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紫色の獏  作者: 丸虫52
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第6章 地球の見る夢 ~可能か、不可能か~

「間違いに気付いたなら、やり直せばいいのです。あなた方にはそれが出来るだけの知識と行動力が備わっているんですよ。なのに……」

 〝獏〟は一旦言葉を切った。そしてそれまで穏やかだった風が一瞬、ごう、と音をたてた。

「それをこっちに全部丸投げして、いつまでたっても動こうとしない! 痺れを切らせても仕方ないでしょう?」

「……〝獏〟、もしかして、怒ってる?」

 あたしは恐る恐る訊いた。理由がわかないけれど、どうやら〝獏〟が怒っているらしいというのはわかった。

「怒ってますよ! 昔の人間は無知で無謀でしたけれど、もっと直向(ひたむ)きで前向きでした。だからこそ、ここまでの文明を作り上げたのでしょう? なのにあなた方のしている事は、その過去を否定しているのと同じなんですよ!」

「…………理不尽」

「なんですって?」

 ……怒りの理由はわかった。人間達が地下に籠ったまま、なかなか出てこなかったからだ。でも、憤りも激しい〝獏〟に過去の人間がやった事まであたし達の所為みたいに散々に扱き下ろされて、あたしはその理不尽さにだんだん腹が立ってきた。

「それはあたし達じゃない! あたし達の知らないところであたし達以外の人がやったことの責任をあたし達に転嫁しないでよ!」

「同じでしょう!? 知ってて動かないのも、知ろうとしないのも、変化を望まないのも、他人任せなのも、自分から変えようとしないという点では同じでしょう!」

「だからそれはあたし達じゃない! あたし達は動いたじゃない! 変えようとしてるじゃない!」

 あたしと〝獏〟は睨みあった。他の人は呆気にとられてあたし達を見ていた。

「……お取り込み中悪いが」

 のほほんとした生命の声が割り込んでこなかったら、あたしと〝獏〟はいつまでも睨みあいを続けていただろう。

「あなたの事はわかった。地上への調査隊が打ち切られたのも、一応納得しようとすれば出来る理由がある。で、そのほかの疑問についてなんだが……」

「あ、はい。私のわかる範囲でならご説明します」

 〝獏〟はくるりと生命の方を向いた。

 ほっぽり出された格好のあたしは、物凄く不満だった。そりゃ、こんなことで喧嘩してる場合じゃないってのはわかるけど……。

 むくれているあたしに夢が目をキラキラ輝かせて、こそっと耳打ちした。

「もしかして、私達の所へ来る前はいつもこんな風にしてたの?」

「うん。怒鳴ったり、笑ったり、ケンカしたり……。すごく楽しかった。だからいなくなった時、物凄く哀しかったの」

 あの時の感じは一言では言い表せない。今でも胸が潰れそうになる。

「やっぱり自然出産の数が――。そうですね……そう仮定すると、種としての存続が危なくなりますね。うーん……」

「それを回避するためにも地上へ帰ってくるべきだと思うのです」

 話はどうやら人口減少の話みたいだった。コンピューター絡みだといつでも嬉しそうな生命が、珍しく難しそうな顔をして話し込んでいる。

 気が付くと、何人かの顔が見えない。側にいた夢に訊くと、

「光と緑はずいぶん前に『探検だ!』って向こうの方へ駆けて行ったわ。大地は『話がまだ続くなら、辺りを散歩してくる』って」

 と答えた。……まぁ、重要な話ではあるけど、話に入れなければ退屈だしね。

「その場合には市民の暗示を説く必要がありますねぇ。しかし、コンピューターの管理下にある現状では一筋縄ではいきませんしねぇ……」

「何とか、メインコンピューターの支配を外せれば――」

「ちょっと待って。暗示を解くだけじゃだめよ」

 二人(?)の話に月灯が、割り込んだ。

「あんたたちは人間を戻す事ばかり考えているけど、他にも問題があるでしょ?」

 皆の視線が月灯りに集まった。

「まず、第一に食料よ。地下の人間を全部地上へあげたら、どうやって食べていかせるの? 全員が食べていけるだけの食べ物がここにあるの? それに、飲み水は? どんな生物も水がなくちゃ生きていけないのよ?」

