第六章 地球の見る夢 ~太陽の下へ~
第六章です。
扉の閉じきる重い音が消えると、闇と静寂だけが残った。
「真っ暗ね……」
あたしの服の袖口を握りしめた夢が、震える声で呟いた。
「カビくさい……」
誰かがぼそぼそと呟いた。
「でも、生きてるわ」
あたしの近くで月灯の声がした。声が震えている。皆最初のあたしのように怖いんだ。
「誰か、灯りの代わりになるもの持ってないかな?」
あたしは自分の体を探りながら訊ねた。迂闊だった。ここに光源がないって事は経験済みだったのに、居ても立ってもいられなくて飛び出してしまった。本当に計画性がないなぁ……。
しばらく問い掛けるような気配があって、
「キーライトなら……」
おずおずと緑の声がして、直径5cmほどの光の輪が現れた。どよめきが上がる。
「じゃあ、それ持ってて。それで、何かあった時に使って」
ライトを渡そうとする緑を遮って、あたしは言った。あたしはおおよその構造がわかるからいいけれど、皆にとってはまるっきりの暗闇だ。頼りない光であっても、何も見えない恐怖よりはるかに心強いだろう。実際、気配がかなり和らいでいる。
「この奥にもう一枚扉があるの。あたし、今からそっちへ行くから、声をかけたら壁伝いに来て。床には何もないはずだけど、気を付けてね。距離は10m位あるはず」
本当は扉を照らせばいいのだけれど、キーライトじゃそこまでは届かない。仕方ないので、あたしは不安を減らすために行動を言葉にすることにした。
暗闇を壁伝いに、すり足で歩く。おそらく構造は同じだろうから、頭の中に自分の場所を描きながら、ゆっくりと進む。自分の足音しか聞こえない。
やがて指先と爪先が行き止まりにあたった。そこから掌を横に滑らせるように壁を撫ぜた。
すぐに感触が変わり、扉の存在を知らせてくれた。
今度は壁と扉の境を上から下へ触る。右開きか左開きか、押して開けるのか引いて開けるのか、確認する。横へ移動してノブの位置も確認する。
そこまで確認してから、あたしは後ろを向いた。
「ドアがあった。今から開けるけど、そっちにいる? こっちへ来る?」
暗闇の中でざわざわと話し合う気配がする。
しばらくして月灯の声で、
「そっちへ行くから、しばらく待っててもらえる?」
「うん、いいよ」
しばらくすると、闇の中からざわざわと人の移動する音が聞こえた。時々小さな悲鳴が混じるのは、何かに躓いたかころびそうになったからだろう。やがて気配が近づいて来た。その先頭が時々丸い光りを灯す。緑のキーライトだ。何度かの点滅の後、ライトはあたしのすぐ側に灯った。
ざわめきが納まってから、あたしは自分に出来る精一杯の笑顔を作った。彼等の顔は見えなかったけれど、逃げだしたい恐怖と必死に戦っている気配は伝わって来る。
「開けるよ」
あたしは扉に手をかけ、力を込めた。ひきつるような悲鳴が微かに聞こえた。
金属の軋み音を立てて、ゆっくりと扉が開いた。途端に押し寄せる空気の塊。その中に混じる懐かしい匂い。
あたしは踵を返して皆ところへ戻ると、緑からライトを取った。
「大丈夫?」
ひとり一人の顔を照らしながら訊く。
緑と光は、ひきつった笑みを浮かべていた。夢は、目を見開いたまま固まっていた。愛と生命は、油切れのロボットのようにカクカクと首を動かしていた。香と炎、そして驚いた事に閉所恐怖症の大地が、炎に抱きかかえられるようにして立っていた。月灯は、強張った顔をしていたが、それでも何とか掠れた声で、
「え、ええ……。まだ生きている、わよね?」
「大丈夫、ちゃんと生きていいる」
あたしは笑いながら言った。ほっとした空気が辺りを包んだ。
あたしはライトを持って少し歩いた。階段の一段目を照らす。
「省エネタイプのエスカレーターなの。電源が切られてなければ、二・三段上ったところでスイッチが入る」
説明してから戻って、手近にいた月灯にライトを手渡すと、先に立って歩き出した。皆は少し躊躇ってから、あたしの後をついて来た。
段差に引っかからないように慎重に階段を上った。皆が来ている事を気配だけで確認して、なるべく多くの人が階段に立てるように慎重に段を上った。
エスカレーターの電源は切られていなかった。小さなモーター音と共に、エスカレーターはゆっくり動きだした。空気が徐々に圧力を持ちだす。
あたしは時々後ろを振り返り、皆の気配を確かめながら先頭を切っていた。
『保護区』での生活でタブーに対する暗示が切れたのか、それとも長い間市民のモラルから切り離されて生活していたからか、あたしが拍子抜けするほど彼等は冷静だった。
何度か彼等に声をかけているうちに地上が近くなってきた。彼等も空気の匂いでわかったらしい。緊張感が強くなってきた。
そう言えば、昼の地上に出た事が無かったという事を思い出した。明るい地上――想像してなかった。
「もうすぐエスカレーターは終わり。後は階段を上るの」
最後の注意とばかりに皆に声をかけた。その頃になると、目が暗闇に慣れたのか、周りが明るくなったのか、ぼんやりとではあったが物の形が見えるようになった。
エスカレーターが減速する。あたしは二・三歩駆けのぼり、踊り場に降り立った。
次々に皆が到着する。
皆が着くのを待って、階段を上り始めた。
感覚が鋭敏になってくるのがわかる。空気の中に含まれる、今までと違った匂い。耳がとらえる微かな音。肌が察知する微妙な温度変化。そして瞳に映る地上……!
ざわめきが起こった。初めのそれとは明らかに違う、歓喜を含んだざわめき。
あたしは残りの階段を駆け上った。後ろの皆もつられたように走り出していた。
最後の角を曲がって、ぽっかり空いた四角い出口を飛び出した!
――光りが、突きささる……!
思わず腕で目をかばった。地下の太陽灯なんて問題にならないほど、眩しい!
鼻があの匂いを感知した。懐かしい――太陽の匂い。
あたしの後ろで、どよめきと小さな歓声が上がった。 ゆっくりと腕をおろし、瞼をそっと開けた。何度か瞬きをした。
明るい地上。青い空と白い雲。吹き抜ける風。そよぐ草。暖かな陽光。溢れる色。そして、陽の匂い。
「やあ、やっと来ましたね」
右の方から懐かしい声がした。




