第26話「虚空を掴む」
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「事件解決とならず、か」
深い溜息が道端の外気に溶けていく。独る私にそれらが優しくしてくれる筈も無く、一陣の風は心をも打ち付けるかのようだった。秋の空は冷気を連れてくる。日中は、未だ暑い日も多いと言うのに朝と夜だけは薄ら寒い。二の腕を摩る私を嘲笑うかのように、夜風は強く吹き続けていた。
歩み慣れた帰路を辿り、只管、脳漿を巡らせる。けれども事件の犯人など分からず、濃霧を練り歩いているかのようだった。
被害者の血縁者を洗ってみたものの、進展はなし。候補に挙がった者達は既にアリバイがあるし、そもそも工藤家に恨まれるような人間はいなかった。
夫の昭雄さんは朗らかで人当たりも良く、妻の楓さんも近所で評判の美人妻だったらしい。冷ややかな容姿と違い、人懐っこい彼女は近所の人間とも密に付き合っていたようだ。彼女を惜しむ声は後を絶たず、聞き込みの最中、涙を流す人もいた。子供達も元気に挨拶をする良い子達だったそうで、親の人柄もあり工藤家の人間を恨む人間はいないんじゃないか、と皆口を揃えていた。
家族間も仲が良く、昭雄さんはウォーキングが趣味。奥さんは料理好きで、最近はフレーバーウォーターにハマっていたとか。子供達は趣味など無かったようだが、外で遊ぶのが好きで、よく公園で目撃されていた。
元々、人との距離が無いも同然だったようで、よく人を招いてはもてなしていたようだ。故に工藤家に車が泊まっていても誰も気にしない。事件前夜に車の目撃証言はないが、来客がいたようだ、という証言もなかった。
「つまり車を持たない人間。ならば持ち去った凶器を隣町のゴミ捨て場に捨てるのは分かる。自分のところに捨てると疑われる……疑われたら困る、それと車で移動する距離ではない。更に工藤家に入り込んでも違和感がない人間。ということは近所の人間と言うことになる。でも……」
アリバイ、トリック、犯人……いくら考えようとも犯人像が浮かんでこない。殺してしまうのなら、前の日の夜に殺してしまっても良かった筈だ。衝動的な犯行でないことは火を見るよりも明らかである。故に犯人が何を考えていたのか全く分からなかった。
「朝じゃないとダメな理由……」
「随分と仕事熱心だね」
「狼谷君!? なんで!?」
「帰り道がコッチなの」
「嘘でしょ!? 反対方向じゃない!?」
住所が割れていることすら頭にないのだろうか。そんな私の思考を見抜いたらしい彼は舌打ちを繰り出すと、深い呼気を吐き出していた。
「明日香に頼んだ届け物は貰った?」
「え? ええ。ありがとう」
「血液、ちゃんと一致したでしょ?」
「そうね。でも……」
「動機、でしょ」
「なんでもかんでもお見通しなのね。お爺ちゃんから聞いたの?」
「顔に書いてる」
揶揄なのか、比喩なのか。彼の紡ぐ言の葉は相変わらず空言のように聞こえる。本心すらも覆い隠してしまう嘘に、私は胸裏で眉を顰めた。
「これはアンタにあげる」
唐突に紙袋を押し付けられ、反射的に受け取る。中身はビニール袋に覆われており、何なのか見当も付かなかった。
「え? コレ何?」
「中身見たいなら手袋付けなよ」
「てことは証拠品!? 凶器の外に何が!?」
「あの日は雨が降っていた」
「う、うん?」
「察しの悪い人だな。それウィンドブレーカー」
「え?」
紙袋を指差されるも、何が言いたいのかサッパリ分からない。彼が謎解きをしてくれてるのだろうことは分かったのだが、言葉の意味が何一つ咀嚼出来なかった。
「はぁ……家もう少しでしょ? 入れて」
「人様の家にお邪魔する態度じゃないよね?」
「分かってんの? アンタは事件の真実を聞きたいんでしょ? つまり乞う立場にあるのは……」
「どうぞこちらです……!」
彼の言葉を遮り、ヒールの音を響かせる。黙って背を付いてくる様は子犬のようで、少しばかり可愛らしく思えた。




