第六章 地球の見る夢 ~〝獏〟の正体~
〝獏〟を中心にして、あたし達は円を描いて座った。
「それで、何から訊きたいんです?」
改めて〝獏〟に問われて、あたし達は互いに様子をうかがうように視線を交わした。
口火を切ったのは緑だった。
「まず最初に、あなたは何者なのか聴かせて下さい」
皆が頷いた。それを確認して、〝獏〟が答えた。
「私は地球です」
「………………」
まさかそれだけとは思わなかったので、皆は次の言葉を待った。しかし、〝獏〟はそれ以上口を開かない。
しばらく待って、それでも次がないとわかったのであたしが口を開いた。
「地球……って、この地球?」
「そうです」
「それって、どういうこと?」
「だから私は地球なんです」
「返事になってない!」
ついにあたしは怒鳴ってしまった。
「わかるように説明するって言ったでしょ? 今の答えじゃ全然わかんない! あんたが地球なら、今あたし達がいるのは何の上なのよっ!」
「……ああ、そういうことですか」
地団駄を踏みそうな勢いのあたしをみて、〝獏〟はようやく怒りの理由を察したらしい。ぐるりと皆を見回して、
「私は地球の〝想い〟の塊――まあ、夢みたいなものです」
と言った。
「……夢?」
愛がそれを反芻した。〝獏〟は彼女を見て頷くと、あたしに視線を戻した。
「以前地球は生きていると言いましたよね」
「……うん。死んでしまった星の上に生物は生きられない、って言った」
しばらく考えて思い出した。あたしが初めて地上に出た時に〝獏〟から聞いた言葉だ。
「そうです。生き物はすべて〝想い〟を持っています。〝想い〟の形は様々ですが、それこそアメーバだって〝想い〟を持っています。地球だって生きているからには〝想い〟を持っています。その〝想い〟が形になったのが私です。だから、私は地球なんですよ」
「……あっ」
あたしと緑がほぼ同時に声を上げた。お互いに顔を見合す。ここへ来る直接の原因になった赤紫のゴムボールのような塊――あれは確か〝想い〟の塊だったっけ……。
「……じゃあ、あたし達が知らない地球の事をいろいろ知っていたのは、地球自身だったから?」
あたしの問いかけに〝獏〟は頷いた。――ま、一応納得は出来る。でも……。
「じゃあその地球内部、っていうか、地下都市の人間について知らなかったのはなぜ?」
自分の内で行われている事がわからないなんて、そんな馬鹿な事があるはずがない。と言う事は、知っててワザと知らないふりをしてたのか? ――そう訊ねると、
「本当にわからなかったんですよ」
と〝獏〟は苦笑した。
「思念というのは生体エネルギーの一種ですが、電気や磁力に近いものなのです。強い磁場や電磁波を発生させるものの側では影響を受けてしまいます。発電機や大きな機械の側などですね。あなた達もそういう場所に長くいると体調不良になりませんか?」
「確かにそう言う事をどこかで聞いたことがあるなあ」
腕組みをして話を聞いていた緑が言った。
「だからそういう場所には近づけないのです。地下都市では情報量の多いところは強い磁場のあるところで、私には近づけなかったのです。唯一近づける住民は、まるきり反応が無い人形みたいな人達ばかりでしたし、たまに反応のある人達はいても磁力の強いところにいて接触すらできませんでした。しかもあなた方の事は公然の秘密で、場所は勿論『規格外者』なんて呼び方もわかりませんでした。都市とは別のところに生命反応がある事はわかっていましたが、なにしろ『いないはず』『なかった事』の最たるものでしょう? どんなに住民の記憶を探っても出てこないんですよ」
「じゃあ最初に遭った時に言ってたのは嘘じゃなかったのね」
あたしが確認すると、〝獏〟は大きく頷いた。
「勿論です」
「あのまま、あたしが気付かなかったとしたら、本当に消えてたの?」
「……そうですね、私は消えていたでしょう。まあ、その後で別の私が生まれたか、他の方法を取ることになったかはわかりませんけれど……」
肩をすくめるような調子で〝獏〟は言った。
「未来に遭って、未来から市民についての情報を得た……ということか。それでいろいろ動き出した?」
大地の言葉に〝獏〟は頷いた。大地は地上へ出たばかりは閉所恐怖症の余波で呼吸もままならないようだったけれど、今は落ち着いて地下都市にいるよりしっかりしているみたいだ。まあ、地下よりは間違いなく開けている。なんたって360度、草と空しか見えないからね。
「私としては生物にもう一度地上に戻って来てもらうのが唯一の希望ですから、そっちへ導くためにいろいろ苦労しました。何しろ無意識に植え付けられた記憶ほど厄介なものはないですから。未来で懲りて、あなた方は少しづつ消させてもらいました」
「消した……? 記億を? 私達の?」
それまで俯いていた夢が顔を上げて〝獏〟を見た。
