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紫色の獏  作者: 丸虫52
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第五章 『保護区』 ~〝獏〟と夢~

 夢を見た――――


 明るいのか暗いのかわからない場所にいた。自分の手が見えるのだから明るいんだろうな……ぼんやりとそう思った。周りには何もない、何も見えない。

 どこだろう――わけのわからない場所にあたしはペッタリと座り込んでいた。なんだか宙に浮かんでいるみたいに見える。

 何度目かに首をめぐらせた時、何もないはずの世界に見知ったものを見つけた。

 あれ? おかしいな――あたしは首を傾げた。

 どうして〝獏〟がいるんだろう。確か〝獏〟は《センター》に捕まって――。

 ああ、そうか――これは夢なんだ、とあたしは思った。夢だから自分の好きなものが見れるんだ。

 でも、夢を見るのも久しぶりだな――ぼんやりそう思った。そうか、いつもは〝獏〟があたしの夢を食べていたから見なかったんだ。〝獏〟が食べなくなったから、あたしはまた夢が見れるようになったんだ。

 夢が見れるのは嬉しいけど、こうやって〝獏〟に会えるのも嬉しいけど、もう夢の中でしか会えないと思ったら、少し寂しくなった。

 でも、夢が見れるようになったから、なにも気にしないで〝獏〟にも会えると思ったら、少し嬉しくなった。

 あたしは夢の中で泣いていた。嬉しいのか悲しいのかわからなかった。ただ、涙が流れた。

 そんなあたしの側へ〝獏〟はやって来て、なだめる様に顔を寄せて来た。懐かしい匂いがした。青草と……もう一つ、あれは何?


           ***      ***


 途端に目が覚めた。

 〝獏〟――本当に久しぶりの様な気がした。涙が出そうになる。

 もう夢の中でしか会えないんだ――そう思ったとたん、何かが引っ掛かった気がした。でもその引っ掛かりがなんだかわからない。それに夢の中で感じた妙にリアルな匂い。懐かしいと思ったのだけれど、あの匂いがわからない。

「何、また何か考えているの?」

 かおりの声がして、我に返った。今日の仕事は植物採集。『保護区』に自生している植物の中に食用になるものがあるらしい。あたし達はそれを食用に採っている。

 長い髪を一つにくくった香はあたしの親のような年頃で、植物学者だったそうだ。植物の分類から始まって繁殖・再生までこなす、すごい専門家だったらしい。ただ、それが高じて植物の無断採集・無断栽培の常習犯になってしまった。『大麻』とかいうものを超ミニチュアサイズに改良して幾鉢も栽培していたらしい。

「名前も本当は植物に因んで“花”にしたかったのだけれど、先にその名前の人がいたから“香”にしたの」

 と、言っていた。筋金入りの植物フェチだと公言してはばからない。

「ん……今朝、〝獏〟の夢を見たの」

「へぇ! どんなの?」

「えーとね……」

 あたしは夢の内容を話して聞かせた。香は「匂い」のところに興味を持ったみたいだった。

「懐かしい匂い?」

「うん」

「嗅いだ事が無いのに懐かしく感じる匂い……なんだろうね」

 あたしが〝獏〟の夢を見たという話は、あっいうまに皆の中に広がった。

 皆は代わる代わる話を聞きに来て、いろんな意見を言った。冷やかしや興味本位でないのが嬉しかった。

 それからもその夢はちょくちょく見たが、不思議な事に夢は少しづつ長くなっていったのだ。そしてとうとう、あたしは〝獏〟と言葉を交わした!


           ***      ***


(これは夢じゃありませんよ)

 〝獏〟がテレパシーで言った。あたしは顔を上げて〝獏〟を見た。黒い、夜空を思わせる瞳が輝いていた。

「夢じゃないって?」

(これは夢じゃないんです。あなたの中に確かにあるものです)

「あたしの中に……?」

(ええ。待ってますから――)

 そう言うと、〝獏〟はあたしを通り抜けて行った。

「中って、ちょっ! 待つって……どこでよ!」

 慌てて振り返ったあたしの眼に、〝獏〟の向こうに見た事の無いはずの地上の夕日がゆっくりと沈んでいくのが見えた――。


           ***      ***


 目が覚めた。

 目を開けたまま、視線だけ動かして自分の状況を確認した。

 薄暗いテントの中だった。あたしは眠っていたのだ。

 そのままあたしはずいぶん長い間じっとしていた。じっと上を見詰めたまま、考えていた。

 今の夢は――どういうことだろう?

