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紫色の獏  作者: 丸虫52
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第六章 地球の見る夢 ~再生への道と別れ~

第六章、最後です。

「人間ばかり戻してもしょうがないでしょう? さっき〝獏〟が言ったじゃない、『全ての生物に戻って来てもらう』って。生物って、人間だけじゃないのよ?」

「他の生物、って何がいたっけ?」

「……あ、ほら。『動物園』の中にいるじゃない」

「あ、そうか!」

「でも、どうやって外へ出すんだ?」

 皆が思い思いに喋っていると、月灯がわざとらしく大きな溜息をついた。

「何言ってんの、『保存棟』の中の事よ!」

「あ」

 ……すっかり忘れていた。地下では外に出ている動物より人工冬眠している動物の方が、圧倒的に多いのだ。

「人類が他の生物をみんな地下へ連れて行ったんだったら、責任を持って他の生物も戻さなくちゃ。それに動物性タンパク質の事もあるし」

「冷凍保存されてるんでしょ? どうやって解凍するの? 誰か解凍できるの?」

 あたしは、冷凍食品を解凍した時の事を思い出しながら訊いた。多分それとは方法が違うだろうけど、『解凍』と言うとそれしか思い浮かばない。

「そこが問題だ。我々の中には、そっち方面の専門家がいない」

 炎が眉間に皺を寄せて言った。

「じゃあさ、今『動物園』にいるのだけでもこっちに移動させようよ」

「あのね、未来」

 愛が諭すように口を開いた。

「種というものには存続に必要な最低個体数というものがあるの。人間でも近親婚を繰り返すと先天性異常の割合が増えたり、虚弱体質でうまく育たない子供が生まれたりするって、学校で習わなかった?」

 ……そういえば、習ったような気がする。だから地下都市では、《政府》が近親婚にならないようにコンピューター管理している、と。

「『動物園』の動物だけじゃ、足りないの?」

「お話にならないわ」

 愛が首を横に振った。

「見せるためだけに起こしてある動物なんて、二代か三代で限界よ。それに知ってた? あの動物って、元々繁殖能力が無かったり、遺伝子的に不具合があるから生殖に向かないのよ」

「ええっ? それ本当?」

 愛は今度は首を縦に振った。

「『保護区』へ来る前に動物を飼えない代わりに『動物園』に通ってた事があって、その時『飼育員』達が話していたのを聞いたのよ。繁殖目的じゃないからそんな個体で十分なんだって。私たちが地下で食べる事のできる『天然の食材』だって、そんな生殖能力の無い個体のクローンだしね」

「じゃあどうしても《保存棟》を開放しなくちゃならないのね……」

 考えようによっちゃ、市民の暗示を解くより面倒くさいかもしれない。

「そう。だから、できる人を探さなくちゃね」

 何故だか愛は、生命のほうを見ながら言った。生命は苦笑しながら、

「わかったよ。よその『規格外者』と連絡取りがてら、そっちの専門家も探そう」

「『も』?」

「市民の暗示を解くために、メインコンピューターにアクセスする必要があるだろう? 僕はそういう意味でのハッキングは苦手でね。誰か得意な人を探す必要があると思っていたんだ」

 ハッキングに種類があるなんて、初めて聞いた……。

「なんにしても、全部無事に地下都市へ戻れたらの話だな」

 相も変わらず難しい顔で炎が言う。

「大丈夫よ。あたし達の行動を《センター》が把握してるなら、逆に無事に戻る事で地上の安全性を証明する事になるでしょ?」

「……だと良いがな」

 心配性で臆病な炎はいつでも最悪の状態を考えて行動している。それはあたしを含めた楽天家の暴走を止めるブレーキの役目を果たしているのかもしれない。もしかすると、足して半分に割るとちょうど良い感じの人間になるかもしれない?

「とにかく、一度地下へ戻ってみよう。入れなかったらここへ戻れば良いだけの話だ」

 代表して大地が宣言した。それは最悪、あたし達だけでここで生活するという事でもある。皆は地下への入り口へ向かって歩き出した。あたしは〝獏〟に訊いた。

「〝獏〟も行こう。他の仲間を紹介するから」

「私はここにいます。あなた達が他の人を連れてくるのを楽しみに待ってます」

「でも……」

 何故だか胸が騒いだ。

「行こう、未来」

 それでも夢に促され、あたしは皆の後を追った。

 数歩歩いて、やっぱり気になって〝獏〟のほうを振り返った。

 〝獏〟は前足を揃えて、最後に見た場所にチョコンと座っていた。〝獏〟の後ろに地平線に沈もうとする大きな太陽があって、眩しくて表情が見えなかった。でもなんだか寂しそうに見えて、あたしは戻ろうとした。その時――!

「――〝獏〟!!」

 悲鳴、に近かったと思う。あたしの叫び声に前を行く皆が振り返り、そして息を呑む気配がした。あたしは目を見開いて〝獏〟を見ていた。

 〝獏〟が……〝獏〟が、消えていく――!

 正確には、膨張していた。風船が膨らむように体が大きくなって、それに応じて体の透明度が増していった。まるで水に落とした色水が薄くなっていくように、後ろの空の色と同化していた。

「〝獏〟!」

 あたしは叫んで〝獏〟に走り寄った。掴んで抱き締めて、膨張を止めようとした。しかし伸ばした腕は〝獏〟を突き抜け、空を掻いた。

 実体が無くなっていた。

 勢い余ったあたしの体は、〝獏〟を通り抜けていた。

「〝獏〟! 消えちゃ、駄目ぇ!」

 踏鞴を踏んで、何とか振り返ったあたしの悲鳴のような声に、辛うじて輪郭がわかるだけになった〝獏〟が振り向いた。

 ――大丈夫。

 〝獏〟のテレパシーが聞こえた。

 ――消えたりしないから……。

「でも……でも……体が薄くなってるじゃない!」

 涙声であたしが叫んだ。

 ――〝獏〟としての実体が無くなるだけ。想いはちゃんと残ります、消えたりしませんよ。

「そんなの嫌だ! 想いだけなんて、実体も残ってくれなくちゃ嫌よっ!」

 あたしの絶叫に、苦笑雑じりのテレパシーが返ってきた。

 ――だから、何度も言ってるでしょう? 私の実体はこの惑星だって……。

「あたしは〝獏〟の実体がいいのっ!」

 駄々っ子のようだという自覚はあった。それでも〝獏〟が今までのように側にいてくれるのなら、どんなにみっともない事でもあたしはしただろう。でもあたしの想いは〝獏〟には届かなかったようだ。

 ――あなた達をずっと見守っていますから。地上を以前のように生物で一杯にしてくれるのを待ってますから……。

 それきり、〝獏〟からのテレパシーは返って来なかった。

 後には――呆けたように座り込んだあたしと、地下へ行く通路の入り口で立ち尽くす皆と、〝獏〟そのものが張り付いた様な紫色の空がその場に残った。

 風が草を揺らして、あたし達の側を通り過ぎて往った。まるで〝獏〟の代わりに後押しするように――。

後、エピローグでこの話は終わりです。

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