「ええ。あなた方は他の住民に比べると直接地面に接している時間が長いのと、長い期間睡眠暗示を受けていなかったので、地面を通じて少しづつ地上に対する恐怖心を消させていただきました」
「ちょ、ちょっと待って! 睡眠暗示? 何よ、それ?」
あたしは思わず声を上げた。
「市民はずっと暗示を受けているっていうの?」
「そうです」
〝獏〟があたしを見た。
「あなたのユニットに入ってすぐに微弱な電磁波のようなものを感じていました。しかもそれはあなたが睡眠状態に入ると強くなる――これは何らかの睡眠暗示だろうと思いました」
あたしはあんぐりと口を開けたままだった。皆も一様に驚いているようだった。
「ユニットにあった端末ですけど、あれとベッドって繋がってますよ。つまり、『中央』のコンピュータから直結して暗示が送り込まれるようになっているらしいです――」
「ちょっと、いいかね」
〝獏〟を遮るようにして生命が口を挾んだ。
「それじゃあ、180年前に地上への調査隊が組織できなくなったのは、そのせいかな?」
〝獏〟はしばらく考え込んでいた。
「『中央』のメインコンピュータはガードが強くて侵入できないのと、あの辺りは磁力を人為的に歪ませているので読み取ることは出来なかったんです。だからこれは推測と言うか、想像なのですが」
と前置きして、
「初期の調査隊員達は暗示を受けていなかったらしいのです。でも後期の方はずっと暗示を受けていた――つまり、調査隊をワザと組ませないようにさせていたと考えられます。地上の荒廃が神経衰弱の原因であると思わせるために……」
「どうしてっ!」
光が叫んだ。
「何のためにそんな事を……!」
「『中央政府』が人類を地上に戻したくなかったからです」
〝獏〟がきっぱりと言った。
一瞬の沈黙の後、炎がきつい視線を投げつけながら訊いた。
「『中央政府』がそうする理由はわかっているのか?」
「これも確証はないのですが」
と前置きして、
「古い記録などからすると、ですね……未来」
いきなり〝獏〟はあたしに話を振ってきた。
「な、なにっ?」
慌てたあたしをじっと見て、
「以前あなたが自分で言った事ですが、『人類は汚染の元』って、覚えてますか?」
「うん。だからわざわざ地上へ戻すことなんかないんじゃないかって……! まさかっ!」
自分の考えの空恐ろしさに目を剥いていたあたしに〝獏〟は大きく頷いた。
「そのとおりです。あのコンピュータのプログラミングをした人物の事はわかりませんけれど、今の政府は無意識にコンピュータの指示通りに動いてますから、『人類を地上に戻すな』という指示が出ている可能性があると思います」
「その為に、人間には地上は恐ろしいところだという暗示を植えて、調査を実行できないようにした……と」
「はい」
それまで黙って草を撫ぜていた香が、話の中に入ってきた。
「じゃあもしかして、人間の性格を温厚で他人に興味を持たないように教育したっていうのも……?」
「地下の生活に順応させるという理由もあったのでしょうが、大元は操作しやすいからじゃないかと思います。少なくとも住人は与えられた環境に不満は感じてないようですし、規則は多少矛盾していても守ろうとしますしね」
「……私達は地球にとって悪、なの……?」
夢が震える声で言った。
「それは違います」
〝獏〟はきっぱりと言った。
「ここで生まれたものは必要だから生まれたのです。長い歴史の中で、必要ではないものは淘汰されてきました。進化であれ、退化であれ、必要だから起こる事です。考えてみてください。あなた達は自分にとって必要でないものや存在を許せないものをいつまでも手元に置いておきますか? 他人には価値が無くても、大切だから、必要だから、いつまでも手元に置いておくのでしょう? 地球が人間を淘汰しないのなら、必要とされているのですよ」
「……だが、地球の汚染原因は人類だろう?」
むっつりとした顔で炎が言う。彼はいつもしかめっ面をしていて、気難しそうに見えるけど、あたし達の中で一番繊細だ。人の心の痛みを自分の事のように感じて、誰よりも傷つく。そしてその痛みから逃げるため、そんな自分を抹殺するためにリストカットを繰り返し、心も体もボロボロになって『規格外者』と判定された経歴を持つ。
「確かに環境汚染が速く進んだのは人間の文明の影響ですが、汚染物質はもともと地球上に存在していたものです。つまり、地球が分解不可能なものではなかった――ただ、蓄積スピードが速すぎて追いつかなかっただけです」
「それはやっぱり人類のせいだろう」
「そうですね、人間のせいかもしれません。でも、間違いに気付いて正す事ができるのも、人間です」
〝獏〟はきっぱりと言い切った。
毎度タイトルで悩みます。タイトルなし、と言う訳にはいきませんかね……。




