第五章 『保護区』 ~彼等の事情・②~
ここでの生活は、食事以外は自給自足が原則。
食べ物に関しては見回りの局員が簡易食を定期的に持ってくるし、端末から頼むことも可能らしい。なぜそんなシステムになっているかと言うと、自給自足したくても食べられそうなものは何もないし、下手をすると『保存棟』の中を荒らすか、餓死するか、都市へ戻るか、の三択になってしまう。それではわざわざ隔離している意味がなくなる。まあ、『中央』としては苦渋の選択ってやつなんじゃないかな?
それでは、何を自給自足しているのか?
「それ以外の必要なモノ」だ。
例えば、「熱」と「光」。
ここは『中央』から弾き出された者がいる所だから、都市にいるような快適な生活というやつは望めない。でも、地下都市自体は空調管理が行われているから、その恩恵は僅かでも被れる。それはあたしをここへ案内して来たときに大地が言っていた通りで、外で寝起きしたから体調を崩すとかいう事はない。ただあたしがユニットでしていたように、味気ない簡易食でも少し手を加えると違った食感を感じられる事があったり、何となく熱を感じたくなることがある。
しかも、この辺りは直接灯りを必要とするものはいない事になっている(冷凍保存されたものは真っ暗でも文句は言わない)。『規格外者』は当然その中は含まれていないので、当然セントラルヒーティングや発光パネルがあるはずはない。そこで、「熱」と「光」は自給しなければならない。
だからあたしがここへきて一番最初に教えられたのは、火の起こし方と燃やし方。しかも物凄く原始的な、木の板の上で棒の先を回して摩擦熱で火を熾すというやり方! おかげであたしの両掌はひどく皮が剥けて血が出て、しばらくの間自分の身の回りの事が出来なかった。
本来自分のことは自分でするのがここの流儀で、都市にいた時のように何でも自動で処理されない。病気やケガ以外で、あたしの身の回りを整えてくれる人はいない。
「自由ってのは、自己責任が付いて回るのよ」
そう言って諭してくれたのは、最年長者である花だった。
「自由って言うのは、自分の事は自分で何とかしなきゃならない、そういうものなのよ。ここでは病気になっても、ケガをしても、《センター》は何もしてくれない。自分で治療するか、治るまでじっとしているしかないの。誰も助けてくれないものなの」
花は生命より年上で、優しそうな顔立ちでほとんど筋肉のがないくらい細くて、たくさんの皺がある。
『規格外者』になったのは、極度の『物依存症』と判断されたから。周囲にモノがないと安心できない性質で、ユニットの中一杯に何でも溜め込んだ。今もテントの中は寝るスペース以外、どこで見つけてくるのか何だかわからないものが、たくさん詰まっている。それでも花自身はどこに何があるかわかっているようで、
「私は、ここの倉庫番みたいなものだから。何か入用だったら訊きにきてちょうだい」
と、笑っていた。
と言う訳で自分の持ち物の管理も、自分でしなければならない。持ち物が壊れたからと言って、簡単に代わりは手に入らないのだ。
そこで、次に教わったのが『裁縫』だった。これはあたしが女性で、非力だから。男性や力があれば『大工仕事』と言う居住地管理になる。
生まれて初めて『針』と言う細くて短い金属棒を持たされて、自分の指を刺す合間に繕いものなどをした。止血テープなんてないから、布はほとんど血染め状態だった。それでも初めて自分一人で最後までやり遂げたという達成感は、言葉では表せないくらい嬉しいものだった。
「へえ、初めてにしては上手じゃない」
と、増長させるような事を夢が言ったりするものだから、ますます嬉しくなった。
あたし達――あたしと夢と愛――はその日も裁縫に勤しんでいた。あたしは指を刺さないように気をつけながら針を動かしているので、長続きしない。首が疲れて顔を上げると、目の前で夢が見事な運針で布を縫い合わせていた。
しばし見とれていたら、視線に気づいた夢が顔を上げた。
「何?」
「え? いや、上手だなと思って」
「いやあね、照れるじゃない」
夢は笑った。嬉しそうな笑顔だった。
「でもよく《センター》が針なんてもの、支給してくれたね」
