をした者達の手が巻き付いていた。
「「「「「うぅ~。うぅ~。うぅ~。」」」」」
大合唱の様な呻き声を耳にした見張りの男二人は、その生気のない顔をした者達に飲み込まれるかのように消えていった。
「「ぎゃぁ~!!」」
その悲鳴があがって、漸く他の者が気づいた。
「ふふふ。未熟な子達ね。」
魅惑的な女はそう呟いた。
上空に浮かび上がり、羽を広げて月光に照らされたその女は恍惚の表情になっている。
悲鳴が大きく響き渡り、野営地は恐慌に陥った。
あちこちから、悲鳴が上がる。
それを見て笑うその妖艶な女の所へ、同じく翼をもった女が近づいた。
「ミーシャ。上手くいったわ。」
「その様ね。こういうのは貴方が得意ね。ナベリウス様も貴女の事を気に入っているのだから、男に対しては私達の中で一番ね。」
「あら、少し棘があるわね。」
「そんなつもりは無いわ。正直な観察結果よ。」
「そう?なら、そう言う事にしておくわ。」
「では、次の工程に移りましょう。」
「わかったわ。」
ミーシャとギャネックは短い会話をし、その場を去った。
月光の元、月に浮かぶ翼を持った妖艶な女の話が、その後のカーリアン帝国に広まったのは言うまでも無い事だろう。
ギャネックはこの陣を恐慌に陥れた後は、陣の四方から、ゾンビ化した魔物や兵隊達を陣の中央へと向かわせた。
あちこちから、野営用のランプやローソクから燃えやすいテント等に火が移り燃え上がる。その炎に巻き込まれて健康な兵士も傷を負った兵士もゾンビ化した兵士も焼かれた。
辛うじて逃げ出した兵達も我先にと逃げ惑う事になり、結果ゾンビと化した死霊に追いつかれ巻き込まれてしまう。
実はゾンビは一体一体の能力は低い。
生前の何分の一かに落ち込む。そもそも五体満足なゾンビなどおらず、少なくともスピードは低い。
しかし、夜であり死霊を恐れるあまり、強さでは無い怖さによって混乱し、統制が取れずに壊滅してしまうのだ。精神的ショックは計り知れないだろう。
しかし、夜はまだまだ始まったばかりである。
この後に起こる事は更なる被害を生む事は間違いない。
死霊でも最下級のゾンビですらこうなのだ。
死霊の中の中級が出てくると、どうなるのだろうか?
そう、リッチやゴーストはまだ参加していないのである。
「ギャネックは上手くやった。次は私の番。」
ミーシャは一人決意を固めると、野営地のその向こう。
退却している軍の明かりを見つめた。
「待っていると良い。楽しい夜になる。」
一見するとニコリともせず、無表情。
しかし、その目は笑っている。目だけが笑っているのだった。




