第五章 『保護区』 ~彼等の事情・①~
ようやく第五章です。
あたしが『保護区』へ来て二週間が過ぎた。
『保護区』――市民の言うところの『流刑地』は、『冷凍保存区』全体を指す。そしてそこは『規格外者』の行動できる範囲でもある。つまり、その範囲内なら移動の制限はない。でも一歩でもはみ出すと、《センター》から保安員が駆け付ける仕組みになっているらしい。
昔、地上にあったサファリパークとかいうものみたいで、動物の代わりに『規格外者』がいて、二十四時間監視されていると言う訳だ。まあ、どうせ都市の中にいても監視されてるみたいなものだったから、そんなに窮屈だとは思わないけど……。
『保護区』の真ん中には、二階建ての結構大きな建物がある。『保存棟』と呼ばれている、動植物の細胞や生体を冷凍保存してある建物だ。そこも自由に出入りできるが、建物の約70%を占める細胞などを凍結保存してある《保存エリア》と、電気系統の制御盤付近は立ち入り禁止。それ以外はコンピューター端末や上下水道も使用可能。個室もいくつか使用できるらしい。
本当はそこで生活すればいいのだろうけれど――事実ごく初期の、人数が一桁しかいなかった時には利用していたらしい――一週間に一度くらいの割合で見回りにやってくる《センター》の局員と、顔を合わせることになる。ここの設備はもともと彼等のためのもので、あたし達『規格外者』のためのものじゃない。あたし達が貸してもらっている立場になるのだ。これは《中央》に情けをかけてもらっているみたいで、なんだかムカつく。実際彼等と顔を合わせたからと言って、何か嫌味を言われるとか意地悪をされるとかはない。逆にほとんど無視に近いそうだ。
「あいつら、俺等の事見えてないみたいに振る舞うんだ。俺等は細菌か、っつうの」
と、局員たちと何度も会った事がある希望は、吐き捨てるように言った。そしてそのときの態度に今でも、かなり怒ってる。
極度の潔癖症だった彼は、どうしても外の生活というものができなかったそうだ。
「だってよ、目に見えない雑菌・病原菌がウヨウヨいるって学校で習っただろう? そのときに、自分の手についてるカビや菌を培養させた培地を見せられて見ろよ、凄い衝撃だぜ。だってよ、自分の周りにカビがあるなんて、それが体の中に入ってきているなんて、嫌じゃね? 俺は体の中でカビが繁殖してるとこ想像して、ぞっとしたぜ。」
そのためここへ来る前の希望は、殺菌済みのユニットの中以外では極力外気が触れない様に、グローブ・マスク・ゴーグル・帽子と完全防備に殺菌スプレー常備だった。それでも雑菌が怖くて外へ出られなくなり、とうとうユニットに籠ってしまった。当然『要注者』のレッテルを貼られたからと言って、素直に『監査』を受けるはずも無く、ある日力ずくでユニットから引きずり出されてここへ連れてこられたそうだ。《センター》の局員が直に連れてくるという事は、考えられない出来事だったそうだ。
「なのにここには減菌剤も殺菌剤も無いんだ。考えられなかった。カビだらけになったらどうするんだ、って思ったんだ」
それで、ここへ来てすぐの頃は、外よりまだマシな『保存棟』を利用していたそうだ。
「なのにあいつらの態度ときたら……! 俺は自分が細菌になったような気がしたんだ」
正面切って、喧嘩を売った(本人談)のに、それさえスルーされたそうだ。
「それで啖呵を切って《保存棟》を出て、死ぬ気でみんなと同じところで生活するようになった。まあ、独り相撲を取って、負けたって事だけどな」
希望は苦笑しながら言った。それで潔癖症が治ったらしいから、結果的にはよかったみたいだけど。
希望と逆だったのは、大地だった。
「僕は閉所恐怖症だったから、《保存棟》の中へ入る事が出来なかったんだ」
「閉所って、都市にいた時はどうしてたの? ユニットに住んでなかったの?」
「……脱走の常習犯だよ」
「どうして? 最初から入れなかった訳じゃないでしょ?」
いつものように焚火を囲んでいる時だった。あたしが訊くと、大地は苦しそうな顔で笑った。
「未来はサバイバルキットを使った事がある?」
「う……ええっと、無い、けど……」
まさか地上へ行くのに使いましたとも言えず、あたしは焦って言葉を濁した。
「僕はあるよ。子供のころ、住んでた近くで焼身自殺があってね」
燃え上っていく焚き火の炎を見ながら、大地は言葉を続けた。