と私が言うと、
「これは私の私物なの」
「私物?」
「都市にいた頃、私の趣味って裁縫だったの。だからいつも裁縫道具を持ち歩いていたのよ。ここへ来た時も、ポケットに入っていたの。私は『要注者』の指定をされたの遅かったのよ。19歳の誕生日真近、ここへ来る直前だったから」
夢はちらりと舌を出して、首を竦めた。それを見ていて、今までずうっと疑問に思っていた事を口にしてみた。
「《センター》に取り上げられた夢の大切なものって何だったの?」
「え?」
一瞬、驚いた顔をして手が止まった。それから徐々に視線が下がった。表情が暗くなった。愛も手を止めてあたし達を見詰めている。
やっぱ、まずかったかな――瞬時に後悔したあたしは、慌てて謝った。
「ごめん、嫌な事訊いちゃったのね。忘れて、ね?」
「………………ぬいぐるみ」
俯いたまま黙り込んでいた夢が、ぽつりと言った。
言葉にして吹っ切れたのか、顔を上げると、
「一抱えもある大きなテディ・ベアだったの。学校へ入る前に独り立ちのお祝いに、ってもらったの。嬉しくて、とっても大切にしていたの。テディ・ベアがいたから、部屋に独りきりでも寂しくなかったの。破れたり、綻んだりしたところは自分で繕って、人に話しかけるみたいに話しかけて……。なのに最初で最後の『監査』の時、《センター》に取り上げられて、慌てて取り戻しに行ったら、ちょうど焼却炉に放り込まれたところで……」
夢は俯いて唇をかみしめた。
「悲鳴を上げたところまでは記憶にあるんだけど……気が付いたら『保護区』にいたの。しばらく茫然自失状態で、眠ることも食べることもできなかった……」
『独立性の欠如と、自主性の不在から来る現実社会不適合』――それが夢の『規格外者』の理由。
夢は顔を上げて愛を見ると、少し微笑した。
「見かねた愛が私に付き添ってくれて、一晩中抱いて頭を撫ぜてくれたの。私、愛の心臓の音を聞きながら、いつの間にか眠っちゃってたの」
あたしは愛を見た。今度は愛が恥ずかしそうに俯いた。
「だって、昔何かの本で読んだのよ。赤ん坊は母親の心臓の音を聞かせると落ち着くって。あの時の夢はまるで赤ん坊みたいだったから……」
そう言った愛の眼差しは何と表現したらいいのか……。全てを包み込むような、全てを受け入れるような……底の見えない生温かく蠢く闇のようなものを感じた。
『他者への過干渉と危機意識の欠如による幼児不法軟禁』――愛の『規格外者』の理由。
人並に外れた母性愛の持ち主(希望談)で世話したがりの愛は、目につく子供を片っ端から、無許可でユニットへ迎え入れて世話をしていたらしい。
「別に監禁していた訳じゃないの。ただ子供が好きで、小さい子が困っているのを見ていられなかったの。喜んでもらえるのが嬉しかっただけなの」
愛はそう訴えたが受け入れてもらえず、『犯罪者』ではなく『規格外者』になった。
ここにいる人達は人間のある一面が強く現れ過ぎただけで、特殊な能力なんてない、市民となんら変わらない、ただの人間だ。少しだけ手を差し伸べてくれれば、少しだけ認めてもらえれば、それで何ら問題なく生活できたはずなのに………。どうして切り捨てられなくちゃいけないのだろう。
たまらなくなってきた。
『規格外』だなんて……人を物か何かのように区別するだなんて、誰が言い出したのだろう! そもそも人に規格なんてあるのだろうか? あるとしたらいったい誰が決めたのだろう?
――すごい呼び方ですね。
――どうして人間性を否定するようなものを甘受するんですか!
〝獏〟の言葉が蘇って来た。そうだ、『中央』はあたし達を人間として見ていないんだ。じゃあ、何だと思っているのか?
(そう言えば……)
ふと、思い出した。以前大量の疑問符を抱え込んでいたっけ……。
あの時はゆっくり考えている暇が無かったけれど、今はある。わかる範囲でいいから考えてみよう。自分なりの結論が出せれば、それでいい。自分で納得できれば、それで一つでも疑問符が減れば……とあたしは思った。そのためには、まず疑問点を整理しよう。そして自分で調べられそうなものから調べていくことにしよう。あたしはそう決心した。