 〝獏〟がいた――夢だから不思議じゃあない。

 夕日が沈んでいった――見た事もないのにどうしてわかったのか、不思議だ。

 青草の匂い――嗅いだ事があるからわかっても、不思議じゃない。

 太陽の匂い――嗅いだ事が無い(そもそも匂いなんてあるのか?)のにどうしてそうだと思ったのか、不思議だ。

 昼の地上の様子――あたしが行った時はいつも夜だった。日中の様子なんて知らない。なのに違和感なく受け入れられた、不思議だ。

 そして――〝獏〟の言葉……。

(待ってますよ)

 待ってる? どこで? あの夢からすると、地上で?

「!」

 あたしは飛び起きた。急に脳が目覚めた。

 あたしは『監査』の後、〝獏〟の姿が見えなくなって、探しても見つからなかったことで《センター》に捕まったと思い込んでいたけれど、もしかすると、地上へ逃げたのかもしれない。その可能性を、どうして今まで考えなかったのだろう!

 微かに体が震えて来た。

 寒かったからじゃない、嬉しかったからだ。あたしは自分の腕で自分の体を抱きしめた。

 地上なら……地上へ逃げたのだとしたら、〝獏〟が生きている可能性は100%により近くなる。

「確認しなくちゃ……〝獏〟が生きてる事を。でも……」

 どうやって? あたしは考え込んだ。

 地上へ行くのはさして難しくない。〝獏〟と何度も行ったから、あたしは何とも思わない――そう、あたしだけなら。

 今のあたしには仲間がいる。それが問題なのだ。

 彼等に地上へ行く、と言えば間違いなく反対される、絶対に止められるだろう。下手をするとどこへも行けないように監禁されるかもしれない。もし、あたしが彼等の立場だったらそうするだろう。

 しかし、何も言わずにここを出れば、きっととても心配をかけてしまう。それがよくわかってしまう。もしかすると、あちこち探し回るかもしれない。

 かと言って、彼等を連れていくことは不可能に近い。きっとすごい拒絶に遭うだろう。仮に彼等が承諾したとしても、二十人近くの『規格外者』がぞろぞろと都市を横切るのを許してくれるほど《中央政府》は甘くないだろう。

(さあて、どうしよう……)

 あたしは最善の方法を考え始めた。


「……い? ……らいってば!」

 誰かの声がした。

「未来?」

 視界に急に四季(しき)のドアップの顔が出て来た。

「え?」

 あたしは我に返った。

「どうしたの、ぼーっとして」

「ああ、えっと、ちょっと考えごと」

 あたしは慌てて笑いかけた。四季は心配そうにあたしを見ている。

 ここの皆はあたしにとても優しい。それは、最近のあたしがぼんやりしている事が多いからだと思う。そしてそんな時は〝獏〟のことを考えていると思っているらしい。

「〝獏〟の事を考えているの?」

 案の定、四季はそう言った。

 皆は〝獏〟の事を100%信じている訳ではないらしい。それでも幾分かは信じてるようで(緑の証言が効いているようだ)〝獏〟の事を話すあたしを痛ましそうな顔で見る。

「少し、関係はあるけど……。あのね、あの夢の続きを見たの」

 あたしは少し考えた後、思い切って言った。

「それが地下じゃなくて……多分、地上だと思うの、フィルム学習で見た地上の様子に似てたから。それでね、足元に細い葉っぱの草が、カサカサ音を立てて――」

 あたしは言葉を考えながら、なるべく夢を忠実に話して聞かせた。

「でね、〝獏〟が待ってるからおいで、っ言うの。どう思う?」

 四季は黙って聞いていたが、やがて首を傾けると、

「そうね……。多分願望だと思うけど、〝獏〟に無事でいてほしいと思う。でも……」

 ふっと、夢見るような顔をした。

「太陽か……。私も夢でいいから見てみたいな……」

 あたしはびっくりして、彼女の顔を見詰めた。そして、喉元まで出かかった言葉を無理やり呑み込んだ。彼女は実際に行きたいわけではないのだ。

 あたしの視線に気づいた四季は、照れ臭そうに笑うと、

「でも、今の地上は嫌よ。そうね、過去の地上ならいいかな? タイムマシンでもあればいいのにね」

「…………」

 あたしは黙った。やっぱりかとホッとすると同時に、少しの寂しさが胸を過った。 

 その時あたしを呼ぶ声が聞こえて来た。そちらへ顔を向けると、光が息せき切って駆けてくるのが見えた。

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