「何故だか燃え広がって……といっても、僕の住んでたエリアだけだったんだけど。ライフラインが一時、ストップしたんだ。時間的には1時間ぐらいか、もっと短かったかもしれない。でも当時の僕にはものすごく長く感じられて、このままユニットから出られなかったらとか、誰も僕の事気付いてないんじゃないかとか、いろいろ考えてパニックになった。結果的にちゃんと救出して貰えたんだけど、それ以来キッチリ閉まった空間がダメになったんだ。何度もカウンセリングを受けたんだけど、どうしてもユニットに入れなくなったんだ」
それで彼は、『規格外』と判断された。
「ここへ来たとき、火の周りにみんなが居るのを見て、ものすごくほっとしたんだ。ここは無理やり閉じ込められる事がない、って」
大地は未だに閉所恐怖症が治っていない。テントの中で寝た事がないそうだ。
「テントの中に入る時は、素通しにしてからじゃないとダメなのよね。大地はプライバシーより開かれた場所の方が大切みたい」
月灯が、そう言って笑いながら教えてくれた。
そんな経緯があるから、そばに冷暖房完備の清潔な設備があっても、利用しようという人は少ない。
「それでも《保存エリア》にさえ入らなければ、無断借用していてもお咎めはない。だから、時々使わせてもらっているんだ」
とは、唯一《保存棟》に入り浸っている生命の言葉。彼はもっぱらコンピューター端末を使うために《保存棟》へ行っている。何しろ行き過ぎたハッカー行為のせいで『規格外者』になったくらい、コンピューターなしではいられないらしい。
「行き過ぎた、ってどのくらい?」
あたしが訊くと、生命が答えるより早く月灯が、
「メインコンピューターにアクセスしようとしたんだって!」
「ええぇーっ! それって大変な事じゃないの? よく『犯罪者』にならなかったねぇ」
あたしがビックリしていると、なぜか自慢げに生命が答えた。
「彼等とは、志が違うからね」
「志?」
「こいつはね、コンピューターと意思の疎通がはかれると思ってるのさ」
そういって月灯が爆笑した。生命は少し怒ったように、月灯を見た。
「君はいつでもそうやって僕を茶化すがね、精密なプログラムは感情を持っているのと同じなんだよ。僕達人間だって、赤ん坊のころから周りにプログラミングされてるような物だろう? コンピューターだって同じなんだ。僕は彼らと自由に話がしたいだけなんだ! 彼らが抱えてる情報には、一切興味なんかない!」
少年のように目をキラキラさせて断言する生命の横で、月灯は息も絶え絶えに笑っていた。あたしはなんと答えていいのかわからず、曖昧に笑った。
生命と月灯――この二人は年が近いらしいけれど、性格も容姿も真逆と言っていいほど違う。
頭が少し寂しくて、丸っこい体つきに温厚な性格の生命。顔の四倍ほどあるアフロヘアに大柄で筋骨隆々、豪放磊落な月灯。二人はよく一緒にいるのを見かける。大抵は月灯が生命をからかっているのだけれど、月灯が生命の後を追いかけているようなのだ。
「あたしはさ、性同一性障害だったのよ」
生命が《保存棟》へ行っていない時に、月灯が自分の事を打ち明けてくれた。
「ずいぶん悩んだわよ。カウンセリングも受けたけど、『矯正不能』と言われた時は人生終わったと思ったわ」
なまじ見てくれが男らしすぎるから中身とのギャップはスゴイけど、しばらく付き合えば裏表のない性格は付き合いやすいと思うんだけど……。
「あんたはいい子だわ~、未来」
そう言うと、喜んだ月灯に抱き締められた。見た目通りに筋力はあるから、あたしは窒息しそうになった。
「ここの人達って、市民に比べると許容範囲って大きいじゃない? それでも、初めはやっぱりひかれたのよ。覚悟はしてたけど、哀しかったわ……。あたしがここに来た時、最初に普通に声をかけてくれたのは、生命なのよ。彼ってばコンピューターに関係してないことには、そんなに関心持たないみたいだからだろうけど。でも嬉しくてね、それ以来何かとくっついていたら、みんなにも受け入れてもらえるようになって……。まあ、恩人みたいなものよね」
月灯は懐かしそうに言った。
「あたしはね、『規格外者』になってよかったと思ってるわ。だって自分を周りに合わせなくていいんだもの。未来もそう思うでしょ? ありのままの自分を受け入れてくれる仲間って、すんごい貴重だわ」
「うん、そうだね」
あたしは月灯に同意して、力強く頷いた。




