第六章 地球の見る夢 ~地上移住計画?~
「優先順位を決めたらいいんじゃないかしら?」
愛が考えながら口を開いた。
「やる事がたくさんあって身動きが取れない時は、優先順位を決めた方がスムーズに行動できると思うわ」
「それもそうだ。我々だけじゃできることも限られているしね」
生命が同意した。
「まず、地下の人間の暗示を解かなくちゃいけないんだっけ?」
あたしが言うと月灯が、
「その前に地上に迎えられる準備を整えなくちゃ」
「食料は大丈夫なんでしょ?」
「十分とはいえないけれど、それより先に住むところの話よ! 地上は気温コントロールなんてされてないでしょうし、雨風凌げるところがなきゃ市民なんて自立心がないんだからすぐ地下へ逆戻りよ!」
「そっか……」
『箱』の代わりになるものがいる。でも『家』の材料なんて、どうすればいいのかなぁ……。地下でも苦労したけど、それでも人がいたから多少の廃材が出ていたし、少なくても木があった。枯れ枝や枯れ木はとっても重要な材料だったんだけど、ここには木は無さそうだし……。
「それは後で検討するとして、他に必要なことは?」
あたし達が考え込んでいると、先を促すように愛が言った。
「他の『規格外者』と連絡を取ること」
夢が言った。
「私達だけじゃ絶対に無理だわ。協力者は多い方が良いと思う」
「それは僕がやってみよう」
生命が手を上げた。にこにこと嬉しそうだ。
「離れた所と交信するなら、どうしたってコンピューターネットワークが必要だろ?」
……なるほど、本領発揮できるからか。
その時、炎が大きな溜息をついた。
「その前に重要なことを忘れてないか?」
「重要なこと?」
オウム返しに生命が訊いた。
「俺達が地下へ無事に戻れると思っているのか? 俺達のやった事を《センター》が知らないわけは無い」
「あ」
「扉を開けた途端、《局員》が勢ぞろいで待っているなんて事がありうるだろ」
――すっかり忘れていた。うわぁ、ヤダなぁ……。みんなの顔が一様に歪んだのは、あたし同様その状況を想像したからだろう。
その時、遠くから声がした。その方を見遣ると、緑と光と大地がすごい剣幕でこちらへ向かって走って来るところだった。
「大発見~!!」
緑は腕を勢いよくぶんぶん振り回し、飛び跳ねるようにしながら叫んでいた。
「すっごいモノ見つけたよ~!」
驚いたのは、大地まで興奮気味に見える事だった。光や緑は『規格外者』になった経緯から普段でもちょっとした事で大騒ぎする事が多いけれど、大地はよほどの事がない限り慌てたりしない。なのに明らかに慌てているようで、何度も転びそうになっている。しかも二人から少し遅れている光は、何かを抱えているように見える。
「向こうに、樹が、あったんだ! それも、何本も! 一人じゃ、抱えられない、くらい、大きくて、先端が、見えないくらい、高いのが!」
あたし達の側へ来ると、息が整わないうちに緑は話を始めた。
「香、専門家、でしょ? ちょっと、見てよ!」
香の手を引っ張って、連れて行こうとする。そこへ遅れていた光が到着した。彼の持っているものを見て、あたし達は言葉を失った。
光の腕の中にあったのは、小さかったけれど『フルーツ』と呼ばれる高級食材に見えた。あたしは映像でしか見た事がないけれど、「とても良い香りがする」と説明を受けた。今この場所に漂っている匂いは、その「良い香り」なんじゃないだろうか?
