第四章 運命の流れ ~仲間達~
第四章ラストです。
ずいぶん長い間泣いていた、と思う。ようやく嗚咽がおさまってきたあたしの背を撫ぜながら、夢が訊いた。
「ところで何を取られたの?」
「…………〝獏〟……」
泣きじゃくりながら、ようやくそれだけ言った。
途端に皆が視線を交わしている気配がする。でもさっきの見極めるような冷たい感じではなく、どう言えばいいのか戸惑っている感じだった。
「……そう言えば、さっきもそんなこと言ってたね、『ばく』に『名前』もらったとか……『ばく』って、何者?」
希望――だろうと思う、声からすると――が訊いて来た。
あたしは涙を拭うと、顔を上げて皆の視線を受け止めた。
「〝獏〟は〝獏〟よ。夢を食べる〝獏〟」
皆はなんとも形容のしがたい複雑な顔をした。隣りの夢だけが、少し怯えたように上体を反らした。
「夢を……食べる?」
しばらくして、恐る恐る口を開いたのは夢だった。
「そう。昔、地上の中国と言う国で考え出された悪夢を食べる動物よ」
皆の顔がまた変わった。
――頭がおかしいのか?
口に出さない思いが伝わってくる。
あたしは少しの間だけ迷って、〝獏〟の事を話して聞かせる決意をした。
*** ***
出会いから始まって、夜の散歩の事を話した。地上へ行った事はあえて話さなかった。これは『規格外者』と言えども信じられないだろうと思ったから。
実際のところ今こうなってみると、あたしも頭のどこかで夢だったのかもしれないと思っているところがあって、全部信じ切れていないのだ。そんな思いが伝わったら、信じてほしい事でさえ信じてもらえなくなる。
半信半疑――いや、半分以上妄想だと思っている皆の視線は辛かったが、あたしと〝獏〟の事は想像でも妄想でもない。あたし自身が現実だと知っているから。
皆は疑いながらもあたしの話をじっと聞いていてくれた。途中で混ぜっ返したりしなかった。あたしにとってそれはとても嬉しい事だった。〝獏〟の他では、人間では初めての事だった。
話も終わりごろ、『監査』の辺りになってくると、またあたしの涙腺は決壊を起こし、とうとう話にならない状態になった。でもそのおかげで、〝獏〟の事はあたしの単なる妄想ではないと信じてもらえたらしい。
派手に泣きじゃくり、呼吸困難を起こしかけた状態のあたしを見て、黙りこんでいた愛――だと思う、はっきりしなかったけど――が呟くように言った。
「……それで、その〝獏〟がもとで放り出されたってわけね……」
何人かがほぼ同時に溜息をついた。〝獏〟が実在したとは信じてはいないようだけど、そういう何かがあったということは信じてもらえたようだ。
そのとき、
「……半透明の、紫色の、塊……」
誰かが呟いた。隣の大地がそれに反応を返した。
「緑?」
あたしも顔を上げて大地の視線を追った。
あたしからみると、焚火の炎の向こう側かろうじて顔が見える位置に座った若い男性が、握り拳を口元にあて、じっと考え込んでいた。
「緑、どうした?」
もう一度、大地が呼び掛けた。彼は考え込みながら呟くように言った。
「……半透明の紫色の塊……オレ、見た事ある」
「え?」
意外な言葉に皆の視線が集中した。
「どういうことだ?」
焚火の向こうにいた初老の男性――生命――が訊いた。
緑は焚火を睨みつけるようにしていたが、顔を上げると皆を見回して口を開いた。
「〝獏〟かどうかは分からないけれど、半透明の紫色のこれくらいの――」
そう言いながら両手を肩幅くらい開いた。
「塊なら見た事がある。輪郭はぼやけてたから動物かどうかも分からないし、ここは少し暗いから最初は目の錯覚かと思ったんだ。一緒にいた光は気がつかなかったみたいだし……」
ちらり、と隣の同じくらいの年頃の男性を見た。彼――光――はきょとんとして、自分を指差し、慌てて首を振った。
「でもその後も何度か見たし、別に危害を加えるようでもなかったから放っておいたんだけど……。今の話を聞いていたら、あれがそうかな? なんて……」
「いつっ? いつの話っ?」
あたしが身を乗り出して訊ねると、彼は右手の人差し指を唇にあてて、目を細めて少し考えた。
「一番最初は二カ月ぐらい前、かな……? 最後に見たのは……一週間ぐらい前、だと思う」
「一週間……」
……力が抜けた。もしかしたらと思っていたのに……。『監査』があったのが三日前、いやもう四日前か……。だから、うまく逃げて来た訳じゃない。
なぜ〝獏〟と同じ色と大きさのモノがここに現われたのかは分からないけど、それは〝獏〟かもしれないけど……でも、《センター》から逃げ延びたかどうかの確認にはならない。
しょげているあたしの背中を、ぽんぽんと誰かが叩いた。大地だった。
あたしを見て、あの笑顔を見せた。慰めてくれているつもりらしい。周りの皆も小さく頷いていた。
緑の証言(?)が効いたのか誰も何も言わないけれど、皆は〝獏〟の事を実在したと信用してくれたようだった。あたしは月並みな言葉を言われるより、その方がずっと嬉しかった。だからあたしは皆に笑顔を返した。