 月灯りは鼻息も荒く、腰に手を当てて胸を張った。皆は顔を見合わせた。

 今地下にいる人間は《中央政府》の発表で20億人。地上で生活していたころの8分の1だそうだ。それでもその数の人間が地上に出れば、月灯が言うようにどうしたって食料が問題になる。地下では量や質がコンピューター管理されているし、すぐ食べられる状態の物も支給されている。だから何の心配もないけれど、地上(ここ)には当然コンピューターはない。と言う事は、自分達で何とかしなくちゃならないわけだ。なのに、見渡す限り食料になりそうもない草しかない。――確かに切実だ。

 ところが月灯の懸念を吹き飛ばす一言が、風にそよぐ草を撫ぜていた香から上がった。

「食べ物、あるわよ」

 香は顔も上げず愛おしそうに草を撫ぜながら、

「野生化してるけど、ここに生えている植物の大部分は食用だわ」

「……本当?」

 おずおずとあたしが確認すると、香は顔を上げてにっこり笑った。

「私は専門家よ、信じなさい」

 そう言って、今まで撫ぜていた草を毟って嬉しそうに口の中へ入れた。あたし達は呆気にとられて香を見ていた。

「ところで〝獏〟、一つ訊きたいんだけど……」

 今までと違ったキリッとした顔つきで立ち上がった香は、ぐるりと周りを見回して、

「ここにあるのはみんな風媒花じゃないわ。媒介してる虫とか小動物がいるはずよね」

「ふうばいか?」

「受粉するのに風を利用する植物よ。他に虫や小動物、水なんかを利用する植物もあるわ。いくら植物と言えど人類が地下に生活を移してからの年月を考えると、受粉して種子を残さなければ早々に絶滅してしまっているはずだわ」

 あたしの疑問にさらりと答えを返して、香は〝獏〟の方へ向き直った。

「いますよ。人類が地下は潜った時、可能な限りの種類(・・)の動植物を捕獲採集しましたが、全て(・・)を捕獲したわけではありませんから。取り残されたり、捕獲しそびれたものはたくさん残っていましたよ」

 にやりと笑って〝獏〟が言った。

「それに水の方も心配いりません。近くを探せば湧き水や川がありますよ」

「じゃあ、地上での食料は問題ないじゃない」

 あたしがウキウキと言うと、呆れたように炎がため息をついた。

「何を能天気なこと言ってるんだ。材料があっても調理する術がない」

「そうよ。調理器具がないじゃない」

「えー、だってあたし達は自分で工夫してやってたじゃない。何とかなるでしょ?」

「あのねぇ、あたし達は『規格外者』なのよ。市民があたし達と同じようにできるわけないじゃない」

 ウンザリしたように月灯りがあたしを見た。

「じゃあ、他の仲間は?」

 それまで黙ってあたし達の遣り取りを聞いていた夢が言った。

「他の仲間?」

「そう。私達の他にも『規格外者』っていると思うの。その人達に協力を仰いでみたら?」

「それいい! 他の『規格外者』を探して、その人達にも手分けして教えてもらえばいい!」

 あたしが言うと、なぜだか炎と月灯りは揃って大きな溜息をついた。

「なによ、なんか変なこと言った?」

「あのね、未来」

 月灯りが出来の悪い生徒に教える教師のような口調で、

「他の『規格外者』を探すって、どうやって? 『規格外者』の存在はどこでも秘密にされてるのよ?」

「あ、そうか……」

 基本的なことだった。……やっぱりあたしは考え方が単純過ぎるのかな?

 しょげたあたしと夢を励ますように、生命が言った。

「そんなに悪い考えでもないと思うがね」

「でも……」

「〝獏〟には心当たりがあるんじゃないか?」

「え?」

 言われて〝獏〟を見ると、にやにや笑っていた。

「さっき生命反応がある位置がわかると言っていただろう? おそらく都市から外れた場所にあった生命反応は、『規格外者』のいる『保護区』の可能性が高いはずだ。我々とコンタクトを取るのと同時に、そっちの方にも取っているのじゃないのかな?」

 〝獏〟から否定の声は上がらない。と言う事は、生命の考えが正しいという事なのだろう。

「我々は未来と言う先駆けがいたから他に先んじて今ここにこうしたいるわけだが、他のところも何らかのアクションはあったはずだと思うんだが?」

 生命の問いかけに、〝獏〟は頷いた。

「説得中のところがいくつかあります。未来の代わりになってくれる人がいないので、まだまだ時間がかかりそうですけれど……」

「つまり、当分はあたし達だけで動かなくちゃいけないという事よね」

 月灯のため息交じりの言葉に問題の多さを自覚せざるを得なかった。

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