「ちょっと、光。それを良く見せてちょうだい」
香が厳しい顔つきで、光に近づいた。光の抱えている物を手にとって、匂いをかいでみたり引っ繰り返してみたりした。
「これは『桃』ね、こっちは『オレンジ』かしら? これは『サクランボ』みたいね……どこにあったの?」
「だから、向こうの方に、大きな樹がたくさんあって、そこの樹にぶら下がってたんだよ!」
ゼイゼイと荒い息をついている光に代わって、緑が答えた。大地が補足するように、
「ここからそんなに離れてはいない場所に、種類はわからないが大きな樹が生えている一角があったんだ。そして、そのうちの何本かにこんな果実がいくつも実っていたんだ」
「ねえ、食べられる?」
緑が興味津々の顔で、香に訊ねた。
「ええ、食用よ。でも、どういうことかしら? ここに食用の、かつて栽培されてた植物が繁殖していて、少し離れた場所に食用の実をつける樹がたくさんある……。なんだか都合良すぎるわ、どうしてなのかしら?」
「それは、ここがかつて農地だったからですよ」
黙って遣り取りを聞いていた〝獏〟が答えた。
「人間が地下に下りて世話をする者がいなくなってしまっても、植物は自分達の生命活動を続けたのです。その結果、地上は昔の状態を取り戻し、身動きが出来ない彼等が地上を去った全ての生物を呼び戻すことを望んだのです」
「それは地球の意思とは別の意思としてか?」
炎がじろりと〝獏〟を睨んだ。
「同一の意思として、です。」
〝獏〟がまっすぐに炎を見ながら、
「星は生きていて、想いを持っていると私は言いました。でも単一の想いだけではどんな事も動かせないのですよ。同じような想いを持っているモノが複数集まって、事態は動き始めるのです」
「だが地下都市の人間は、地上に出ることを望んでいない。それどころかあいつらが望んでいるのは、現状維持だ。そんな奴等を無理矢理地上へ連れてくるのは、余計な世話じゃないのか」
「そんな事はありません。暗示のせいで地上に対する恐怖はありますが、昔の綺麗な地上に憧れている人は大勢いますよ。あなた達のようにね」
〝獏〟の言葉に、炎が忌々しそうな顔で黙り込んだ。
「でも、これで『家』の材料は何とかなるんじゃない?」
「『家』?」
夢が月灯に言った言葉に、大地が反応した。
「そう! 地下から人間を戻したときに住む『家』を造る材料をどうしようか、って言ってたの」
「だったら、僕は造ってみたい家があるんだ。『ログハウス』といって、丸太を組み合わせた家なんだ」
いきなり大地が目をキラキラ輝かせた。
「僕は都市に居た時、昔からの住居の変遷を調べていたんだ。人類は集団を形成した時から――」
――閉所恐怖症の大地が『家』に興味を持つなんて、意外な事にビックリした。
とくとくと語り始めようとした大地の出鼻を挫くように、月灯がヒステリックに叫んだ。
「ああん、もう! どうして話を横にそらそうとするの、ぜんぜん進まないじゃない!! 今は優先順位を決めるんでしょ!」
「優先順位、って?」
光が愛に訊いた。
「地下都市の人間を、地上に戻すために必要な事の順位よ。今のところ出てるのは、食料と住居、他の場所に住んでいる『規格外者』との連絡、それから市民にかけられている暗示の解除――こんなところかな」
「もうひとつ重要な事で、無事地下都市へ戻れるかどうか」
うんざりしたように、月灯が付け加えた。
「なにそれ」
「地下へ戻った途端、《センターの局員》に取り囲まれる可能性がある、って事」
「うげぇ……。戻らないでずっとここにいるって選択肢は無いの?」
心底嫌そうに光が言った。生命がそんな光の肩を宥めるように叩いて、
「残念ながら、無いね」
「何で?」
「暗示を解くにも、他の『規格外者』と連絡を取るにも、いったん地下に戻らないといけない。それに何より、花たちを残してきただろう?」
「あ」
「きっと心配しているだろう? それにどうせなら、彼らもここに連れて来てあげないと」
さすが生命! 残してきた人たちの事を覚えているなんて……。薄情にもあたしはすっかり忘れていた。
「そうよね、花達にもこの風景を見せてあげなくちゃ」
香も言った。そうだ、彼らもここへくる権利はある。彼等を連れて来なくちゃ……! みんな、地下に残してきた仲間のことを思った。
「他にも、どうしても連れて来なくちゃいけないのがいるでしょ!」
でも月灯だけが、みんなと違う考えを持っていた。




