第五章 『保護区』 ~疑問点と答え~
「ほお、こんなに下がっていたとはね」
ディスプレイを見ながら生命が呟いた。
あたしと生命は今、『保存棟』の端末の前にいる。
あれからあたしはみんなに自分の考えを話した。そして彼らの意見を訊いたのだ。その結果、いくつかの事は納得がいった。あくまで「納得」であって、「解決」ではないけれど。
まず、『規格外者』が隔離されているのは、あまりに強すぎる個性が他の市民の精神に影響を与えるためらしい。
穏やかで保守的な精神の持ち主でないと、地下都市の集団生活に向かない。『要注者』や『規格外者』のように精神の振れ幅が大きい者は、小さな波紋が大きなうねりとなるように本人の意識にかかわらず周りに影響を与える。つまり、あたし達は精神に作用する伝染病ウィルスの保菌者みたいなものなのだそうだ。だがどんな人間がどんな精神を持っているかは、先天性異常などと違って生まれる前はわからない。だからわかった時点で隔離するそうだ。『要注者』がいるのは、成長過程で精神状態が変わってくるかららしい。
次に、180年前に地上への調査か打ち切られたのは、調査隊が結成できなくなったためだ。隊員に選ばれた人達が、地上へ行くという『負の制止』に対して次々と神経衰弱に陥ったためらしい。どんなに強い精神構造を持つ人も例外は無かったそうだ。最終的には『規格外者』も入れて組織したそうだが、訓練の途中で皆おかしくなって自殺者が相次いで調査隊の組織自体を断念したそうだ。
そして、出生率の低下について確認のために、生命と一緒に保存棟へ来ている、という訳だ。
「近いうちにもっと急激に下がるな」
「本当? どうしてわかるの?」
「私は以前、統計学を専攻していてね。過去のデータをいくつも見てきたが、こういうものは一旦動き出すと止めるのが容易ではない。特に地下みたいに変化の無いところでは、思い切った手を打たないと加速する事はあっても減速する事はない」
「『中央政府』は気付いていると思う?」
あたしが訊くと、生命は唸った。
「気付いていると思うが……」
キーボードを操作しながら、
「手を打った様子はないな……と言う事は気付いていないか、それとも気付いて放置しているかのどちらかだな」
「どうして放置してるのかな?」
生命はしばらく考え込んでいた。やがて、
「仮説として、以前こんな話を聞いた。『人類は種としての限界に来ている』とね」
「限界?」
「ホモサピエンスが史実に登場してから今まで、人類は全く進化していない。これは人類自体が進化の袋小路の種だと言う証拠で、あとは衰退するのみだ、と言う意見だ。その時は何を馬鹿なと思ったが、こうやって見てみるとあながち間違っていないかもしれないな」
どこか遠くを憧れるような表情で、生命は淡々と語った。でも、内容はとても淡々と聞いていられるものではなかった。
あたしが厳しい顔で見詰めているのに気付いて、生命は微笑した。
「仮説だよ、あくまでも」
「……ちょっと訊いてみたいんだけど」
「なんだい?」
あたしはここへ来てから、ずっと気になっている事があった。
「ここって、結構年の近い男女が複数いるじゃない? 恋愛関係に発展する事って、無いの?」
生命はびっくりしたようにあたしを見た。何だか珍しい動物でも見ているような目だった。ずいぶん長い間あたしを見ていて、
「…………考えた事がなかった」
「はあ?」
今度はあたしが生命を見詰めた。
「そう言えばそうだなぁ……。動物の種の本能としては、子孫を残すことがまず第一だよなぁ。我々は『一個の家族』と言う考え方でいたから、それは考えた事も無かった。」
「家族?」
「うん。人類が地上で生活していた頃、血縁者を基本に構成されていた小集団の事だよ。血縁者が基本だから、年が近くても繁殖の対象外なんだ。でもそうだなあ、我々は本当は血縁者じゃないんだよな……うん」
生命は一人で納得した。
「じゃあ、これからそう言う事って起こるかしら?」
あたしが訊くと、しばらく考えてから、
「……ないだろうな」
「どうして?」
「いまさら、だろう」
「え?」
「考えてみたまえ。仮にここで恋愛関係が発生して、その後どうする? 《センター》が黙認すると思うかね? 妊娠したとして、その後は? 無事子供が生まれたとしたら、その子はどうなる?」
「……」
確かに問題は山積みだ――そう思った時、生命が聞き捨てならない事を呟いた。
「もしかすると、地下都市全体が無意識にそう思っているのかもしれない……」
「生命?」
「いや、ふとそう思ったんだよ。自然出産低下の原因として、我々みたいに地域丸ごと家族だという意識があったら、種の保存の対象外になるなと」
自分の声がかなり尖っている自覚はあった。生命が悪いわけじゃないというのも。それでもつい、詰るように言ってしまった。
「冗談じゃない! そんな事になったら本末転倒じゃない! 何故そんな事を言うの?」
「落ち着きなさい、未来」
「だって、将来人類が滅ぶのよ? 放っておいていいはずないと思う」
「しかし我々に何ができる? 政府でさえ何も出来ないのに、まともな人間の範疇にさえ入っていない我々に何か出来る事があるのかね?」
生命の言葉にあたしは黙った。
解決方法が無いわけじゃない――でも実行不可能なら、それは解決方法とはいえない。あたしは黙るしかなかった。
「…………ねぇ、生命」
ずいぶん迷ってから、あたしは切り出した。
「今、地上ってどうなっていると思う?」
「地上?」
生命は少し驚いたような顔をしていたが、あたしの考えを理解したようだった。
「そうだなぁ……少し調べてみるかい?」
「え?」
意外な言葉にあたしは面食らった。
「調べるって……?」
「最終データは180年前だから、正確ではないけれど、ある程度の予測ならつくと思う」
そう言うと、生命はキーボードを叩き出した。
「データが公表されていればいいんだが……そうでないと『中央』のメインコンピューターまでアクセスしないといけないからな。あそこは対ハッカー用のセキュリティが結構きつくて……」
そう言いながらも楽しそうだった。
しばらくしてディスプレイに数字の羅列が流れ、グラフへ移った。
「データの公表はされてるようだ、信用できるかどうかは別にして」
舌打ちをして、残念そうに生命が呟いた。しばらくグラフを眺め、データ画面と見比べ何かを打ち込んで、
「うーん、少しづつではあるが、変化しているな」
唸るようにして呟いた。あたしも慌てて画面を見たが、アルファベットや記号しか出ていないので、何がどうなっているのか解らない。自慢じゃないが、こういうのは苦手なのだ。
あたしが説明を求める眼で生命を見ると、視線に気づいて苦笑しながら頭を撫ぜた。画面にいくつかのグラフを出すと、一番手前の折れ線グラフを指でなぞりながら、
「生物にとって有害な物質は徐々に減少している。このまま推移しているとすると、地下へ潜り込む寸前の状態くらいになっている可能性はあるな。ただし、あくまでも可能性だ。推測にすぎない」
あたしが嬉しそうな顔をしたのだろう、釘をさすように生命は言った。
「ただ、これと同じデータを『中央』も持っているはずだ。それなのに『中央』が動きを見せない、と言う事は他に隠されたデータがあるか、動くに動けない理由があるか、ということだろう。なんにしろ――」
生命は淡々と告げると、端末から離れながら言った。
「我々にはどうしようも出来ないよ」
そんなことはない! ――あたしは喉元まで来ている言葉を呑み込んで、彼の後姿を見送った。




